129話 農地です
「私が言ったせいか」
確かに晩餐会のあの夜、学者はおしろさんは黄色が好きかもと言っていた。
リンディはそれを覚えていたのだ。
あまつさえおしろさんの歌を聞きたがる様子も見て、学者贔屓の彼女はおしろさんを見つけたら彼が喜ぶと考えたのかも知れない。
悪意は一欠片もないのに、全てが悪い方に転がってしまった。
最初は館の使用人で探したのだが、見つからなかったので村人も出て探しているのだという。
「リンディが行きそうな場所に、心当たりはあるかな?」
「わかんない。みんなで探してるのにまだみつからないの」
普段は学者に貴婦人風に気取ってみせているケイテの口調は、いつもより子供っぽくなっている。
きっと本来の口調はこちらなのだろう。
あれは王都からの客に、彼女なりに背伸びをしてみせていたのだ。
子供らしいケイテの口調が非常時だと告げているかのようで、余計に私達を焦らせた。
「私達も探しに行くから、ここでいい子で待っていてくれるね?」
「うん」
学者は傍らの侍女にケイテから目を離さないよう言い含めると私達に向き直った。
「林や村の中は他に任せて、私達は巨石の方を探そう」
「そうですね。ラーラとマリウスも参加していただける?」
「私共はシャルロッテ様の護衛が仕事です。お嬢様が向かうと言うのなら、付き従うまで」
後ろでマリウスが呆れ顔でお手上げのポーズをとったが、それは見ていない振りをした。
農地の方は見通しが良いのもあり、探す人はいないようだ。
誰だって身を隠すなら、遮蔽物の多い方を選ぶものだもの。
ただ、リンディの目的は「おしろさん」のはずだ。
ならば向かうのは反対の巨石方面と、あたりをつけていいだろう。
万一、違ったとしてもこちらにこないに越した事はない。
今思えば最初からリンディにはおしろさんが見えていたのではないか?
幾度となく彼女はおしろさんの事を口にしていた。
あの晩餐会の後、談話室の窓からも実際に見ていたのでは?
彼女は確か「おしろさんがいるから寒い」と、冷気を纏う体のことまで言ってはいなかったか?
彼女に見えていても、おしろさんは振り向かない。
人という小さな人間をあれは気にも止めない。
王の信者の印を持つ者以外、価値ははないのだから。
そう思うと悠長なことはしていられない気がした。
先程の話の流れからラーラもそれに気付いたのだろうか、自分の馬とマリウスの馬を用意させている。
確かに徒歩より広範囲をカバー出来るし、農地側の探索にはいい選択だ。
「ちゃんと支えますので、私の前にお乗り下さい」
私が馬の背に乗る手伝いをしてから、ラーラ自身もひらりと跨った。
隣では学者とマリウスが、どちらが前に乗るかで揉めている。
男同士での2人駆けは嫌なのが見聞隊員の顔から見てとれるが、学者だけ徒歩という訳にもいかない。
結局、学者が後ろに乗ってマリウスの腰を掴むことで落ち着いた。
私もいるので早駆けはしても全力で走る襲歩はしないだろうから、何とか大人2人でも大丈夫だろう。
むさくるしいのと重そうなのは仕方がないと、あちらの馬に私は同情を寄せた。
だんだんと陽が傾き、作るその影を伸ばしていく。
夜になる前にはと思うが、まだ見つかったという報は届いていない。
「子供、ましてやあんなに小さい子が、そう遠くに行けるとも思わないのですが……」
もう攫われてしまったのでは?と、最悪の想像が頭をよぎる。
いや、小さいからこそどこにでも隠れることが出来るはずだ。
リンディの身になって考えてみよう。
もしおしろさんが見えているとしたら、そこに真っすぐ向かうはずだ。
その上で追ってくる人がいるのなら、それがいなくなるまで隠れるだろう。
領主館からここまでの間、見通しは良くても、それこそ身を潜ませる場所はいくつもあるはずだ。
もう一度きちんと探した方がいいのかもしれない。
「途中の隠れられそうな場所を、また回ってみましょうか」
たくさんの人が探しに出ていたら、怖くてそれこそ出ていけないのではないか?
あちこちで自分の名を呼ぶ声が聞こえては、大事になったと震えているかもしれない。
そう思うと、可哀そうになってくる。
ただでさえ男爵に叱られているのだから、安心して出てきていいと教えてあげなければ。
「誰も怒ったりしないから出てきてリンディ」
「もじゃもじゃ先生が迎えに来たよ! ほらほら、隠れん坊は終わりだよー!」
農家や納屋などまで、声をかけて回る。
一向に手掛かりがないまま一度戻ろうかという雰囲気になった時に、見聞隊員が声を上げた。
「あの農具置き場、見ましたっけ?」
指さすところには申し訳程度に屋根が作られた、扉もついていない小屋だ。
充分、中まで見たわけではないので覗いてみることにする。
木桶や荒縄など屋外作業に使うものを置く場所のようである。
すのこのような高床が作られており、農作業の合間に休憩したり食事をとったりする場所なのかもしれない。
近寄って覗くと、そこにはスヤスヤと眠るリンディがいた。
「おやおや、隠れているうちに寝てしまったんでしょうか」
やれやれと学者が馬を降りて近付く。
私もラーラも気が抜けた様に、ほっと息をついて下馬した。




