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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第一章 シャルロッテ嬢と黒山羊様

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11話 冒険です

 頼もしいデニスに先導されて、タータンチェックの乗馬服を先に着せてもらっていた私はすっかり探偵の気分になっていた。

 少しも怪しい足跡を見逃してなるものかと、意気込みも上々虫眼鏡も準備してある。

 こういうことは形から入るのも大事だ。

 まず向かうは、厩舎である。

 大きな木造建築の厩舎には、侯爵家で使う多くの馬がいる。

 乗馬用の馬、緊急の時の早馬、体躯のがっしりとした荷運び用の馬、他にも警備用などそれぞれ用途にあった馬が用意されている。

 いつ何時、戦争や獣の討伐が起こるかもしれないので、国境を有するこの地ではいつも多くの馬を確保しておくことも必要なことなのだという。


 今は平時であるので、馬達は柵で囲まれた運動場の中で草をはんだり、歩いたりとそれぞれが平和に、思い思いに過ごしている。

 私は行ったことがないが、その向こうには侯爵家の酪農品を扱う農家の住まいがあり、そちらには牛や豚等の家畜が飼われ、畑もあり大きな農業区となっているそうだ。

 侯爵家直轄の農民は生活の保障も厚いため、かなりの人気職だと言われている。

 屋敷内の使用人もそうだが、住居も敷地内にあるため一度欠員が出ない限りは募集はされないので結局は何代にも続いて、ここで農業に従事することになる。

 初期投資は高いかもしれないが、結果的に身元の確かな農民と出所がわかった食料品を侯爵家は確保できるのだ。

 農民は外敵への警戒心も高く、農業区の警備にも一役買っている。

 安心を買うと考えると、安すぎるほどである。

 改めて侯爵家の敷地と規模の大きさを実感した。


 厩舎には乗馬の練習の時に訪れてはいるが、ここの世話人と話すのはこれが初めてである。

 彼は雇い主の子供達の突然の訪問に慌てて帽子をとると、緊張で両手で帽子を潰しながら相手をしてくれた。

 名前はカールと言い、やはり代々厩舎で馬の番を務めているということだ。

 奥から1人小間使いの男が何事かと顔を出したが、カールは彼に奥に行くようすぐに大声で指示を出して姿が見えなくなるのを確認すると、ようやく話をしだした。

 前に兄に聞いた通り、この人は律儀に侯爵家の評判を守るため、誰にも漏らす気はないのだろう。


「あっしが見たのはあの上の草むらから出てくる所と、もう一度はその道を下って行くとこでした」

 素朴な馬の世話係は雇い主の子供2人を前に背筋をピンと伸ばして、彼なりに言葉を選んで説明してくれる。

 柔らかい雰囲気と口調のデニスのお陰で、言葉がつまり黙りこむことがないようで良かった。

「町では、最近あれを黒犬様と呼んで子供らが歌にしているそうで……」

 少しでも役に立ちたいと言うかように、知っている事を教えてくれる。

 どんな歌か聞くと、もじもじと服の端を手でいじりながら歌ってくれた。


 イタズラする子はだれだろな 黒犬さまがやってくる

 夜に寝ない子だれだろな   黒犬さまがやってくる

 悪さをすると黒犬さまの頭があいて

 夜の向こうへ連れていく 

 ひとのみにして 連れていくから


 カールは、短いながら歌い終えると、ひと仕事を終えた様に満足気な表情になった。

「歌いながら追いかけっこをして、捕まると黒犬さまに食べられた事になるんでさ」

 娯楽が少ないと怖い噂も遊びに使われてしまうのか。

 何だかかわいい話である。

 頭があいてと言う表現が、ちょっと不気味さを出していていい。

 きっとソフィアがしてみせた様に頭の上に両手を上げて、口に見立てて挟んでみせるのだろう。

 そういえば、天使みたいな形のクリオネは頭が割れて悪魔のような捕食をしていたのをテレビで見たなと思い出す。

「本当に3人で大丈夫でやすか?」

 同行すると申し出るのも失礼にあたりそうと思ったのか、何度か言いよどみ、暫しの沈黙の後やっと出た言葉がこれだった。

 少し調べるだけたから大丈夫とカールに丁寧に礼を言うと、デニスから幾ばくかの謝礼が渡される。

 とんでもないと首を振って断っているが、兄の

「私からの気持ちだよ。無下にしないでおくれ」

 と、いう言葉に断り切れなくなってしまっている。

 善良な男だ。

 ぺこぺこと何度も頭を下げ、謝意を述べていた。


 先程提示された場所へ移動する道すがら、ふと厩舎を振り返ると彼は心配そうに私達を見つめて、そこから動こうとしなかった。

 心配をかけたことへの申し訳なさが、ちくりと心を刺す。

 目的の場所にすぐに到着し、草むらや地面を見ると確かに何かが行き来した跡がある。

 さほど大きくない足跡の形は犬では無い。

 肉球らしき後もなく、形としてはなんと表現したらよいのかナッツが2つに割れたような感じだ。

「これは……。偶蹄目の足跡ですね」

「ぐうていもく?」

 私が聞き返すと、デニスが答えてくれる。

「ルドルフ様とシャルロッテ様にはあまり馴染みがないでしょうが、牛や羊のことです。蹄が2つに分かれているでしょう? 馬だと丸いし、それぞれ足跡の形が違うんです。我が家があるバルテン領は、畜産が盛んなので見慣れた足跡ですね」

 よくまあ離れた厩舎にまで聞き込みに足を運んだものだと思っていたが、なるほど故郷を懐かしんでデニスは農業区へ何度か出向いていたのかもしれない。

 若いながらも自分の道を選んでここにいる。

 そうはいっても、たまには郷愁に駆られることもあるだろう。

 そう思うと立派に育って、とホロリと来るものがある。

「犬とは全く違うな。牛と言うにはサイズ的には小さくないか?」

「足跡の大きさと歩幅から見て子犬程なので小さい羊でしょうかね」

「ああ、それなら黒毛の羊としたら、目撃証言にあってはいないか」

 兄とデニスの推理を聞きながら、拾った小枝で羊の落書きを描いてみる。

 確かに毛むくじゃらな羊ならありえる話だ。

 小型サイズの羊が毛を刈られないまま伸び放題になったら、木の枝のような触手なようなものが絡んだ、よくわからない生き物に見えるだろう。

 まさに、幽霊の正体みたり枯れ尾花である。

 半信半疑ではあったが、草食動物なら噛まれることもないだろうし安心だ。

 2人もそう確信したのか安堵した表情である。


 足跡は、草むらから林の方へ続いていた。

 敷地内とはいえこの辺りは馬の運動場や農業区とは反対にあり、大まかな道以外は整備していないらしく鬱蒼としている。

「しかし羊にしても、何故街へ通っているのか……」

 兄のいう通りである。

 街からエサを求めて林に分けいるならともかく、どうやら行き来しているようなのだ。

 とても人懐こい羊で、はぐれた主人を探しに降りているのではと憶測も出たが、羊にそんな芸当が出来るのだろうか?

 ああでもない、こうでもないと言いながら、デニスは迷わないよう木の幹に矢印と麻紐を付けて進んでいく。

 目印など私には思いつきもしなかった。

 兄と私2人だったらどうだったろう。

 ポケットに手をいれて出番のない虫眼鏡を握りしめ、そっと触ってみた。

 冒険に気を取られてご機嫌で林に踏み入り、早々に迷子になる自分が目に浮かんだ。

 それを思うとデニスへ感謝の念が沸いてくる。

 もともとは道があったのか自然とそうなったのかはわからないが、足跡の続く獣道はある程度木が間引かれており、思ったよりも歩きやすい気がする。

 少し奥に入ると突然、場所が開けて朽ちた小屋が現れた。


 デニスが身を低くして声をひそめる。

「どうやら今は使われていない森林番の小屋のようです」

 森林番というのは名の通り森林の番をする人だ。倒木を片付けたり、害獣を追ったり森林を保つための仕事をしているそうだ。狩猟シーズンには獲物がいそうな場所へ主人を案内したりする。

 今は別の所に石造りの小さい塔が建てられて、そちらが拠点となっているとのことだ。


 さて、ボロ小屋は屋根に穴が空いたり所々朽ちて見えるが、風や雨をしのぐのに問題は無いようだ。

 むしろ隠れるには、好都合と言える。

 中を覗いて、通称黒犬様が寝ている姿があれば目的は達成だ。

 流石に私達をいつ崩れるかわからない小屋に近づける訳にはいかず、デニスは小屋の外で待つように伝えてきた。

 正味2時間もかからない冒険だったけれど、普段行儀のいい子供を演じる私には十分楽しい時間であった。

 新鮮な木々の香りも好ましく、これならまた来たいと思わせてくれた。

 遊園地のアトラクションを終えたような気分である。

 兄を見ると、やはり同じ気持ちなのか子供ながらやり遂げた顔をしている。

 未知の何かを追うことも、林の中を踏み分けるのも、どちらも今の生活を思うと非日常で得難いものであるのだ。



「あ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ、あ゛ああ゛アアァあ゛あ゛ぁァ」



 響く  響く  響く


 突如、私達の左手側から何かが響いた。

 黒犬様。

 それに危険はなく姿はうかつ者の見間違えであり、事実はなんてことの無い無害な動物ではなかったのか。

 昼間は寝ていて夜に活動すると、誰が言ったのか。

 それは安全であると、誰が決めたのか。


 そう決めつけたのは私達。

 冒険は終わったはずだったのだ。




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