121話 童謡です
おおきなおやまのおしろさん
おやまのかなたへさらっておくれ
おそらのかなたにさらっておくれ
どこからか子供たちの歌声が聞こえてきた。
なんて物騒な歌。
攫ってくれだなんて、攫われることがいい事みたいな歌詞だわ。
攫われた先はどうなってるのかしら。
耳から入ってくるその歌の内容をぼんやりとした頭で考えた。
目を覚ますともう陽が高く昇っているようで、教会の方から子供達の童謡を歌う声が聞こえている。
歓声と共にバタバタと足音も耳に入ってくるので、鬼ごっこでもしているのかもしれない。
慣れない旅の疲れを心配したのかソフィアは声を掛けずに、私が自分で起きだすまで寝させてくれていたようだ。
確かに馬車に揺られたり、普段以上に歩き回った事もあって疲れていた。
昨日のあの夢は、いや夢の様な何かは私の気持ちまでも疲れさせていたので、十分に睡眠を取れた事に感謝しなければ。
私が起きたのに気付いて、やっと起きたの?とでも言うようにクロちゃんとビーちゃんが飛び掛かってくる。
ベッドの上でぼふんぼふんとじゃれ合って、朝から2匹の熱烈な愛情表現に私も笑顔がこぼれてしまった。
その物音に気付いて、ソフィアが顔を出した。
「おはようございますお嬢様。朝食はこちらでとりますか? ホールへ行きますか?」
昼ごはんには早く、朝食というには遅い時間だ。
ホールで軽くとることにして服の支度を手伝ってもらう。
「教会の庭で子供が遊んでいるのかしら? 賑やかね」
「お耳触りでしたか?」
「いいえ、賑やかでいいと言っているのよ」
子供の遊ぶ声で目が覚めるなんてどれくらいぶりだろうか。
「今日は教会で聖教師様が子供を集めての講話をされていたのですって。それが終わって遊びだしたのでしょうね」
ソフィアがおかしいのをこらえるように、吹き出しながら教えてくれた。
「素晴らしいことじゃない? 何故笑っているの?」
「ニコラさんに聞いたんですが、あの聖教師様は今までお酒にかまけてあまりそういう活動をされていなかったらしいのです。お嬢様に恐れをなしたのか急に聖教師らしくなったと村の話題になってるそうですよ」
恐れをなしてだなんて失礼な。
そんな怖い事をしたつもりはないというのに。
「まあ、真面目になったのならいい事じゃない? 本人の前では笑ってはだめよ?」
とりあえず、その様子ならば聖教師の方は大丈夫そうだ。
教会がしっかりしていれば村の団結にも一役買うだろうし、村おこしにも良い影響を与えるだろう。
商会の力は大きいが、飼いならされるのではなく、村人には彼らなりの誇りを持って商会と一緒に歩んでほしい。
「そういえば変わった歌が聞こえてきたの。この地方の物かしら?」
「ああ、おしろさんの歌ですね。なんでも昔からあるこの土地の童謡だそうです」
「ちょっと不思議な歌だったわ」
「手繋ぎ鬼の歌だそうですよ? 隠れん坊と似てるのですが、鬼が隠れた子を見つけたら手を繋いで、歌いながら他の隠れた子を探すとか」
私はそういう子供らしいことをした事がないが、子沢山のソフィアの家なら兄弟同士で隠れん坊をしたことがあるのだろう。
もちろん私は前の生では鬼ごっこも隠れん坊も体験済なので詳しい事を聞かずとも想像が出来た。
「歌声で距離を測って隠れて過ごすか、見つからないように逃げ出すかというスリルがあるんだそうです」
「いやに詳しいのね」
「初日にヨゼフィーネ夫人が子供達と少し遊んで仕入れた情報です」
口は動いてもソフィアの手は止まらず私の髪を丁寧にといてくれている。
すっかりベテランの貫録を身に着けたようだ。
それにしても確かに荷物の搬入やら聖女館の準備に回ってくれていたが、既に子供達と面識があるとはさすが夫人であると言わねばなるまい。
そういえば村歩きをした時も子供達が夫人に手を振っていたのを思い出した。
あの時は優しい夫人の見た目がそうさせていたと思っていたが、すでに面識があったとは想像していなかった。
「おはようございます聖女様。今日はゆっくりですね」
ニコラが声を掛けて来た。
「半端な時間だから食欲があるかないかで料理を変えたいから聖女様のリクエストを聞きたいそうだよ」
調理場を指差してそう教えてくれた。
「そうですね。あまりガッツリ食べたいというわけではないですし……」
何を作ってもらおうか考えた時にある考えがひらめいた。
「ふふ、ちょっとお邪魔しちゃおうかしら」
止めようとするソフィアを横目に私はそのまま調理場の扉を開ける。
流しにレンガの窯、焜炉と炊事場が正面に備え付けられ、作り付けの棚には穀物袋や瓶詰食材、野菜などが置かれている。
「お嬢様が厨房へお入りになるとは! ここは火を使いますからね? 危ないので出て下さい」
びっくりした料理人が通せんぼをするように立ちふさがり、子供に言い聞かす様に言った。
まあ、外見は子供なのでそれは正しい。
「いつもおいしい食事を感謝いたしますわ。シャルロッテ・エーベルハルトでございます。今日は考えがあり、こちらへ罷り越しました」
にっこりと丁寧にお辞儀をすると料理人は圧倒されたように顔を赤くしてしまった。
「感謝だなんて、自分は自分の仕事をしているだけで……」
最後の方はモゴモゴと聞き取れなくなっている。
調理場に入る貴族はそういないだろうし、そこで丁寧に感謝されることは稀なのかもしれない。
まあここまでは想像通りだ。
そうして私のペースに巻き込めばこの後やりやすくなる。
「私、料理がしたいのです!」
私の言葉に料理人もニコラもソフィアも固まってしまった。




