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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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114/651

114話 現場です

「話が聞きたいんだけどいいかな?」

 ひと段落ついたと判断したのか、学者が聖教師に話しかけた。

「知っての通り私達は不審死事件の調査に来ている訳だけど、あなたの見解を聞かせてもらっても?」

「わ……私ですか? 葬儀を出しましたし何度か検死にも立ち会ったのですがなんというか、人の仕業とは思えないとしか言いようが……。あんなことを出来る人間などいようはずがありません」

 やはり男爵と変わらない意見のようだ。

「では熱狂的な地母神教徒の集団とかに心当たりは?」

「まさか信徒に疑いを! とんでもありません! ここの領民は黄衣の王をみな信じておりますが、同時に清廉な黒山羊様の使徒でございます。みな善良で殺人など、とてもとても」

 大きくかぶりを振りながら聖教師は続ける。

「私が赴任した時も前任から聞かされたのは成すすべなく、その災厄の年が過ぎるのを待つしかないという言葉だけでした。それ以外教会に出来る事はなかったのです……」

 その落胆した表情と滲み出る恐怖は無力さと、彼がこの件に関してまったくの無関係であろうことが見て取れた。

 それと同時に彼なりに長年苦しんでいたのが伝わってくる。

「あなたのように人の死を嘆き、我が身に起こったかのように苦しみ人々に寄り添える事は尊いことですわ。くれぐれもお体を大事になさってください」

 単身で何も出来なかった彼の立場を考えると気の毒でならなかった。

 最初は彼も神に仕える使命や人を助けるべく励もうと希望に満ちた青年のはずだっただろう。

 王国のはずれの村に赴任先が決まった時も、その様な場所だからこその意気込みも持っていたに違いない。

 長年の不審死の事件で彼の思いは打ち砕かれ、無力感に身を浸す事となったのだ。

 他の教会への配属であったらば、全く別の人生を送っていたに違いない。

 私はそっと握りこまれた聖教師の拳に両手を添えた。

「辛い思いをなさったのですね。そんなあなたを黒山羊様は見守ってらっしゃいます。気を強くお持ちになって」

 労いの言葉が意外だったのか、聖教師はしばらく呆然としてから跪いた。

「すべては黒山羊様の導きのままに……」

 そう静かに呟き、立ち上がった彼はすっきとした顔になっていた。

 これならば、今後は酒の飲みすぎで不覚になることもないだろう。

 次に絶望するまでは。


 今日はもっぱら現場見学なので農地ばかりを回ることになる。

 事が起きたのが昨日今日でもないので行ったとしても痕跡が残っているかはわからないが、どのような場所であるのか肌身に感じるのは必要だという学者の言葉だ。

 とにかくそんな場所なら人目もほぼないだろうし、散歩同然になるのがわかったのでクロちゃんとビーちゃんも一緒に連れて行くことにした。

 今日はコリンナと夫人は留守番である。

 人が死んだ現場巡りに付き合わすのは忍びなかったし、何より昨夜の晩餐会でのコリンナの食べっぷりに驚いた夫人がマナーの勉強をいたしましょうと彼女に申し出てくれたので残って淑女教育をすることになったのだ。

 コリンナの教養の高さは今更であるが、赤の学び舎の教師達は学問に秀でていても、淑女のマナーにはうとかったのだろう。

 クルツ伯爵領も裕福とは言い難いので学術教師を迎えるのに力を入れた結果、満足な淑女の家庭教師は確保出来なかったのかもしれない。

 今でもおいしそうなお菓子を前にして開催前にぱくりと一口食べてしまった彼女の愛らしい王宮茶会でのしでかしを思い出すと笑みが浮かんでしまう。

 ともあれ、今後文官としてやっていくのならここで夫人から教育を受けるのは彼女にとっていい事であると言わねばならない。


 ちらほらと見える巨石が置かれるだけの平地。

 クロちゃんはピョンピョンと跳ねまわり、ビーちゃんは絶好調という勢いで飛び回っている。

 2匹とも大層ご機嫌のようだ。

「流石に何もないねえ」

 あるのは蕎麦畑と柵と畦道。

 取り立てて目を引くものはない。

 落下死するような建物も昇り(やぐら)さえない場所で、何故高所から落ちて死ぬのか。

 巨石から落とされたとも考えてみたが距離がありすぎてお話にならない。

「これで捕食跡でもあればねえ」

 音を上げたように学者が言う。

 せめて噛み跡でもあれば歯型から有害な魔獣やそれに類する生き物の仕業だとわかるものを、その遺体は落下死以外何も語ってはくれないのだ。

 広い農地ばかりを地図を片手に歩いての移動は、書物を友とする学者にはきついものだろう。

 今日ばかりは子供の身に感謝だ。

 普段は引きこもりでも、まだまだ動けそうである。

 その代わりに夜には即就寝してしまいそうだけれど、このような牧歌的な場所では日の出と共に起きて月の出に眠るのは至極当然の生活である。

 旅の間は普段より体を動かすことも多く、健康的でなによりである。

「お嬢さんあれが白綿虫ですよ」

 言われた方角を見ると、確かに白い綿の様なものがいくつも浮いている。

 ふわふわと綿の花が飛んでいるようで不思議な光景だ。

「本で読んだことはありましたが想像以上に不思議なものですね」

 話に聞いた通り大量に発生しているようで群体だと地面から1メートル程上を飛ぶ雲の塊の様に見える。

 浮かぶ羊の様で何とも言えないコミカルさがあった。

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