第一章 4 離脱
境山町を囲む四つの山の一つ南山。
その舗装された道から大分外れた場所に一人の男が立っていた。
すでに日は完全に落ち周囲は完全に暗闇の中でその男の双眸だけは異様にギラギラと輝いていた。
そして、その足元にはかすかに黒い煙のようなものが立ち昇っていた。
「ここはハズレか」
心底つまらなそうに男が吐き捨てると着ているパーカーのポケットから無機質な電子音が周囲に音を響かせる。
ピピピと突然機械音が辺りに鳴り出す。
「どうした?」
「定時連絡がないからどうしたのかと思ってな。というか忘れてたじゃろ?」
「ああ、もうそんな時間か」
連絡が遅れた事に対して悪びれもせずにその男、リョウは言った。
手に持ったスマホに似せた万能ツール『ヤオヨロズ』の時計は既に夜の七時を過ぎ、約束の時間を一時間も過ぎていた。
だが、この手のすっぽかしは慣れているのか電話の向こうにいるティアーネの方も別に怒っている様子もなく早速報告を始めた。
「こちらは商店街と住宅街を回って帰宅。成果と言えば茶々が夕飯にハンバーグを買ったくらいじゃ」
「そんなどうでもいい報告はいらねぇよ」
「冗談じゃよ。そちらの首尾はどうじゃ?」
「北、東と回って今は南の山にいる。まぁ、雑魚を何匹か潰したが巣は見つからねぇな」
そう言ってリョウは喰らうモノの残骸である黒い煙を足で払い飛ばす。
「ふむ。となると、やっぱり町中にあると見た方がいいのでは?」
「まだ西側が残っているんだ、その結論は早いだろ。そっちはこれからどうすんだ?」
「こちらは茶々が深夜に見回りをするといっておるが、おぬしはどうするのじゃ?」
「そうか、アイツが無茶しないようにちゃんと見張っておけよ。俺はこれから……」
まるでリョウの言葉を遮るように再び電子音が響く。
「呼び出しかの?」
「ああ、『向こう』でトラブルがあったらしい」
「なんじゃと!?」
「慌てんなよ。ただ進攻ルートに面倒なのがいるってよ。ちょっと行ってくるから後は任せたぞ」
「むぅ、我は行かんでも良いのか?」
「特別扱いするなってのはお前が言ったんだろうが。今は自分の任務に集中しろ、いいな」
「分かっておる!……あっ、済まぬ。お主も我らの世界の為に戦ってくれておるのに」
「他の奴らはどうだか知らねぇが俺はただ戦いたいから戦っているだけだ。誰かの為に、なんて大層な理由なんて持っちゃいねぇよ。明日には戻る、それまでアイツの面倒をちゃんと見とけ。何かあったら残っている奴らに協力させろ。それじゃあな」
言いたいことだけ言ってリョウはさっさと通信を切ってしまった。
ヤオヨロズをポケットに放り込んで少し歩くと崖になっている所にでる。眼下には夜の闇を振り払うような明かりを灯す堺山町が見下ろせる。
「まぁ、半日くらい居なくても大丈夫だろ」
この言葉から十数時間後に茶々達が大変な目に遇うことになるなど知らずリョウは呟き姿を消した。