111話 談話室です
「石というと、こちらの領地で農地に大きな岩が点々とあるのを見たのですが、あれはなんですか?」
料理を味わい尽くして満足気な顔のコリンナが話に入ってきた。
今までずっと料理に夢中であったのだろう。
「ああ、あれはずっと昔からこの地に居座る巨石ですね。人をやって調べた事もあるのですが、彫刻や遺跡めいたものがあるわけでもない長方形の何てことないただの大きな岩というだけでした。このだだっ広い土地にいきなり巨石があるのは妙な話のようですが、子供の時から見ているせいで私達には日常の風景なのですがね」
「そうなんですか! 不思議ですね。まるで大きな人が巨岩で石遊びをしたみたい」
コリンナは楽しそうにそういった。
そうまるで誰かがひょいとどこかから大きな岩を運んできて置いたような風情である。
そんなことが出来るのはどれくらいの巨体なのだろう。
晩餐会の締めであるデザートは蕎麦粉のタルトに蜂蜜のナッツ漬けを敷き詰めた歯応えと食べ応えのある1品であった。
木の実に蜂蜜の風味と甘さが染み込み栄養もたっぷりであるそれを、口当たりが爽やかな笹茶で頂くと身も心も幸せになってしまうというものである。
コリンナと私はその素朴ながらも目を見張る美味しさに顔を見合わせてしまった。
日持ちもある程度するらしく領地ではポピュラーなお菓子になるらしい。
お土産にどうだろうか?
さすがにタルトは王都に付くまでに賞味期限が切れそうだが木の実のクッキーとかなら王子達に配るのも良いだろう。
日持ちがするお菓子というとお酒をたっぷり使ったブランデーケーキもいいが、蕎麦粉でもあるのだろうか。
せっかく遠出をしたのだから、ここならではのものをお土産にしたいものだ。
男爵はやはりお酒に強いタイプではないらしく、王都の客人をもてなす事とロンメル商会との契約に浮かれたせいか、すっかり酒に飲まれて船を漕ぎ出している。
ウェルナー男爵夫人が顔を青くして起こそうとしているが、こちらも礼儀にうるさい訳ではないので、どうか寝室で休ませて介抱するようにと声を掛けて談話室へ移動した。
「ねぇねぇ、もじゃもじゃ先生! ご本を読んで」
暖炉には火が入れられ冷える夜を温めてくれる。
王都などでは暖をとるのも魔道具であることが多いが田舎の方ではもっぱら薪をくべる方が安く上がるのだろう。
何故か男爵家の娘2人にモテモテの学者は談話室の本棚から絵本を選んで読み聞かせをしている。
選んだ本というのが「羊飼いのハイタ」というのが彼らしい。
羊飼いが幸せを探すお話である。
正確に言えば恵み深き黄衣の王の信者の物語であり彼の暮らしぶりと、その有り様を表しているのである。
作者名はA.Bとしか記名がされていない。
何故かわからないが、神々についての本の多くの著者名は頭文字でしか名前を表記しないようなのだ。
身元を隠す為なのか、作者としての認知や名声よりも彼らにとっては神についての本を出す事の方が大事なのかもしれない。
学者の読み聞かせで興味深かったのは出てくる都市の名前や、その儀式にいちいち彼特有のうんちくを混ぜているところだ。
子供相手であっても真剣に黄衣の王について語る学者の姿勢が、少しでも大人ぶりたい彼女達に受けているのかもしれない。
幸せはいつもそばに。
それが風の神、黄衣の王の教えである。
まるで童話の青い鳥のようだ。
「おしろさんがいるから寒いよねえ」
窓の外を見ながら末っ子のリンディが学者の膝の上でそう言った。
窓から外を覗くが街灯の灯りもないので夜闇が満ちているだけだ。
彼女の目には何が見えているのだろう。
「おや、前にもおしろさんがどうこう言っていたね。なんのことかな?」
昼間に聞いたことを思い出していると学者がリンディに尋ねたが、返事をしたのは意外にもヨゼフィーネ夫人である。
「落下死事件の事を、ここの人達はおしろさんという大きな生き物が起こしていると言っているのよね。人を掴んで地面に叩きつけるんですって」
彼女は「おお怖い」と両手で自分を抱きしめるようにして体をゆすっている。
物騒な内容だが、子供たちの手前こうして大げさな表現をしてバランスをとっているのだろう。
口では怖いと言いながら目は楽しそうだ。
「そうよ! おしろさまは隠れん坊が下手な人を見つけると攫って地面にぶつけてしまうの!」
これはまた新しい話だ。
隠れん坊か。
実際の被害者には共通点が見られないので、子供に対してわかりやすくそういう話で警戒させているのかもしれない。
人が死んでいる話なのに実感がないのか、それを語る彼女達はなんだか楽しそうだ。
壁一枚隔てたところで陰惨な事件が起きたとしても、テレビやネットがない世界ではこんな風にのんびりと受け取られるのか。
いや情報の早い世界でもどこでも、人間は自分だけは安全地帯にいると勘違いしてしまう生き物なのかもしれない。
「こーんな大きな白い人なのよ」
両手を使って大きな輪を作ってみせている。
「リンデイったら、もっともっと大きいのよ? こーんな」
ケイテは体いっぱい使って大きさを表現した。
「ちがうわ! おうちみたいに大きいのよ!」
姉妹はどんどん競って、おしろさまのおおきさを張り合っている。
そんな暖炉の前のやりとりに心が和む。微笑ましい。
あの夢を思い出す。
この事件の事を始めて知った日に見た夢。
とても不思議だ。あの夢に見たままの村の風景と人達。
そして途轍もない大きな、比べることの出来ない存在。
「いいえ、山より大きいのよ」
みんなが私を見ている。
今、口にしたのは私?
あの時の夢に思いを馳せるうちに無意識に口走っていたのか?
何てこと、いくらぼんやりしていても不用意すぎた。
リンディがにぱーっと、笑みを浮かべた。
「シャルロッテ様は見たことがあるの?」
ああ、もうどうしよう。
こんな可愛い笑顔を向けられたら無視することも出来ない。
ここはひとつ付き合うしかない。
「白くて大きくて、みんなを食べちゃうのよ!」
ガオーと両手を掲げて怪獣の鳴き真似をしてみせると、姉妹はキャーと声をあげて喜んだ。
そのままコリンナも一緒に巻き込んでの追いかけっこになる。
こんな子供っぽい遊び久しぶりだ。




