100話 石です
ラーラはゆっくりと瞬きしてから答える。
「何のことはないのです。私が子供の頃大きな地揺れが領地を襲いまして、それで自分の無力を実感しました。救済活動に参加した冒険者の逞しさを目の当たりにして私はどんな環境でも対応出来る人間になりたいと思ったのです。護衛官として家名に恥じぬ働きをしたら、自由になって冒険者になりたいものですね」
粗野な令嬢のイメージが強かったが、中々どうして自立心旺盛な立派な女性ではないか。
「大変な目に遭われたのですね。お見舞い申し上げますわ。志の高さに胸を打たれます。地揺れなんてこの国には珍しいですね。火山を擁するエーベルハルトでも聞いた事はないです」
地震大国で生きていたのが嘘のように、こちらでは地震にあった事が無い。
だからこそ、どの建物も石造りで短時間で建設可能なのだろうけど。
「見舞いの言葉ありがとうございます。何でも大昔からうちの領地には『地を穿つ魔』という生き物が地中深く住んでいると語られておりまして、それが寝返りをうつと地揺れが起こるらしいですよ。迷信とはいえ、いやはや迷惑な話で」
「興味深いお話ですのね。ギル様が聞いたら研究に押しかけそうですわ」
「ああ、確かにあの人の研究分野かもしれませんね。機会があったら話を振ってみましょうか。郷土史として調べて纏めて貰うのも悪くない」
ラーラとギルは話の接点が全く無いので、いい話の種ではないだろうか。
歴史を重んじる貴族にとって郷土史は無形の財産である。
大体は書記官による面白味のない記録の羅列であるが、学者により資料付きで書かれたものは血筋や歴史を重んじる貴族にはありがたいものなのである。
ただ手に入れたいといっていい加減な人間に任せて、出鱈目をでっち上げては家名に傷が付くし、かといって自分の研究をよそに資料を集めて編纂に関わる学者はいないに等しいので中々難しい問題なのだ。
金を積めば研究費に窮した学者が副業で扱う事もあるらしいのだが完成度は各人によるところが大きいのは否めない。
地下に住んでる生き物が地震を起こすなんてなんだか神話にありそうな話だ。
確か日本でも鯰が暴れると地震が起こるという話があった気がする。
もし、その「地を穿つ魔」が実際にいたら地震大国の日本の地下にはさぞかし沢山、住んでいることだろうと想像してしまった。
窓の外はうら寂しく、荒涼としている。
王都から長い旅であったが、ここまで繁栄の違いを目にすることになるとは、私は思いもしなかった。
栄華を極める王都に対して、人口も道も先細る末端のここは荒野そのものである。
地を渡る風さえも、その貧しさを嘆いているようであった。
「ああ、あれがウェルナー男爵領の境石のようですね」
私は窓の外から見える大きな岩を見つけてコリンナ達に知らせた。
境石とは領地の境界線に置かれる石である。
立派な石像や看板を置くところもあるし、自然石を目印にしたりと、いろいろなものがある。
川があればそこが確固たる境界線となるが、そうそう都合よく川や地境があるわけではないので、それぞれが思い思いの境界の印を国に申し出るのだ。
村と村の境も柵や石垣、並べた石などで境界を決めているそうである。
毎年、村長や代表者が村人を引き連れて自分たちの縄張りを隣村に侵食されていないか、境界に置かれた石や目印が勝手に移動されていないかなど確認をし、動いていたりすれば村人総出で、犯人を捜し厳罰に処しているという。
彼らにとって森の恵み、獲れる獲物、鉱石は元より、家畜のエサとなる草でさえも村人の生活に密接した大事な資源なのである。
村にとっては、切実な問題なのである。
林や森というグレーゾーンを持つ領地同士よりも、その中にある村々の方が境界線に厳しいのは仕方が無い事といえよう。
ウェルナー男爵領はその村同士の境目さえ気にすることも無さそうな閑散とした様子であった。
ポツンポツンと裏びれた農家が点在する様子は国の果てに来たのだと思わせるには十分である。
「あれは何でしょうねえ」
コリンナも一緒に窓の外を見ながら疑問を口にする。
ビーちゃんも気になるのかぴいぴいとコリンナの肩で鳴いた。
ここが寒い地方なのだろうと思わせる針葉樹の林、その合間に存在する農家と農地。そこまでならばどこにでもありそうな寒村なのであるが、その景色の合間には大きな長方形の岩の塊が点在している不思議な風景である。
「自然石のわりには規則正しく見えますね。山というには形が揃っていますし」
かなりの年月を経ているだろう。
その巨石の窪みには木が根を伸ばし張り付き、苔むし草に覆われている。
その様は奇岩群と呼んでも良いのではないかと思わせた。
「後でギル様に聞いてみましょうか。前にもこちらへいらしたことがあるとおっしゃっていましたし」
ふといつか見た夢を思い出した。
とても曖昧な夢だったけれどこんなような閑散とした土地ではなかったか。
この馬車が進む道はあの教会と酒場のある場所へ通じているのではないだろうか。
大きなものに食べられたのを思い出した私はクロちゃんを引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。
「シャルロッテ様? どうなさいました?」
「いいえ、ちょっと寒気がしたのかも」
そうごまかすとソフィアが慌てて肩掛けを出してくれる。
そういえば冬でもないのにこの土地は寒い気がする。
厚着をするほどでもないし腕を出していてもおかしくない季節ではあるのに冷たいものが住んでいて蠢いているようなそんな寒さがした。




