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黒山羊様の導きで異世界で令嬢になりました  作者: sisi
第一章 シャルロッテ嬢と黒山羊様
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1話 黒山羊様です

 晴天の昼下がり、買い物中のガラスに映る自分が随分くたびれていることに気付く。

 50を前にして子供もある程度大きくなって、育児からも解放されて一息ついたところだ。

 後はゆるゆると老いるだけ、これからの目標も特になく働いて家事をして私は大丈夫なんだろうか。

 ふっとため息をつく。

 子供の時はもっと希望に満ちていたのではないか?

 将来の不安もなく日々を過ごしていた気がする。

 いつの間にか生活に追われきらきらと光る輝かしいものが自分から抜け落ちてしまったのではないだろうか?

 結婚して、家があり子供もいて問題もなく世間的にみたら幸せのはず。

 そのはずである。

 不安を振り払うように頭を振る。

 つい考えに没頭してしまう。

 悪い癖だ、何を急にこんなことを……。


 ふと空を見上げると光がまたたいていた。

 鳥でもなくガラスでもない。

「キレイ」

 思わず口をついて出る言葉。

 こうやっていつかも私は空を見上げてこの美しいものを目にしたのではないか?

 あれはそう、まだ子供のころ……。


 空を見やり昔に思いをはせた時、体に衝撃が走った。

 なにが起こったかすぐには理解できなかったが、硬い地面、熱い体の痛みと共に車にはねられたのを理解する。

 倒れた私が目の端で捉えたのは、通話中のスマホを片手に運転席で慌てる女性。

 濃いメイクとファッションが、全身で人生を楽しんでいると主張しているようだ。

 スマホ運転はあぶないって教えてもらわなかったのかしら?

 ああ、でもごめんなさい。

 道端でこんなぼんやりしていた私も悪いのね。

 私死ぬのかしら?

 何も成せてはいないけど、概ね幸せな人生だったんじゃない?

 子供の結婚や孫を見られないのはさみしいけれど、こんな風に幕引きも悪くない。

 唐突ではあるが、あの日々追われるような漠然とした不安から解放されるのはほっとする。

 ただ、残される家族を思うと心配だ。

 毎日ご飯をきちんと食べて生活出来るのかしら?

 こんなうっかりで死んでごめんね。

 そうして私の意識は、どんどんと薄れて目の前が真っ暗になった。


「何がいいのよ! ごまかさないで!」

 突然ぐいっと手を引っ張られて怒鳴られた。

 鈴を転がす声というのはこんな声だろうか?

 とてもキレイな声だ。

 よく見ると私は、何もない真っ白い空間に美しい女性とふたりでいるのだった。


「あの……。どちらさまで?」

 手を掴む女性を見やると思いがけない容姿が目に入った。

 頭には山羊のような角が2本生え、長くうねる黒髪は滑らかに輝いてその顔を縁取っている。

 豊かな白い肢体は申し訳程度の布で覆われ、悩ましさを醸し出して見る者を惹き付けてやまない。

 コスプレかしら?

 それにしてもきわどいわね。

 艶美な目元は何者をも逃すまいというかのように強い意志を持ち、赤い唇からその言葉がこぼれていく。

「どちらさまじゃないわよ! この私を焦らせるなんて!」

 なんだか彼女はご立腹のようだ。

 彼女が床にその足の(ひづめ)を叩きつけ、カツンと鳴らすとあっという間に白い空間は森へと変貌し、触手のような木の蔓が地面から生えたかと思うと椅子の形をかたどっていった。

 蹄?

 私は彼女の足元を二度見してみるが、やはりその足先はどうみても動物の蹄である。

 膝から下が人間の物ではない。

 最近のコスプレは良く出来ているとは聞いていたがどうやっているのだろう?

「まあ、お掛けなさいな」

 くいっと顎で私を促す。

 その口調も雰囲気も支配者のソレだ。

 ふと見ると私の横にも蔓で出来た椅子が出来ており、わけもわからず着席した。

 なんだか不思議の国のアリスの世界にでも紛れ込んだ気分だ。

 死ぬ前にこんな美人にお目にかかれるなんて、私は幸せ者と言ってもいいのではないだろうか?


 手持ち無沙汰にしていると、今度は何やら深緑色の液体で満たされたグラスを渡される。

 ぱっと見、青汁の様な感じだ。

 おそるおそる口をつけてみるがおいしい。

 一体私に、なにがあったのかしら?

 どこまでが夢?

 夢じゃなきゃこんなにのんびりしていられないわよね。

 あの事故も実は夢なのかしら?

 それとも死ぬ前に脳が見せる泡沫とでもいうものなのだろうか。

「あなたが死んだのは現実よ。ごめんなさいね。あなた私を見て立ち止まってしまったのよね?」

 んん?

 私が見たのは光なんだけどあの光が、この美人さんだったってことなのかしら?

「そうそう、その光ね。私なの。ちょうど新しい魂を物色してたところでね。これも縁だしあなたにするわ」

 肩をすくめながら彼女はそう言った。

 光なの?

 何がなんだかわからないんだけど……。

 私が少々困った顔で愛想笑いのまま固まっていると、彼女が説明をしだした。

 なんだかさっきから心が読まれているようなのだけど……。


「私はあなたの世界の神のやり方が嫌いなの。物にも畜生にも意思は宿るってね。あなたの世界は魂を生み出すことに特化というか異常に適してるのよね。あの人の前では誰も彼もが平等で、望めば虫でも山羊でもなんでも人になれちゃうせいで魂が飽和しちゃってるのね」

 一旦、ため息をいれると言葉を続ける。

 その吐息でさえ優美である。

「偉大な彼は増えすぎた魂を間引くこともせず、地上は魂で押し合いへし合いなわけ。どうしようもなくなって彼の息子が溢れ返る魂を、別の世界に譲渡することを思いたったのね」

「ええと? それで私がその対象ってことですか?」

 彼女は手をパンっと叩いて嬉しそうにしている。

 手振り身振りが大きい人のようだ。

「あら! 察しがいいじゃない! 異世界転生って知ってる? 世界間の魂の譲渡をスムーズにするために、あの世界で流通させてる概念なんですって。今までも次元のひずみやなんやらで魂が別の世界に渡ることはあって、それで問題なくやってきたのも良かったんでしょうね」

 ああ、子供がそんな感じのアニメを見ていた気がする。

「と、いうことでうちの世界に来てもらえるかしら? 私はあの神のやり方は嫌いだけど、生み出される文化や芸術はとても気にいってるから、今までとそれほど違和感ないと思うわ。あ、言い忘れてたわね。私は黒き山羊と呼ばれているわ。まあ神様のひとりね」

 すっと握手を求められたので思わず腰を浮かせて手を握る。

「一応、彼の息子から本人からこうやって移籍の許可をとれって言われてるものでね。面倒なんだけど仕方ないわね。神酒(アムリタ)のおかげか落ち着いているようだし、話がきちんと出来て良かったわ」

 ふふっと笑ってグラスを指さしてくる。

「とてもおいしいです。これ」

 突飛な話に呆れもせず聞いていられるたのは、どうやらこれのおかげらしい。

 精神安定剤みたいなものなのかしら?

「気に入ってもらえて良かったわ! さて、お返事を聞かせてもらえる?」


 私は少し悩むふりをした。

 神様にはお見通しなのだろうけれど、即答してしまうと自分が薄情な人間に思えてしまうので、自分自身をそうでないと欺くために悩むふりをしたのだ。

 あの世界。

 家族がいて平和でいて、どこか息が詰まる世界。

 今ならわかる。

 時間の経過で私は老いたのではなく、十分に呼吸が出来ず心が疲弊し削れてしまっていたのだ。

 削れたなにかを補充することもせず、見ないふりをして、すべてがむなしく手のひらから零れ落ちるような喪失感をもっていたのだ。

 老成という言葉の通り経験を積み重ね仕上がる人もいるだろうが、私はそうではなかった。

 上手く生きられていなかったのだ。

 生きるのが不得手だったのだ。

 別の世界という場所なら、私も少しは変わるのだろうか?

 思いを巡らせながら、無意識に肯定を口にしていたようだ。

 細い私の声を、この神は聞き逃さなかった。

「答えは出たようね。では眠って、次に起きた時にはあなたは私の世界の住人。ようこそ私の世界へ」

 重くなる瞼を開くこともなく、私は眠りに誘われる。


 神様の声が聞こえる。


 あなたに会うのは二度目なの。

 まだあなたが幼子の頃、この世界を見て回る私をみつけてつたない言葉で美しさを賞賛してくれたわ。

 それだけなら、どうでもよかったかもしれない。

 ただ今日、私をあの日と同じようにキレイと言ったあなたの瞳はとても疲れていた。

 私の箱庭で休ませてあげたくなったの。

 ただの神様の気まぐれよ。

 死の後の夢みたいなものだと思えばいいわ。

 結局はこの世界もあの世界も、すべては夢みたいなものですもの。



 私の箱庭を愛でて楽しんでね。












初めての投稿です。不慣れですがよろしくお願いします。

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