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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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113/650

113話 飲酒の話です

「これが昨日写し書きした地図です」

 珍しく午前中から活動的な学者がテーブルに手書きの地図を広げている。

 元の地図もあまり詳しくないものだったのか大雑把なものであったが、学者により記録に残っている被害者の発見場所も記入されていて、見やすく整理されている。

 現場はてんでばらばらで場所自体にはあまり意味は無さそうだ。

 強いて言うなら農地のそばであることくらいか。

 かといっても、この領地の大半は農地なのだから当然ではあるのだが。

「共通点は初夏から冬にかけて発生していて皆、落下死と断定されているくらいかな」

「男爵に伺ったのですが、被害者は黄色の布を身につけていたそうですわ」

「風の神の信者だと?」

「ええ、男爵が言うには。とりあえず昨日私の方から黄色の布は付けない様に村の人に話しましたが効果があるかどうか」

「ああ、昨夜のリンディの話はそういう事だったのか。男爵の口からは公表しないのか」

 少々納得のいかない様子だが、学者はそのまま考えを続けた。

「起こる年数はバラバラだけど黄衣の王の信者を狙っているとしたら、地母神教しか許さない狂信者集団の仕業か……。落下死に見せかけた宗教的儀式? いや、この辺は土着信仰的に風が崇められているし、そんな集団が何十年もこっそり存在出来るものだろうか」

 学者はぶつぶつと口に出しながら思案にくれている。

 そう、数日だがこの土地の風に吹かれて肌で感じたのだが、ここは風の神を信じたくなる場所なのである。

 常に風が吹いているからか、王都やエーベルハルトの領地で感じるよりも身近に風を感じ、自然と存在を受け入れてしまうような。

「そういえば魔法でそういう事は出来ませんの? 高く浮かせて落とすとか」

「うーん、落下死するくらい高くというのは難しい気がするんだよね。人相手に使う魔法はなかなか難しいし、ちょっと無理だと思うよ」

 他の可能性を思い巡らせて見るがわからない。

「とりあえず死体の発見現場を見て回ろうか」

 いろいろと話し合ってはみたが、思考はまとまらなかったようで予定通り現場に移動する事にした。


 聖女館を出ると、聖教師が教会周りの掃除をしている。

 小さな教会なので雑用を担当する堂役もいない。

 教会のすべてを聖教師ひとりで取り仕切らなければならないのだ。

 今後、領地が栄えていけば教会への寄付も増えるので人員も補充されるのではないだろうか。

 辺鄙な村での勤めはやりがいがあるだろうが、中央の教会からは目が届きにくく不正も起きやすい。

 不正とまでは行かないが過ぎた飲酒は信者の模範たる聖教師には相応しくないのは確かだ。

 それを指摘した私と顔を合わせるのはバツが悪い様であったが、避けるわけもいかないだろうし少々彼には気の毒な状況になっている。

 私の変な悪戯心のせいで居心地を悪くしてしまったに違いない。

「御機嫌よう、聖教師様」

 そんな訳で関係を修復する為にも、とびきりの笑顔で愛想良く挨拶をした。

 私が何でも見通していると思い込んでいるのか、ビクビクしている。

「おはようございます聖女様。昨日もその前も飲んでいませんから、ええ! 1滴たりともお酒に手は出しておりませんとも!」

 私が何か言う前に過剰に牽制してきて何か申し訳ない気分になってきた。

「黒山羊様は飲酒を禁じていませんし、そんなに構えたりなさらないで下さい。私はただ、酒場で酔い潰れるのは体に障ると思って言っただけなのですから」

 宥めてみるが、それは逆効果になってしまった。

「何故その事を! 本当にあなたは全て見ているとでも言うのか……」

「いえ、まあたまたまそう言う事もあるというくらいです。あなたの献身も存じておりますし、無惨な村人の不審死に心を痛めての事も分かっておりますから」

 夢で酔い潰れているとこを見ましたと言っても信じて貰えないだろうし、ここはとにかく落ち着かせなければ。

 私の言葉にハッとしたように聖教師は胸元で手を握り締めた。

 献身も心痛も知らないけど、どうやら逃げ腰をといて話を聞いてくれる気になったようだ。

「真面目な方こそ手に負えない物事にぶつかると、お酒や賭け事に逃げてしまうものですわ。ご自分の無力をお責めになった故ですもの、誰があなたを断罪出来る事でしょう」

「お嬢さんは本当に子供らしくない事をいうね。ご令嬢がそんな世間をどこで知るのだろう」

 学者が面白そうに横から茶々を入れるのは、ほおっておいた。

「そもそも黒山羊様は一説では葡萄酒の神とも言われて儀式にも使われますし、嗜む程度ならば皆様してらっしゃるのですから、気に病むことはありませんわ」

 なるだけ優しく微笑んでそう伝えると、やっと聖教師の態度は軟化した。


 黒山羊様が葡萄酒の神というのは俗説である。

 ある高名な画家が彼女の操る蔓の様な触手を葡萄の蔓で表現した絵画を発端としたと言われている。

 その絵を教会に奉納したところ、時の芸術家が(こぞ)って真似た為、その様な解釈が産まれた様なのだが実際のところ確かな事は分かっていない。

 ただ絶世の美女である神様と豊かな葡萄の実とその葉と蔓のモチーフがとても似合っているのは素人の私にもわかる。

 そうして美しい絵画や彫刻は無学の庶民の心を捉え、その心を打ち、かの神と葡萄の関係を民間に浸透させたのだろう。

 そういう訳で信徒の見本たる聖教師も節度を守っての飲酒は禁じられてはいないし、なんの罪でもないのであった。

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