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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第三章 シャルロッテ嬢と風に乗る者

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106話 夫人の話です

 学者が最後に朝食を取りやっと話が出来るようになったのは陽がすっかり昇ってからであった。

「本当にあなたはだらしないのだから。こんな時くらいしゃんとなさい」

 恒例になった学者親子のやりとりをみながら今日の予定を考える。

 遺体の見つかった場所も回りたいしその家族にも話を聞きたい。

 他には何度も話に出る白綿虫も実際にみてみたいし、夕食は男爵家でささやかながら晩餐会を開いてくれるというのでそれにも備えなければならない。

 滞在期間は決めていないけれど同行者がいるのだ。

 あまり悠長に構えていてはいけないだろう。

「お嬢さん、とりあえず私はウェルナー男爵から提出してもらったこの土地の地図を写し書きして遺体の行方不明場所と発見場所を書き込む事にするよ。まずはそこからだからね。それが終わるまでゆっくりしてていいよ」

 焦る私をよそに学者がのんびりと言う。

 研究者だけあって手順はもう決まっているのだろう。

 確かに闇雲に遺族の家に押しかけても仕方ない。

「では私、アインホルン様の資料まとめのお手伝いをします!」

 コリンナと散歩でもと思っていたら先にそう言われてしまった。

 学者のお手並みを間近で勉強したいのだという。

 行きの馬車内の文官への意欲がここに来ても続いているのか、スキルアップに余念が無いようだ。

 向学心の邪魔をする訳にはいかない。

「それじゃあ、私もお手伝いを……」

 そう言い出すとコリンナに断られてしまった。

「シャルロッテ様は聖女としてこちらに来ているのですから、なるだけ周りに顔を見せて領民に安心を与える役目ですよ!」

 確かにそうだ。こう言われてはどうしようも無い。

 コリンナは何だかんだでしっかりしている。

 そう送り出されてヨゼフィーネ夫人と連れ立って周辺を散策する事にした。


 舗装もしていないむき出しの道なのでヒールの低い靴をと、ソフィアが用意してくれていた。

 いつの間にそんな気がきくようになったのだろう。

 もうどこに出しても文句無しの侍女ぶりだ。

 中身の成長の見られない私は、コリンナにもソフィアにも追い抜かされた気分だ。

 ヨゼフィーネ夫人は歩きやすいよう乗馬用ブーツを着用している。

 こちらは踵があるもののヒール自体の面が大きく作ってあるので、悪路や運動に向いている。

 いつも孤児院や病院に慈善活動に行く時に愛用しているとの事だ。

「ヨゼフィーネ夫人は何故慈善活動を? 貴族の女性が下町に出入りするのを良く思わない人もいますよね」

 慈善事業を自分の慈悲深さの宣伝の為に使う貴族は多い。

 しかしながら彼らは下町の教会に馬車で乗りつけ金品を聖教師と堂役を通して貧民に配らせたり、孤児院から子供を引き取り屋敷の下働きにするくらいで、自ら汗を流して彼等に寄り添う人は稀なのだ。

「そうね、子供を育て上げた私は何だか空っぽになってしまった様に錯覚したのよね。子供達は可愛くて私の全てだったの。貴族の付き合いも夜会も何もかも私は子供達の為にしていたのだわ」

 遠い目をして彼女は語った。

 ああ、彼女は私と同じなのだ。前の生の私と。

「1人は毛むくじゃらになってしまったとは言え、皆、自分で身を立てる様になってめでたいことのはずなのに、その時自分が何者かわからなくなってしまったの。趣味に茶会にやる事はあっても何だか虚しくて」

「そう……、なんですか……」

「下町に降りたのはホンのたまたま。付き合いで教会の慈善活動に参加してる時に堂役が熱を出したか何かで人手が足りなかったの。その時に代わりに動いたのがきっかけ」

 ふふっと口元に笑顔が浮かんだ。

「教会に頼りに来た人達の顔をはじめてちゃんと見て目を合わせて、その人に必要な品を選んで手渡ししてと大した事ではなかったのだけども、それまで貴族同士でおしゃべりしながら眺めていただけなのと違って彼等が同じ人なのを実感したの。考えるより体を動かして、彼らから直接お礼を言われて私はなんというか失くしたものを取り戻した気持ちになったのよね。それからは積極的に参加するようになったというわけ」

「素晴らしいですわ」

「つまりは私の自己満足の偽善だわね」

 夫人が自嘲気味にぶっちゃけて言うのにびっくりしてしまった。

 そんな私を見て笑っている。

「体を動かしていると楽しいの。自分の楽しさの為に彼等を利用しているのだから、名声の為に慈善事業をする貴族と私は何ら変わらないのよ」

 そう言って柔らかく微笑んだ。


 私は人生に疲れてどこかに行きたかったのに、この人は自分の場所で新しい生き方を見つけたのだ。

 その悪戯心たっぷりな笑顔は遠い日の私とかけ離れていて、とても眩しく見えた。

 こんな人と前の生で会えていたら私はあそこに留まっていたかもしれない。

 自分の人生を自分の手で豊かにする事は可能だったのだ。

 もしかしてあの時身近にそういう人がいたのかもしれないが、私の目には入っていなかったのかもしれない。

 抵抗なく死を受け入れこの世界に来てしまった軽率な私には無理かもしれないが、出来る事ならば見習いたいものである。

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