第一章 3 喪ったモノは……?
放課後、校舎裏のゴミ捨て場に優子は一人立っていた。
元々ゴミ捨てに人が来るだけの人気のない場所だが今日は何故かより寂しく感じるのはなぜだろう。
ゴミ捨て場以外『何もない』のを確認して優子は途方にくれてしまった。
昨日の取り乱し方から両親は学校を休むことを勧めてくれたが優子はそれを断り登校していた。
その最大の目的は曖昧な記憶を確かめたいという強迫観念にも似た思いだった。
(なにか、なにか忘れている。それを思い出さないと……)
思い出したらどうなるのか、あるいはどうしたいのかといった展望もない。
ただ、一晩経って得体の知れない恐怖感よりも埋めがたい喪失感が勝り、それが優子をいつになく積極的な行動に駆り立てていた。
「えっ、あっ、昨日はゴメンね~、どうしても外せない用事があって……。へ?そうだよ、確かに昨日頼んだけど。どしたの、委員長、そんな事聞いて?」
いつも適当な理由をつけて薄ら笑いを浮かべてゴミ捨てを優子に押し付ける同級生だが、いつになく鬼気迫る様子でその時のことを聞く優子に怪訝な、そして多少の怯えを見せていた。何か先生に言いつけられるとでも思っていたのかもしれないが、今の優子には他人に気を使う余裕などなかった。
そんなやりとりを朝にしてから優子はずっと授業の間も昨日の放課後の行動を思い出そうとしていた。
だが、その成果は芳しくない。
はっきり覚えているのは、帰りのホームルームを終えた所まで。そこから先は全てが曖昧だった。
トイレに行った気がする。職員室に行った気がする。友達と話していた気がする。
本当に昨日あった事なのか、それとも別の日の記憶が混同しているのか判然としない。
そこで同級生に放課後の事を聞いて回っても見たのだが、これもほとんど成果はなかった。
それでも、少なくても放課後に最後まで教室に残っていたという証言をとれたのは幸運だった。
だが、そこからの行動に関しては、話を聞く範囲を大きく広げなければならないが、流石に全く面識のない人に「昨日私を見ませんでしたか?」と聞いて回れば明日から変人扱いまったなしなので断念した。
そして放課後になってから、優子は放課後にゴミ捨て場に来ていた。
本当はもっと早く来ることも出来たのだが、もう一度ここに来る覚悟がなかなか固めることが出来ずにこの時間までかかってしまった。
だが、来てみれば拍子抜けするほど周囲にも、そして自分自身にも何もありはしなかった。
(昨日はちょっと調子が悪くて、それで記憶が曖昧なんだ)
時間が経つほどに、この明らかに変な理由付けが正しい事のようにも思えてきてしまう。この自分の記憶と感情がナニカに塗りつぶされる感覚が今の優子には何より恐ろしかった。
だから、優子は知りたかった。自分にこんな思いを抱かせる原因は何だったのだろうか、と。
しかし残念ながら、ここに優子が望む答えはなさそうだった。
「……でも、ここってこんなに広かったかな。確かなにかあったような」
優子は必死に記憶を探って考え込む。それはさながら間違い探しに似ていた。目の前の光景とおぼろげな記憶の中にある光景を見比べようとする。
だが肝心の記憶の光景にモヤがかかっているようではっきりしない。それでも必死にそのモヤを掻き分けナニカが見えそうな所で。
「竹内さん?」
「誰!?」
驚きと邪魔された事に対する苛立ちもあって普段出さないような鋭い声が出して優子は振り返る。
振り向いた優子の目の前にはこちらも驚いた表情をした背の高い少女が立っていた。
「あっ、藤城さん」
「えっと、ごめんなさい。苦しそうな顔をしていたから……」
「あ、ううん。私こそびっくりさせてごめんなさい」
優子の同級生である藤城奈々が頭を下げるのを見て、自分がとんでもない失礼な事をしでかした事に気づいて慌てて優子も頭を下げて非礼を詫びた。
優子と奈々は同級生ではあるが、それほど接点はない。二人とも積極的に友達を作る性格ではないし、今までに班分けなどで一緒になる事がなかったので尚更である。
ただ、それでも優子は自分に用事を押し付ける事を今まで一度もしてこなかった奈々に好感を持っていた。だからこそ、彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまった自分を心の中で責めた。
だが、奈々の方は特に気にした様子もなく優子に対して気遣っているような眼差しを向けていた。
「あっ、その、別に体調が悪い訳じゃないですから。心配してくれてありがとうございます」
「そうなんですか。なら良かったです」
「えっと藤城さんは確かバスケ部ですたよね?」
「はい、そこの体育館の窓から竹内さんの姿が見えたから……」
「ああ、それで……。ごめんなさい、本当に大した事じゃないんです」
それでわざわざ様子を見に来てくれたらしい。
それを聞いて、色々申し訳ない気持ちになりもう一度謝るとようやく奈々も取り越し苦労だと納得したようだった。
と、そこで体育館から奈々を呼ぶ声がした。
「それじゃ、私、戻りますね」
「あっ、藤城さん!」
衝動的に優子が体育館に戻ろうとしていた奈々を呼びとめる。それはこの子なら自分の言葉を変に思わず受け取ってくれるかもしれないと思ったからだった。
「ここに何か、こう、大きな物がなかったか憶えていませんか?」
振り向いた奈々は困惑の表情を浮かべる。おそらく優子の質問の意図が掴めないのだろう。だが、それでも足を止めて真剣に考え、そして黙って首を横に振った。
「そうですよね。ごめんなさい、変なこと聞いて。部活がんばってくださいね」
優子に言葉に奈々は少し笑って頷いて体育館に走って行った。
(やっぱり藤城さんはいい人だったな)
求めていた物は見つからなかったが少しだけ同級生と仲良くなれたことは収穫だった。来た時よりも幾分か軽い足取りで校門へ向かおうとした。
(あっ、その前にママに連絡しておこう)
体調が悪い事を心配して車での送迎を提案していた母親を安心させるために一言これから帰ることを伝えようとして優子の体が凍りつく。
ゴミ捨て場の近くでスマホを持つことになぜか既視感があった。
そして、なぜかカメラが起動したままだったことに気づいて優子は撮られてた写真を見てみた。
「なに、これ……」
昨日撮られていた写真は四枚。そのうち三枚にはゴミ捨て場から『何もない』方向へ向けて写真が撮られていた。だが、最後の写真だけ写真の中央だけが異様に画像が乱れているのを見て優子は呆然と呟いた。
当然自分にはこの写真を撮った記憶はない。だが、そんなことよりもこの乱れた画像の奥にナニカが映っているのに優子は目も心も奪われ、ただ立ち尽くすのみだった。