127話 祭壇です
ラーラの合図から、程なくして現れたのは王国見聞隊員マリウス・ガイトナーである。
「もう、ほんとにね? 私は後方支援なのだから、ちょいちょい呼ぶのはやめてくれませんかね?」
「悪いなマリウス。今回はお嬢様ではなく、私が必要だと判断して呼んだのだ。あの巨岩の位置を地図に書き込みたいのだが、貴君ならば誰より正確に出来るのではないかと思ってね」
ラーラが同僚と話をするのを、何気に初めて見るかもしれない。
その堂々とした様は女ながらも、上司であることがしっかりと板について頼もしい限りである。
「あー、なんですかこの適当な地図は」
学者から地図を取り上げると、うんざりしたような溜息をつきながらマリウスは言った。
「測量もなにもいい加減な地図だなあ。誰がこんな地図を作ったんです? まあこんな田舎じゃこれで満足なんだろうけど、一体いつの時代に書かれたものなのか」
ぶつぶつと文句を言いながらも、地図と景色を見比べながら岩の位置を記入してくれている。
「これは私がここに来て実際に歩いて目に入ったものを頭の中で整理して地図に描いただけで正確ではないですからね? 重ねていいますがいい加減なもので仕事として描いたものではないというのを頭に置いて下さいよ?」
よっぽど測量無しで地図に物を描くのに抵抗があったのか、嫌そうな顔をしてそう念を押している。
そういえば見聞隊の仕事のひとつに地図の作成があることを思い出した。
確かに元々いい加減な地図に、うろ覚えの書き込みをするのは隊員としてのプライドが許せないのかもしれないし、もし隊長にでも知られたら怒られるのかもしれない。
「ありがとうございます。マリウス様には気に入らなくても私達には重要な情報なので助かります。目で見えていてもさっぱり地図のどこに記入していいのかもわからないのですもの。これをマリウス様が描いたことは内緒にしておきますね」
「そうお願いしますよ。それにしてもこれ、なんとも象徴的ですね」
そうこれは象徴。
祈りの目印なのだから。
地図に描かれた岩の位置。
いい加減な地図の上でも、作為的に配置してあることがわかる。
空を飛ぶものにしか見ることが出来ない全容。
山の様に大きくなければ、見る事はかなわない景色。
9個の巨石が等間隔にV字に置かれている。
ここは黄衣の王の祭壇であったのだ。
学者はその配置を見て言葉を無くしている。
大地を祭壇に見立てた、広大な召喚装置。
そんなものが実在していたなど誰が思ったであろうか。
「これが、こんなことが……。これが理由? この祭壇を目印におしろさんはやって来ていたのか」
それは神と人との約束。
祈りを届ける祭壇なのだ。
元気に毎夜この地を飛び回り、黄衣の王の信者であり、この地を治める男爵に懐くビーちゃん。
全部は黄衣の王の為にあったのだ。
祭壇は招来の目印である。
目印に招かれ魔素を溜め込んだ白綿虫を捕食しながら、冷気をはらんだおしろさんはこの地に逗留するのだ。
落下死体はどれも巨石が見える周辺に落ちている。
石の場所を書き込んだ事でそれが露わになった。
「これは、祭壇と思われる範囲でしか行動出来ないのかも知れないね。白綿虫が魔素を溜め込むとやって来て、祭壇と思わしき範囲で捕食して過ごすのか。そこで黄衣の王の信者を見つけると、神の元に連れ出そうとしているのかな。なんだいこれは。これが真相だというのか」
おしろさんを理解してしまったのか、地図を握りしめ学者は早口にペラペラと喋り出した。
全容を知らないラーラとマリウスは怪訝そうに学者を見ている。
「ギル様、大丈夫ですか?」
「大丈夫? ああ、大丈夫だ。ここは呪いの地などではなく聖地じゃあないか。その祈りに黄衣の王は来なかったが彼の眷属は確かにここに現れるんだ」
考えに没頭しているのか狂気に囚われているのか、普段の言動が変わっているので判断がつかない。
だか、その語られる言葉は、真実であると思わせる何かがあった。
なおもブツブツと独り話し続ける学者を前にして流石におかしいと思ったのか、ラーラが学者の顔の前で大きく柏手を打った。
パーン。
乾いた大きな音が響く。
それに驚いてか学者が目をぱちくりさせて口を噤んだ。
「正気をお戻しですか? アインホルン殿」
「あ……。ああ、少し興奮していたのかな。すまない」
学者は額を抑えながらキョロキョロとしている。
「護衛の仕事とは関係はありませんが、それでも事の真相にたどり着いたのなら、わかりやすくご教授して頂けるとありがたい」
本心かどうかはわからないがラーラがそう申し出た。
「ここは古代、風の神を迎えるための祭壇として使われていた土地で間違いないと思う。あの9個の巨石が物語ってくれているね。そこに白綿虫の群れが増えて魔素を溜めると神の眷属であるおしろさんがそれを食べにやって来る訳だ。そして目についた黄衣の王の信者を親切心で? 攫って王のもとに連れて行こうとしているのかなこれは……」
先ほどとは違い、言葉にしているうちに自信がなくなったのか語尾が小さくなっていく。
神話生物が信者を王に届けようとするなど、おかしな話でしかないからだ。
「まあ攫った対象が死ぬと返しに来て、また白綿虫を食べる為に居座るのだろうね。人間の死を理解出来るのかは疑問だが、白綿虫の魔素量で招かれていることを思うと魔素の有無で人の生死も判定しているのかもしれない」
少し自信なさげだが学者はそういう答えを出したようだ。
「なんだか憐れですね。人はその冷気に耐えられず死んでしまうのに、連れて行くことを諦められないのでしょうか」
おしろさんは王の下に戻れなくなったバイアクヘーを憐れんでいたが、私から見たら人を運んでは手からこぼしている様はそれ以上に憐れでならなかった。
その無益な行為は誰からも諫められず、誰からも理解されず続くのだ。
愚かしく虚しい行為。
それがこの落下死事件の真相であるなど誰が想像しただろう。
あの大きな存在がその事に気付くことは永遠にないように思われて、今後のこの土地の行く末に気が遠くなった。




