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code-re  作者: やた
7/7

番外 東堂傑の片想い

物心ついた時から自分の好意の伝え方がずれていることには気づいていた。

学校で飼っていたウサギを裂いたら怒られた。

もらったハムスターを潰したら泣かれた。

飼っていた金魚を窒息させたら怯えられた。

同じクラスの咲ちゃんの首を締めたら、顔が真っ赤に腫れあがるぐらい殴られた。


『もう限界だ』

『ごめんね。傑。普通に産んであげられなくて、ごめんね』


普通、ってなに。

真っ逆さまに水面に落ちていく車の中で、僕はそんなことを思っていた。


無理心中から奇跡的に生き残った少年。

世間は僕のことをそんな風に担ぎ上げ、一時の娯楽として消費した。

普通に考えて、あの状況で万が一にも助かるわけがないだろう。どうして僕が何かした、って思わないんだろう。奇跡なんて、この世にはないのに。

誰もかれもが頭の足りないバカばかり。僕が()す価値もない、ただの演出道具達。

苦しんで、絶望して、発狂してくれたら楽しむぐらいは出来たけれど、ただそれだけ。

意味もなく、目的もなく、ただ()する方法だけが上手くなっていく。


()せる人はいない。()してくれる人もいない。


(僕の人生って、何だ)


生きる意味って、なんだ。

寄ってくるのは外見目当ての羽虫ばかり。僕が好きだって、愛してるって言うから僕も()してやったのに、そうすると途端に「頭おかしいんじゃないのっ!?」なんて。

僕の外見だけを見て群がってるくる奴に言われたくないんだけどね。


そうしてふと気づいたんだ。

僕を愛してくれる人はいないんだって。僕の愛し方は“普通”とずれてるんだって。

気づいてしまえば簡単な話だった。


(だったら愛してもらわなくていい)


見返りなんていらない。僕は、僕の思う様に、僕の愛したい人を愛す。


「ははは、はは、あははははは」


そうだそうだそうだ。

そうだ、きっと、これが――


「無償の愛だ」


ぐちゃぐちゃとかき混ぜていた腹から手を引きぬく。

本州が()()()()になってしまって生きた人間もほとんどいなくなってしまったから、ここで彼女と出会えたのは運が良かった。


「ゾンビはつまらない。刺しても痛がらないし泣いたりもしない。はぁ、こんなことならさっさと救助されてればよかったよ」


つまらないつまらないと死体とゾンビの蠢く道路を歩いていると、同じように道路を歩く少女が目に入った。

なかなかいきが良さそうだなぁと思って声を書けようとした時、その少女の顔がこちらを向く。

ゾグンっと、一気に全身の鳥肌が立った。


(あぁ、まずい。これはまずいなぁ。こいつ、外と中がぐちゃぐちゃじゃないか)


踏み出しかけた足を引っ込めてその場に立ち尽くす。少女は、面白いものを見つけたとでもいうように、にやぁっと笑った。


「ほぉ、()()()()()か。今回の実験は随分上手くいっているらしい」

「初対面で成り損ないとは失礼だね」


不愉快さが嫌悪感を越えてそんなことを口走る。


「オレは事実を言ったまでだ。候補者の情報が入ったところにお前のようなクズを見つけられたとは運がいい」


次はクズ呼ばわり。もういちいち気にしても仕方ないと無視する。


「お前、人を壊すのが得意だろう」

「む、僕にそんな野蛮な趣味はないよ」

「どの口が。まぁ、お前の価値観などどうでもいい。お前に命令だ。ある女がいる。その女の中身を壊せ」

「はぁ?何で僕がそんな見ず知らずの女を」


確かにつまらないとは言ったけど、準備された人間に飛びつくような節操なしじゃないんだよね、僕。しかも命令されるなんてもっと最悪だ。


「それに僕は人を()したいだけで()すなんてことは」

「これが女の資料だ」

「おい!」


バサッと顔面に向かって投げられたのは紙の束。視界に入ってしまえば、自然とそこに書かれている情報を目が追ってしまう。


(枦木結、25歳。看護師。家族構成は母、弟、妹。近くに住んでるのは母親だけ。週に一度は顔を合わせる……ふーん、随分仲がいい親子なんだな)


―ーなんとなく、そうなんとなく、そのことが気に食わなかった。


(こいつの目の前で母親を殺したらどんな顔をするだろう)


僕の退屈を紛らわせる程度にはなってくれるかなと、少しだけ興味が湧く。


「いいか、体には危害を加えるな。あくまで壊すのは精神だけだ」

「はいはい、分かりました。どうせ最初から拒否権なんてないんでしょ」

「よく分かってるじゃないか」


あ~、ほんと気持ち悪い奴だなこいつ。まるでシュークリームの中にミミズを入れてるみたいなちぐはぐさだ。


不快感を抑えてそいつについて数十メートルほど移動するとヘリコプターが一台停まっていた。その周りには武装した黒服の男達。

藪蛇になるだろうから何も聞かずスルーしたが、こいつは本当に何なんだろうか。


「暫く移動する。何、30分ぐらいの話だ。その間にどうやって女の精神を壊すか考えておけ」


考えておけ、と言われてもいまいち気乗りしない僕は頭の中で適当に計画を立てる。

この女の心を折る手っ取り早い方法は無力感を叩きつけることだ。看護師という職業上人を助けるという使命感や義務感はあるだろうし(顔写真見ても真面目そうだしなぁ)、死にかけの人間を転がしておけば勝手に絶望してくれるだろう。

そこから畳みかけるように「自分がもっと何かしてれば」と思うような状況に叩き込んでいく。

最後に目の前で母親でも殺してやれば崩れるのは簡単だ。


(まるで作業だ。やる気、でないな)


眼下に流れる景色は徐々にビル群から山、そして再びビル群へと変わっていった。とはいっても東京と比べるのは可哀想なほど小規模な街だけれど。


「あれだ」


指された方に視線を向けると写真と同じ顔の女がベランダからマンションの下を覗いでいた。しかしすぐに引っ込んだかと思えば後を追うように上がる爆発音。

どうやらマンションに突撃したトラックが爆発したらしく、衝撃と爆風がこちらにまで届いてぐわんと揺れた。


「あれ大丈夫なの。逃げ遅れてればガラスで串刺しだよ」


死んでればこんな面倒な仕事を受けなくていいのにと思って尋ねたが、返ってきたのは「これぐらいで死ぬ体じゃない」という僕の希望を打ち砕くもの。

あぁ、嫌だ嫌だ。あいつもこれと同じとか、全くテンション上がらないよ。

オレってこれでもノーマルだからね。


「案内はここまでだ。後は任せる」

「はいはい、りょーかい」


適当なビルの屋上に僕を下ろしてヘリコプターは去っていく。このまま逃げてやろうかとも思ったけれど、そんな僕の考えは見透かしたかのようにあいつが「オレは見てるぞ」なーんて言うから、仕方なく、本っっっっ当に仕方なく、あの女の精神を壊すための準備を始めた。


***


女の母親を捕まえ、小学校に逃げこんでいた親子とジャーナリストだとかいう男を配置してあの女が出てくるのを待つ。

待つ、というのはつまらないものだ。

準備をしていた間の方がよっぽど楽しかったと、欠伸を噛み殺して女のマンションを見下ろす。

暫くすれば女は何でもない姿で、何でもない顔で出てきた。行き先は母親の所だろう。

どうやらまだ中身はきちんと詰まっているようで、萎えていた気持ちも少しだけ持ち直してくる。


(まずは、あの母親)


簡単には死なないけれどそう長くも生きない。息子の為にあの母親は女を騙し、一方的な約束を押し付ける。生真面目で正義感のありそうな女のことだから、指示されたままのこのことあの学校に向かうことだろう。我ながら上出来な舞台装置を作ることができたと思う。


「さて、あの女の反応は」


女は僕の予想通りの行動をした。全てが予想通り。女はきっと顔を青褪めさせ、もしかしたら泣いているかもしれない。


(いや、さすがにそれは感受性が強すぎるか)


少しでも僕の胸が空くような顔をしていてくれと思って影から様子を伺うと、女はたいして表情を変えることもなくその場を去ろうとしていた。

いや、若干足取りが重くなっているから多少は堪えているんだろうけど。


「あれ、もしかして死体には慣れちゃってる感じ?」


あ~、そっち側かぁと項垂れる。

この可能性を考えなかったわけではないけどさぁ。


(どちらかというとやる気上がってる、よねぇ)


逆境で燃えるタイプ?今時そんな少年漫画の主人公みたいな人いる?


(……やばい。ちょっと、気になってきたかも)


女はその後アパートに母親がいないのを見ても諦めず、徐々に現状に適応して武器の調達なんてことも始めだした。


(ゾンビを見ても冷静沈着。職業柄?それとも元々かな?あ~、ていうかあの男役に立たなすぎ。まったく使えないバカだなぁ。仕方ない、あの少年と一緒に標本になってもらおう)


あれを見ればあの女の表情()も多少は変わるだろう。その後は、いよいよクライマックス。

まぁ、少しは楽しめたかな。


なんて、彼女の印象はその程度、だったのに。


(…………うそ)


吹き出した血が保健室の天井を汚す前に床に降り注ぐ。彼女はそれを避けるでもなく、粛々と受け入れていた。


(うそうそうそだ)


こんな、ことが、あるのだろうか。

本来命を救うべき職業にあって、それに誇りも持っているであろう彼女は、今、その手で、二人の命を奪った。

大いに葛藤しただろう、苦しんだだろう、絶望しただろう。それでも彼女は選択した。この二人を自らの手で殺すと。踏み越えて来た、境界線を。


(ぁ、ぁあ、ああ、ああ、ああ!()()()()


せり上がってくる衝動に、何と名をつければいいだろう。


(いや、僕はこれを知っている。かつて感じていたこの衝動は、この、想いはっ)


「枦木さん。どうやら僕は恋をしたみたいだ」


かつて、一度だけした恋は成就することなく消えてしまった。しかしこの思いはそのかつてをあっさり忘却の彼方に押しやってしまうほどのもので。


「枦木さん、枦木さん、あぁ、あぁ、あぁっ。どうか()させてっ、そして僕を、僕のことをっ」


――どうか、()して。

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