122話 料理です
そういえばハイデマリーの軽食を作った時も、彼女の侍女から止められたのを思い出す。
そんなに珍しいことなのかしら?
「いや、それはちょっと……。うーん……」
料理人はこの申し出に困ってしまっている。
おままごとを職場でされてはたまったものではないが、かといって無碍にするには貴族相手では難しいといったところか。
子供の遊び場ではないと言わないだけ優しい。
「刃物も火もありますので、ちょっと難しいかもしれませんねえ」
料理人はそういうと助けを呼ぶかのようにソフィアに目を向ける。
「そう……。そうですね。お嬢様の向上心は素晴らしいと思いますが、うーん」
こちらも頭を抱えているようだ。
彼女にしてみたらマーサやハンス爺のいないこの場所で羽を伸ばさせたい気持ちもあるのだろう。
かと言ってケガでもしたら大事である。
「なんだい? 子供がやりたがってるんだから少しぐらいやらせてあげてもいいじゃないか!」
悩む2人をよそに、ニコラが助け舟を出してくれた。
「いや、でも子供用の台や道具もないからなあ」
確かに調理台は背が高くかまどもうっかりしたら私が転げて入りそうな感じである。
魔女を焼いて殺したのはヘンゼルとグレーテルだっけ。
「お嬢様に何かあれば料理人のみならず、男爵まで責任を問われることになりますよ? 料理をしたいなら事前に言ってもらえれば用意をいたしますので今日のところは……」
ソフィアが正論を投げて来た。
確かに責任問題になるのは避けられないか。
料理人は職を追われるかもしれないし、男爵の評判にも関わるだろう。
貴族が料理をするというのは一朝一夕にはいかないのか。
「そう、ですね」
私が納得を示すと料理人とソフィアは胸を撫でおろした。
ニコラは私の為に怒ってくれている。
ちょっと乱暴な所作だけど優しい人だ。
「では」
私はぱん!っと両手を合わせた。
「私がいうとおりに調理してくれませんか?」
またもや料理人は固まってしまったが、ソフィアもそれならと同意してくれた。
彼女は私にあまり我慢させることはしたくないらしい。
とんだ甘やかしであるが、そういう人がいつも傍にいてくれるのは私にとっての幸運だ。
ニコラも、それくらい融通してやんなと料理人をせっついてくれたお陰で、料理人も最終的に折れてくれた。
そうして、私の思っているものを料理してくれることに決まったのだ。
本当は自分の体を使って作りたいけれど、ここは満足しなければ。
「お嬢様は一体何を作りたいのです?」
私をどう扱っていいのかわからないのか、おどおどと料理人は声を出した。
「その前に質問なのですが、蕎麦粉のレシピはもうほとんど食卓に上がりましたか?」
毎日、スープにガレット、サラダにパンと手を変えおいしい蕎麦粉料理を並べてくれていたが、やはり続けば見た事のある料理が出されるようになるものだ。
「そうですね。ほぼこちらの地方のレシピも網羅しましたし、お出ししていない蕎麦粉料理は無いと思います」
さすが料理の話になるとしゃんとする。受け答えがハキハキしている。
「私はこの土地ならではの新しい郷土料理があるといいなと思っているのです。誰にでも作れて、おいしく食べられる。そんなものを作りたいのです」
話だけ聞くと新レシピの開発など子供に出来る筈はない。
だが驚くなかれ中身はおばさんなのである。
新しいレシピは作れなくても記憶からここにない料理を探しあてることは出来るのだ。
「ほほう」
料理人は子供ながらも私の主張に感心してくれたのか前のめりになって聞いてくれている。
「まずこの土地といったら蕎麦粉ですよね?」
「そうですね、それは欠かせません」
「あとこの土地ならではと言ったら?」
私はニコラの方を向いて質問をした。
「なんだい? なぞかけかなにかかね? 突然言われてもわからないよ」
頭を捻っているが身近過ぎて気付かないらしい。
料理人が答えを当てた。
「……霊峰菜ですね」
「ピンポーン!!」
私の発した言葉に3人が頭を捻っている。
当たり前だが、クイズ番組の正解音は通じないのだ。
でもここは言いたくなるというのが心情である。
コホンと咳払いをして照れ隠しをする。
「霊峰菜の塩漬けと蕎麦粉で新しい料理を作るのです!」
何度か肉や魚の付け合わせに霊峰菜の漬物は出ている。
先ほど調理場を見た時も明らかに霊峰菜の漬物だろうと思われる樽も見つけているので材料は揃っているはずだ。
「なるほど、蕎麦粉料理だけなら他でも食べられますが、この辺でしか採れない霊峰菜を使えば唯一無二の郷土料理になるわけですね」
ポンと料理人は手を叩いて賛同してくれた。
具体的な食材が出た事ですっかり臆していた態度は鳴りを潜めたようだ。
「でしょう! あなたならわかってくれると思ったわ! あ、あなたの名前を聞いていなかったわ!」
「申し遅れまして、私はダリルと申します」
名前を聞かれるとは思っていなかったのか、料理人はあせって顔を真っ赤にした。
「ダリルさんね! 私は先ほども名乗りましたがシャルロッテ・エーベルハルト。頼りにしていますわ!厨房の聖人様!」
「聖人だなんて……」
料理人は照れているがお世辞ではない。
いつもおいしい料理を提供してくれるというのは生きていく上ですごく重大な事だと思う。
私にとっては聖人と同等、いやそれ以上かもしれない。
「美味しい料理で周りを幸せにして功徳を積んでいるのですわ。腕前はこの旅で十分知っています。いつも本当においしいんですもの。お世辞ではなくってよ」
「おやおや、こんなに言われちゃ腕を振るわないとだね、ダリルさん」
ニコラが肘で小突いている。
「はは、こんな風に褒められると照れますね。さて、蕎麦粉と霊峰菜をどうすればいいのですか?」
「蕎麦粉を練って、中に霊峰菜漬けをいれるの」
「生地包の様にするのですか? それとも東の方にある羊肉包かな」
思っている事が伝わらないのがもどかしい。
「それはフリルみたいなひだが付いてるでしょ? 私が思っているのは丸くて生地の継ぎ目も滑らかになっている感じなの」
「ああ、饅頭を蕎麦粉で作るのか」
ふんふんと料理人は頷いた。
「霊峰菜は繊維が多いと聞いたので出来るだけ細かく切ってね、冷たいオイルからニンニクのみじん切りを加熱してじっくり香り出ししたものでそれを炒めるのよ。それを生地でくるんで両面を焼くの」
いわゆる、そば処信州で食べられている「お焼き」をここで再現するのだ。
味付けは違えどきっと出来るはず。
私は自分の味覚を信じて料理人に思いを託した。
いつも閲覧ありがとうございます!
昨日の121話の冒頭部分を間違えた状態で投稿しておりました
投稿から2時間ほどの間に読まれた方におかれては、文章が通らない事になってしまい申し訳ありませんでした。
今後この様な事のないよう気をつけます
3/18 章分けと活動記録をUPしました
お時間がある時にでも覗いていただけると幸いです




