108話 郷土料理です
笹茶は是非持ち帰らなければと、使命感がもたげる。
「とても美味しいです。他にはこの辺ならではのものはあるのですか?」
王国に主に流通しているお茶はレーヴライン侯爵領を代表とした紅茶などの発酵茶だ。
まさか僻地で緑茶に会えるとは思っても見なかった。
緑茶に竹笊。
他にも日本っぽいものがあるかもと期待してしまう。
「この辺と言うと木工品と蕎麦粉くらいなもので……」
老婆は少し首を傾げて考えてから、土間にある大きな樽を指さした。
「後は霊峰菜くらいでしょうかねえ」
老婆に言われて興味津々でみんなで樽を覗き込むと、そこには背の高い青菜が塩漬けにされて押し込まれている。
「これは野営の演習で見た事がありますね。この辺でとれる植物だ」
ラーラがそう言うと老婆は頷いた。
「寒さに強くて草むらにも生えるのですが、栄養価も高いので畑に植えてこうして塩漬けにして年中食べるんですよ」
「いやでも私が食べたものは固くて筋があって、そうそう食べられるものでは無かったのですが……」
相当ひどい目にあったのかラーラはしかめっ面である。
「そのままだと食べるのに向いてないんですよ。塩漬けにしてから細かく切って食べるものですよ」
そういうと、ひょいと1束取り出して水洗いをして包丁で細かく刻み出した。
切った物を軽く絞って水気を切ると、お皿に乗せて出してくれる。
「気の利いたお菓子もないですが、塩気がお茶請けにもなりますんで」
老女に出されたそれを勧められるまま1口貰うと、味わい深い青菜の漬物の味がした。
白菜漬けや高菜漬けと同じ乳酸発酵の漬物だ。
塩漬けにされても歯応えは残っており、ポリポリと音がする。
緑茶に漬物。
まさに日本の味である。
「素晴らしい。とってもおいしい」
去来する思いに、私は何故かカタコトになりながらゆっくりとそれを味わった。
老婆の家で舌づつみを打ち素朴なもてなしに感動してそのまま帰る段になりハッと思い出す。
ここには日本の味を探しに来たのでは無いことを。
不審死の調査に来たのではないのか!
せっかく村人と話が出来るのに、うっかりにこやかに帰るところであった。
「そういえば男爵に伺ったのですがこの辺では不審な亡くなり方をする人がいるとか」
不審死の話など、どう聞いても穏やかでない。
せっかくの村歩きをこんな話で台無しにするのは忍びなかったが、彼らにとっては身近な問題なのだ。
貴族をもてなして満足していた老婆も、聖女がこの村に来た本来の理由を思い出したようだ。
どちらも呑気過ぎると言えるが、不可解なものが隣にあっても目新しいことに飛びつくのは人の性であろう。
老婆は外から覗いている野次馬の中から髭の男をちょいちょいと呼ぶと何か耳打ちした。
どうやら遺族のひとりのようである。
「おしろさんの事ですか?」
おしろさん、どこかで聞いた。
確かウェルナー男爵の末っ子が学者を見て言ったのではなかったか?
「おしろさんとはなんでしょうか?」
「ああ、あの高いところから落としたような死に様をこの辺じゃおしろさんにやられたって言うんでさ。うちとこの爺さんも随分昔にやられましてね。見つけた親父が言うにゃあ、おしろさんに持ち上げられて地面に叩きつけられたに違いないってね」
中々怖い表現をしているが、なるほど訳の分からない現象に名前をつけているのか。
まるで妖怪の成り立ちである。
まあ殺人鬼が隣に暮らしていると思うよりも、集団に属さない何かの生き物が人を襲っているという話の方が心情としてはマシというものである。
「昔からこの辺じゃあ、大きくて白いおシロさんが出ると言われてまして、見つかると連れていかれて潰されるとかいいますんで。子供の時から躾けに使ったり遊びになったりして俺らにゃ身近な事なんでさあ」
それにしても潰されるとは物騒だ。
「白綿虫とは何か関係があるのですか?」
「昔から白綿虫が沢山出ると、おしろさんが来るっていいますな」
これには老婆ご答えた。
「冷害が起こるのも白綿虫が多い年と言われるのでしたっけ?」
学者が論文に書いていたのでこれは検証済みのはずだ。
「ええ、白綿虫が多いと冷えが酷いので、冬に十分備えるよういわれますねえ」
白綿虫が多いと冷害が起きておしろさんが来て人が死ぬ?
寒いと白綿虫が増えておしろさんも来るのかしら?
とにかくおしろさんなるものは黄色の目印を付けた人を殺すのだ。
因果関係がさっぱり分からない。
そもそもおしろさんが存在するかどうかもわからないのだ。
安心する為に便宜上名前があるに過ぎないが、起こっていることは事実だ。
滞在中に人が死ぬのはごめんである。
「風の王を信仰するのは問題無いのですけれど、黄色の布を付けるのをしばらくでいいので控える事は出来ますか?」
この土地の頭である男爵からこの事をいえば圧力や宗教弾圧に繋がる。
その点、私は地母神教の回し者みたいなものだが短期滞在のお客である。
しがらみがないのだから、これを利用するに越した事はないだろう。
男爵が気付いたこの事が正解かどうかはわからないが、試してみる価値はあるだろう。




