112話 隠し事です
ひとしきり騒いで落ち着くとリンディが私達に小さい細工箱を見せてくれた。
表面は滑らかで軽く横にスライドして開けるタイプの箱だ。
「あのね、内緒の宝箱なの」
大切な秘密というような風だが、皆に見せるのは大丈夫なのだろうか?
リンディもそれに気付いたのか周りをキョロキョロと見るが、両親がこの部屋にいないことを確認すると箱を開けた。
中にはガラス細工やドライフラワー、レースの端きれ、ちびたクレヨンの欠片などが入っている。
大人からして大したものではなくとも、この子にとっては大事な品々なのだろう。
私も子供の頃、いい匂いのするレターセットや、金木犀の花を集めて詰めた小瓶を勉強机の引き出しに入れていたのを思い出す。
たまに出しては飽きずに眺めたものだ。
「素敵な品物ね」
そう褒めると彼女はむふーっと鼻の穴を大きくして顔いっぱいに喜びを表現した。
声を上げなかったのは、彼女なりの秘密に対しての礼儀なのだろうか。
「宝物なら内緒にしなくてもいいじゃないか!」
確かに尤もだ。
学者がそういうとリンディは分かってないのねというような大人びた眼差しで声を潜めてこう言った。
「これは見つかると大変なの。お父様には絶対に内緒なの」
彼女は大事そうに箱の中の小物をかき分けると、底の方に隠してあった黄色いリボンを取り出した。
「お父様は黄色がお嫌いで、私達から黄色いドレスもアクセサリーも全部、取り上げてしまったのよ」
ケイテが横で憤慨するように言った後に、続けて得意げに顎を持ち上げた。
「このリボンは私が隠して持ってたのだけど、リンディのお誕生日にあげたの」
だから父親には内緒の宝物なのだと説明してくれた。
子供にとって親の目を盗んでのプレゼントは、とても大きな意味を持つのだろう。
ましてや禁じられた物ならなおのことだ。
「リンディは黄色い色、綺麗で明るくて大好き」
楽しそうにそう教えてくれる。
「ええ、私も好きだわ。綺麗で素敵ですもの」
春に揺れるタンポポ、夏に映えるひまわり、秋にはまあるい菊、冬には雪にゆれる蝋梅。
日本ではいつも黄色い花が季節を彩り楽しませてくれていた。
明るい眼差しの少女達の髪に飾れば、それはさぞかし黄色のリボンは映えるだろう。
一色と言えど自由におしゃれが出来ないのは少女にとっては不本意である。
男爵がそうしたのは彼なりに理由があるが、説明のしようが無かったのもわかる。
黄色の印が危険なら誰だって子供から取り上げる。
私でも同じことをしたに違いない。
親の心子知らずとはよくいったものだ。
「男爵は何故そんなことをしたのだろうね。黄色か……。案外おしろさんも黄色が好きだったりしてね」
学者にはまだ男爵から聞いた話を伝えてないのに鋭い事である。
明日にでも言わなければ。
「おしろさんに見つからない様に大事なものは隠しておきましょう」
私はリンディのリボンにそっと手を添えて、そう促した。
気付けば遅くなってしまったので後ろ髪を引かれながら男爵邸を後にした。
聖女館までの距離は知れているし、あちこちに騎士団が夜警に立ってくれている。
夜に外を歩くのも私には貴重な体験だ。
「お嬢さん、何故あの時、みんなを食べちゃうと言ったのです?」
「え? 言葉のあやみたいなものですわ。ついそう言ってしまっただけです」
学者が変なところに食いつく。
夢ではまあぱっくりされたのでそのまま伝えてしまったのだがまずかっただろうか?
私の返事を聞くと、ブツブツと独り言を言いながら自分の思考に沈んでいってしまったのか足早に行ってしまった。
一体なんなのだろう。
聖女館の自室に戻るとクロちゃんとビーちゃんが出迎えてくれた。
そっと顔を寄せて、ただいまと挨拶をする。
ケイテとリンディは残念がっていたが、さすがに招待された晩餐会へ動物は連れてはいけなかったので置いていったのだ。
2匹での留守番のお陰でより仲良くなってくれたかしら。
違う神様の所属とはいえ、同僚同士みたいなものだろう。
神様と離れて人の世界で暮らすのは、さぞかし心細くて寂しいことと思う。
男爵家の暖かい談話室での騒ぎの熱のせいか、ひとりになった今妙に感傷的になっている気がする。
田舎特有の夜の静けさのせいかもしれない。
私がしっかり面倒を見なければと2匹が並んでいるのを見て心を新たにする。
どちらともこの子達は中身は素直で可愛い。
けれど、元の姿は怖い方に分類されるのだろう。
なのに今は庇護欲を掻き立てられる可愛らしい姿になっていて、見た目の大事さを確認する。
私は元の姿も味があって愛嬌もあっていいと思ってはいるのだけど、きっと賛同してくれるのは学者くらいではないか。
私も元はおばさんで今の姿は令嬢で、彼らと同類なのだ。
何だか私達は本来の場所からはぐれた仲間みたいで、そのせいか自室で2匹と1人になると、安心感に満たされる。
そっと2匹を抱き寄せた。
誰でも秘密を抱えて生きていくのは辛い。
だからこそ寄り添ってくれる彼らが私にとってかけがえの無いものであり、必要なのだとその温かい体温を感じながら噛みしめた。




