107話 村見学です
ソフィアとラーラを背後に従える形で、夫人と村中を見て回った。
勿論目に付かないだけで何人も護衛がいるだろうし、村自体の警備も厳しくしてくれているはずなので人の多い街中と違い安心して散策出来る。
鄙びた村とはいえ、それでも気軽に街歩きをした事のない私にとっては楽しいものだ。
「下町に降りるようになって身に染みたけれど、貴族の娘は買い物ひとつお目付けやなんやと大変だわよねえ。こうして小さい村じゃないと好きに歩けないなんて制限が多すぎるわ」
夫人は娘時代を思い出したのだろうか、大きなため息をつきながらそんなことを言い出した。
子供達が夫人に手を振っている。
それを見て夫人もにこやかに挨拶を返している。
どうやら子供達には私より夫人の方が人気のようだ。
子供は優しそうな女性が好きだもの。
「そうですね。私も領地の街を歩いたことはありますが、それも馬車から教会の間くらいです」
ほんの数十歩といったところか。
「まあ、やっぱりエーベルハルトでもそうなのね。皮肉なものよねえ。不自由ない生活なのに都会を自由に満喫出来ないなんて。貴族目当ての人攫いや政敵の嫌がらせもあるというし、用心に越したことはないのだけど」
「今回の旅で、こんなにのんびりいろいろなところを散歩が出来るなんて思ってもみなかったのでうれしいです」
「そうね。こういう場所は気軽に歩けていいわ。人の目も少ないし、なんて解放感かしら。貴族のお嬢様方の中には、わざわざ辺鄙な場所に別荘を建てて長期休暇を選ぶ人もいるというけれど、こうやって歩き回りたいからかしらね? みんな伸び伸び過ごしたいということよね」
おしゃべりをしながら歩く私達を見ると、村人の中には隠れてしまう人もいるが、おおむね笑顔で迎えてくれている。
ウェルナー男爵領は大半が農民で兼業の様に木工加工をしているらしい。
そのせいか家の外に置かれている樽や木桶、木箱や木製の小物は新しく綺麗で、古びた木造りの家を飾っていた。
「あら、どれもすごく綺麗で上手に作ってあるのね。この領地の人は器用なのかしら」
ヨゼフィーネ夫人が感心してそれらを眺めていると、褒められたのに気を良くしたのか村人の1人が返事をした。
「この辺の木は木材にすると柔らかいんで加工しやすいんでさ。木の目もつまっているし切り口も綺麗で縮まないし乾燥も早いんで木工品を作るに最適ってね」
指さした家の裏には切って乾燥させていると思われる木材が立て掛けられていた。
「なるほど、それでみなさん冬の間は木工に勤しむのですね」
「男爵が木の切り出しを自由にさせてくれるお陰で材料費はいらないからありがたいことでさあ。まあ作っても売る当てがなくて冬の暇つぶしみたいになってたんですがね。今回、聖女様がロンメルさんとこを寄越してくれたお陰で、それが掃けてみんな懐が潤ったってもんですよ」
そういって村人は感謝の意を示してくれた。
この村人と立ち話をした効果か、遠巻きだった周辺の村人も我も我もと話しかけてきた。
礼儀を知らないので不敬にならないように、皆大人しくしていたらしい。
ある人は木彫りの人形を、ある人は継ぎ目のわからないよう組まれた細工の細かい小物入れと、自作の小物を自慢してくれる。
「本当に皆さん器用ですのね」
感心してそういうと村人は嬉しそうに顔をほころばせる。
そんな感じで夫人といろいろな木工品を手に取っていると、人の好さそうなお婆ちゃんが手招きしてきた。
「こんな人に囲まれては聖女様もお疲れでしょ。少しうちで休んで下さい」
周りからは婆ちゃんずるいぞ!と声があがる。
農家の中を覗くなんてしたことが無いので、夫人と私は興味津々でおよばれすることにした。
老婆の家は古いながらも清潔に保たれていた。
質素な室内であるが、パッチワークの様に古い端切れを繋ぎ合わせた布のカバーが内装を飾っていて落ち着いた雰囲気ながらもかわいらしさが出ている。
老婆と同じ年月を過ごしたと思われる古道具たちが温かみを醸し出していた。
長椅子と小さな背もたれのない椅子を並べてここに座れと手振りで示す。
私達が座るのを見ると暖炉から薬缶を降ろし、手作りの木製のコップにお茶を注いで手渡ししてくれた。
手に馴染むよい品だ。
ラーラが先に老婆に気付かれないよう毒味をして、ゆっくりと頷いた。
どうやら問題はないらしい。
こんな所で毒殺も何もないだろうが、これも護衛の仕事なのだから付き合わなければ。
口に近付ける爽やかな青い匂いが鼻腔をくすぐる。
少し香りは違うが、どこをどう見ても緑茶である。
私は逸る気持ちを抑えながら、そっとそれを口に含んだ。
それはさらっとしたほのかな甘味を感じる日本茶の味で私は思わず懐かしさに言葉を失ってしまった。
「あら、爽やかで飲みやすいお茶ね」
ヨゼフィーネ夫人の口にも合ったらしい。
まさか民家で上品な味の飲み物が出るとは思わなかったのだろう。
彼女も驚きが顔に浮かんでいる。
「この辺は茶葉など高級なものはとれませんで、山に生える笹を取ってきては乾かしてお茶にするんですよ」
「笹でお茶が作れるとは! それは初耳だな。ご老人、作り方を聞いても?」
ラーラが熱心に老婆に詰め寄る。
味がいいのもあるが、これはあれだ。
彼女のサバイバル術というか軍の野営に活用する気だろう。
老婆はまさかお茶の作り方を尋ねられるとは思わなかったのか、目をぱちくりさせた。
「王都の人には珍しいですか? 山で取ってきた笹の葉を適当に切って笊に並べて乾燥させたら鍋で軽く煎るだけですよ。手間もなにもありません。この辺は風が強いので乾かす時には吹き飛ばないようしっかり網の覆いをかけないといけないですが」
土間に下げられている竹で編んだ笊を指差してから、乾燥させて刻んだ笹茶葉を入れた木の筒をぱかりと開けて中を見せながら教えてくれた。
笹もあるのだから当然竹もあるのだ。
懐かしい竹細工の笊。
なんだかこんな他愛もないものに郷愁を感じるとは考えもしなかったが、私の心は懐かしでいっぱいになった。




