104話 聖女館です
「あれはギルベルト様が白綿虫の研究に訪れた時でした。白綿虫が大量に発生し低く飛ぶのが見られる年は冷夏になるという年寄りの言い伝えですね。それの検証で閲覧されていた資料を書庫に戻す時に、本を落としてしまってそこに乗っていた冷夏の年の数字に見覚えがあり気付いたのです。それが連続不審死が出る年と一致していることに」
「確かなのですか?」
どちらも全く関係が無い。
そんなものを繋げて考える人間はまずいないだろう。
「ええ、資料をさかのぼりましたがまさしく一致していたのです。私にはその日から白綿虫が死を呼ぶ不吉なものにしか見られなくなりました。そんな不安を知ってか今年また白綿虫がたくさん飛ぶようになって、人が死に出して私は居てもたってもいられず、あなたの元へ押しかけてしまったのです」
言葉の最後の方は、もう歯の根が合わないかのようにガチガチと音を立てて震えていた。
目に見えない呪いと言う深淵に、ひとりだけ近づいてしまった恐怖を彼は抱えていたのだろう。
不審死も冷夏も白綿虫も一見バラバラの出来事なのだ。
繋げたとして耳を傾ける者はいるだろうか?学者でさえその3つを繋げて考えはしなかったのだ。
こういう物証が無い事を、第三者に伝えることは難しい。
私があの賢者を糾弾出来ない事と似ている。
男爵も私も意見を声高に主張したところで、個人的感情や思い込みを振りかざす気の毒な人間扱いされるだけなのだ。
だが今、男爵には私がいる。
一人では無力でも、二人なら少しは違うはずだ。
ここまでの男爵の話になら学者も興味を持つだろう。
不審死の正体は、呪いか狂信的な神の使徒によるものか、それとも全く別なものなのか。
それを暴かなければならない。
男爵の隠し事を聞き出すのに成功したものの、陽が傾いて来たので教会まで戻って来た。
敷地内に宿泊施設を建てたはずだが、教会の表からは見えなかったのでまだ目にしていないのだ。
街を見て回る間に持ってきた荷物や途中で仕入れた食材等を搬入したはずなので、形は整っていると思うのだけど。
辺りを見回すと教会の側道からひょっこりとヨゼフィーネ夫人が顔を出した。
彼女は使用人達に混じって宿泊所の準備に回ってくれていたのだ。
「そろそろお戻りだと思ってましたわ。シャルロッテ様こちらへどうぞ」
そう促されて教会の横を抜けて裏に回ると、思ったより立派で大きな建物が現れた。
「ふふ、びっくりしますでしょう。2週間で建てるなんて教会の建築士は素晴らしいですわね。中も出来る限り整えましたし、充分過ごしやすいと思いますよ」
夫人が胸を張って自分の手柄のように言う。
確かに驚いた。
余っている教会の敷地とは聞いていたのでこじんまりした建物かと思っていのに、かなり広くとってあるのだ。
表通りからは全く見えないので静かに過ごせることだろう。
まあ寂れているので騒音もなにもないのだが、気分的な問題というものだ。
考えてみれば村で店を出すなら広場周りだし、他にも土地は余っているのだからわざわざ教会の裏手に住む者もいないのだ。
教会と領主館を尊重する手前、二階建てはやめて平屋建てにしたのだが、石造りで集会でも出来そうな大きさである。
「私達が去った後は、宿泊所や飲食店などにして維持してはどうかというのがロンメル商会長の意向だそうです。実際に過ごしてからシャルロッテ様に決めて欲しいそうですよ」
いつの間に商会長とコリンナは話をしたのだろう。
何だかすでに私の秘書のようである。
ヨゼフィーネ夫人とコリンナとソフィアは建物の周りに薔薇を植えたらどうだろうかと楽しそうに話あっている。
薔薇を植えるなら庭師を雇わなければ行けないし、建物を活かすならなんにせよ管理する人間も必要になる。
最初こそ王都から人を出すかもしれないが、その後は男爵領の人間を雇用する事になるだろう。
確かソフィアがこの旅で休憩によった街や村は、聖女の立ち寄り所として観光が見込めると言っていた。
では私の基金で建てて泊まった宿泊所はその観光の最終地点となるのではないだろうか。
聖女館で宿屋や商売を始めるとしたら、それこそ人を呼ぶ観光資源になるはずだ。
ロンメルが言っていた「お礼は新しい商談で」というのは、新しい商品を私が開発するのではなく、この事だったのか。
宿泊所の資金は仔山羊基金から出ているが、内装や建築資材等の運搬経路や村への根回しはロンメル商会が請け負ってくれた。
聖女巡礼の観光ルートを確立し最終的にここまで旅人を誘導出来れば、今回商会が投資した流通経路と道すがらの人脈などの労力は一度限りの無駄ではなく、継続的に利益を生み出すものになる。
男爵領の村人から行き場の無い品物を大量に購入したことで、既にこの地ではロンメル商会の評判は良く、貧しい農村では恩人扱いであるのだ。
ここでの商売に他の商会が口を出すのは、かなり難易度が高くなるだろう。
その上、この場所で私が何かを商売をしたら、それはより集客を呼び利益を生む。
なんだか商会長にはしてやられた気がしてならない。
文句を言おうにも風が吹き荒れるだけの人も経済も澱んだ土地に、流れを作り人を呼ぶ事に何の咎がある事か。
あまつさえそれは私の利益にもなるのだ。
商人とは恐ろしい。
人も土地もどちらの活かし方にも秀でているのだ。
聖女館は時間を掛けなかったのでかなりシンプルな、まあ箱と言っても差し障りのなさそうなレンガで作られた長方形の建物である。
中は入ってすぐにホールがあり、その向こうはいくつも仕切られて今後何にでも使えそうな部屋割りだ。
そのままイスを並べれば集会場になり、受付を置けばすぐにも宿屋になるだろうし、雑貨を陳列すれば雑貨屋になると言えばいいだろうか。
シンプル故になんにでも使えそうなのである。
私の部屋は建物中程の襲撃されにくい場所に作られていた。
勿論、窓の外にも夜警が立つ。
内装もシンプルだが清潔感もあり好ましく整えられていた。
今日は初日なので旅の疲れを癒す為、聖女館でゆっくり過ごし明日は学者と現地調査と夜は領主館で歓迎の晩餐会と知らない間にコリンナに決められていた。
晩餐会のような、そんなもてなしは不要だと言っても、それを行ったという事実が対外的にも貴族には大事なのであるという。
まあ客を招いておいて、ほおっておくほど男爵は強心臓ではあるまい。
男爵の子供とも話をしたいし、それはいいのだが貴族の面子を守るという行為は本当に面倒なものである。
聖女館で軽めの夕食をとり湯浴みを済ますとやはり疲れが溜まっていたのかすぐに眠気がやってくる。
ビーちゃんが飛び回って外に出たがるので眠い目を擦って窓を開けてあげると、すぐさま空高く舞って夜闇に溶け込んでしまった。
その勢いに蝙蝠でもいたのかと窓の外の不寝番や夜警がどよめいたのがわかった。
帰ってこれるか少し心配したが、見た目はインコだけど中身は黄衣の王の眷属なのだからきっと問題はないのだろう。
ずっとあの祠にいたのなら、家屋の中は落ち着かないかもしれないし。
眠気に任せてクロちゃんとベッドに横になる。
なんとはなしにマザーグースの替え歌が頭に浮かんできた。
誰が村人 殺したの
それは私と誰かが答えた
私の思いで 私が殺した
誰が村人 死ぬのを見たの
それは私とインコが答えた
ちっちゃなお目目で
私が見たの
誰が村人 その血を受けたの
それは私と男爵が答えた
私の無骨な手の平に
私が受けたの 村人の血を
誰が司祭となるのかな
それは私と聖教師が言う
酔いどれ司祭に私がなろう
誰が憂いの鐘を鳴らすの
それは私と雄牛が言った
派手に鳴らして楽しもう
誰が歌うの 弔いの歌を
それは私と仔山羊が言う
荒れ野の大地で歌いましょう
弔いの歌を歌いましょう
支離滅裂で意味の無い
そんな悪趣味なミュージカルのような悪夢を見つつ朝を迎えた。




