109話 晩餐です
村というのはコミュニティである。
テレビもネットもないがそこには最強の口コミという伝達方法があり、狭い集団の中ではあっという間に物事は伝わるのだ。
私が口にしてた「黄色の印を付けない」という言葉は、老婆と髭の男から村人に伝わり、村人から隣村へと伝播し、男爵領内を網羅する。
伝言ゲームをするなら最初はシンプルな言葉が良い。
人々はそれを骨にして勝手に想像し、肉付けしていくのだから。
不審死を止めにやってきた聖女が黄色の印をつけないように言っていた。
そこから村人達は気付くだろう。
被害者がみな一様にそれをつけていたのかもしれないことに。
男爵が発見した事を公表しても信心深い人達には眉唾にとられたかもしれない。
自分達で「気付く」という行為が大事なのだ。
自分で発見した事を人々は得意げに、熱心に隣人に伝えることだろう。
その熱は噂話に真実味を与える。
話の頭には聖女という存在も出てきて、信ぴょう性を保証するのだ。
暫定処置として伝えたが、これで死人が出なければ村人達は納得するだろうし、またもし死人が出たとしても 聖女が滞在する期間だけの黒山羊様の使いの戯言として男爵への反発は出ないはずだ。
もし、おしろさんなる者が黄衣の王の信者を独自に調べて殺して回っているなら別だが、それならそれで単純に目印に沿って犯した殺人でないことがわかる。
人の死をもって証明するのは残酷ではあるが、現状他に手はないのだ。
さて、今日の夜はウェルナー男爵の領主館で行われる晩餐だ。
男爵が言うにはささやかな宴というが招待される私達とは別に、騎士団と護衛官には酒が差し入れされるというので大盤振る舞いであることには変わりはない。
確か金策に走り回っていたというけれど私の根っこが庶民のせいか大丈夫か心配になってしまう。
教会から少し離れた場所に領主館は建っていた。
なるほど、前に学者に聞いた通り、さほど大きくない2階建ての屋敷である。
石造りで漆喰が何度も塗り替えられた後があり補修の跡も見られる。
王都の貴族の屋敷と比べてはなんだが、それでも日本の住まいと比べれば立派なものでホールも書斎も客間に子供部屋、各人の寝室をちゃんと揃えたお屋敷であるし領主の住まいとしては遜色のないものにみえた。
「本日はお招きありがとうございます」
あまり堅苦しくならないドレスを着て領主館の扉を叩く。
正式な招待客は私とコリンナと学者親子の4人であるのでこじんまりとした晩餐会ではあるが、それくらいの規模の方が私的には楽である。
挨拶だらけの誰が誰かもわからないパーティなど頭が痛いだけだ。
「いらっしゃいませ、シャルロッテ様!」
男爵の娘達が声を合わせて迎えてくれる。
招待客も子供の私で、迎える方も幼子2人では何だか晩餐会ごっこみたいで可愛いらしい。
男爵は昨日とはうってかわって穏やかな顔をしていた。
家族の前だからだろうか?
「この度は本当にありがとうございます。こんな日が来るとは夢の様な話で」
男爵はとても嬉しそうである。
まだ何も解決してないと言うのに気が早すぎやしないか?
一体どうしたことだろう。
男爵の真意がわからないままテーブルに促され晩餐の挨拶と共に食事が始まる。
宮廷料理とは違うが1品1品丁寧に作られているのがわかる。
茹でた蕎麦の実を散らしたサラダや蕎麦粉とじゃがいもと一緒に練られたニョッキなどの蕎麦粉料理の他に、野性味溢れる野禽料理が出てきた。
「聖女様にご馳走するのだと村の男共が張り切りましてね。この辺では珍しく大物がとれたのですよ」
和やかな笑みでそう語っているのを見ると、王宮での怯えた様子が嘘のようだ。
一口頬張ると野趣溢れる滋養を感じる味で、野性的だが香草を上手く使っているのだろう、後を引く美味しさである。
甘い脂がたまらない。
食いしん坊のコリンナは肉も好物なのかマナーとしては難ありだが、いかにも美味しそうに口いっぱいに頬張って食べている。
「とても晴れ晴れしいご様子ですが、吉事でもございましたか?」
失礼かもしれないが、疑問に思うほどの男爵の変わりようについ質問をしてしまった。
いっそ不審死の犯人が見つかりましたとかなら良いのだけれど、それなら残りはバカンスにしてしまえるもの。
「ははは、何をおっしゃいますやら。貴女様の来訪こそが我が領地の吉事というのに」
こんなお世辞の駆け引きをするような人では無かった様に思うのだが、どうした事だろう。
「ずっと辺鄙な土地では地道に努力しても報われないと思っておりましたが、シャルロッテ様が足を運んでくださった事が切っ掛けで、無事契約締結の書状が先程届きましてね。これで領民の暮らしが良くなると思うと感無量なのです」
男爵は胸がいっぱいと言うように溜息をついてみせた。
「聖女鉛筆の一端を担えるとは、今後我が領は貴女様と共にある事を誓います」
「あの先程から話が見えないのですが?」
「まさかご存知ない? ロンメル様は悪戯好きですなあ」
そう笑うと男爵は執事に羊皮紙を私に見せるように指示をした。
それは聖女鉛筆の材料としてウェルナー男爵領の木材の定期買取りと、加工工場の設置契約書であった。
「これは……」
手にとって絶句する。
ロンメルはこの土地を本格的に開発する気なのだ。




