130話 お昼寝です
「ん~、あれ? もじゃもじゃ先生? もう朝なの?」
揺り起こす学者に、リンディは寝ぼけ眼でそう言う。
ここがどこかも、何故隠れていたのかも忘れていそうだ。
無邪気な彼女に全員が胸を撫でおろす。
「朝じゃなくてもうすぐ夜になるよ。寝坊助だねリンディ、さあ家に帰ろう」
抱き上げた学者に体を預けるリンディを見るが、特にケガもないようで安心である。
幼い子供のプチ家出騒動が終わるのだ。
とにかく無事に見つかった事に安堵する。
早く村へ戻って皆にも知らせなければ。
見ると手首に黄色いリボンが付けられていた。
「リンディねえ、おしろさんを探しに来たの。おててにリボンをつけておーいってしたら遠くでも見えるでしょ? でもおしろさんは気づかなかったみたいなの」
「そうだねケイテに聞いたよ。見つからなくてよかった」
学者が緩んだ声でそう答えると、リンディは意外そうな表情をした。
「見つからない方がいいの?」
「おしろさんは、私達とは違うからね。私はそういうものを知りたいと思うけど、お友達になれるかはわからない。線引きは大事なんだよ」
「なんだかむつかしい。リンディわかんない」
少々むくれた様に幼女は言う。
「おしろさんに見つかっておやまの向こうに連れて行かれたら、もうご両親ともケイテとも会えなくなってしまうから、それは嫌でしょう?」
助け舟を出すとリンディは納得したように首をコクコクと縦に振った。
「おしろさんが君を見つけなくて本当に良かった」
彼女の目が完全に覚めたようなので、一度地面に降ろしてパタパタと衣服についた藁や埃を払う。
物置に寝ていたのだ、すっかり綺麗にとはいかないが、ある程度の乱れは直してあげないと。
「リンディ、ラーラの馬に乗せてもらって帰りましょうか? こんな遠くまで歩いてお疲れね」
「お馬? お馬にのってもいいの?」
リンディの顔がぱっと明るくなる。
この地では馬も貴重の様で、どこにでもいるわけではなさそうだ。
この嬉しそうな様子から察するに、彼女も馬を見る機会はあっても乗ったことはないのかもしれない。
てっきり騎馬隊や野生馬の群れがいてもいいような広大な土地なのに。
馬や牛は荷運びや力仕事に欠かせないものの為、子供が乗って遊ぶまでは出来ないのかもしれない。
「聖女様もお乗り下さい。私が引いて差し上げますので」
「それだとラーラは大丈夫?」
「半日ほど馬の横で走ってみせましょうか?」
ラーラがにっこりと笑っている。
誇張も含んではいそうだけれど、可能なのだろう。
なんという体力の持ち主だろう。
「それよりも早くここから立ち去りましょう」
単に日暮れを警戒したのか彼女の野生がそうさせるのか、ラーラが再び警戒するようにあたりを見回した。
子供とは言え令嬢2人を連れているのだ。
護衛官としては気が抜けないのだろう。
ゆっくりと馬を曳きながら領主館へ向かう。
ラーラが徒歩のせいか、見聞隊員も学者も一緒に馬の横を歩いている。
さすがに大の男2人を乗せていたのは、馬に気が引けたのかもしれない。
村の人にも早めに見つかった事を知らせないと。
ふとリンディの手首が目に入った。
「リンディ、その手のリボン外しましょうか」
「なんで? リンディこれ好きなのに」
「汚れたら大変でしょ? きつく結んだままだとリボンも皺になってしまうし」
「汚れるのは嫌かも。でもリンディから取り上げたりしない? これはリンディの宝物なの」
男爵に叱られたのがまだ尾を引いているのか、リボンをとられるとでも思っていそうだ。
「大丈夫よ。そんなことはしませんわ。きつく縛っては型も崩れてしまいますから解きましょう?」
そういうと納得してくれたのか、リボンを外そうとしている。
最初に意地になって結んだのだろう、結び目にその苦労が伺える。
「私もお手伝いいたしますわ」
そう私が手をのばした刹那、視界が黒く遮られた。
気を失ったのでも、目が見えなくなったわけでもない。
純粋に何かが、夕陽を遮ったのだ。
おおきなおやまのおしろさん
おそらのかなたへさらっておくれ
ほしのかなたにさらっておくれ
リンディ以外の全員が身を硬くした。
この突然の陰はなんだろう。
夕陽を遮り、当たりを昏くしたこれは一体なんなのだろう。
そんな疑問はまるで子供の戯言のようなもので、すでに答えを皆持ち合わせているように思えた。
冷気が満ち満ちて、恐怖のせいか寒さのせいなのか手がかじかむ。
矮小な人間を気にもかけない大きな存在。
その存在と同じ大きな体躯。
私は、目の前にいる小さな背のこの子を守らなければならない。
誰も振り返る事も出来ない中、もたもたとしながらも必死にリボンの結び目をほどく。
「あれえ? 急にくらくなったねえ」
駄目、リンディ、振り返っては駄目。
見てはだめ、見つけてはだめ。
お願いだからその名を口にしたりしないで。
「おしろさん、みーつけたあ」
幼女は空を仰ぎ満面の笑顔でそう言った。




