終章 2 未来へ
西山を舞台にした戦いからまもなく一週間が過ぎようとしていた四月下旬。
まもなく訪れるゴールデンウイークに向けて放課後の教室は浮足立っていた。
そんな中、一人の髪を脱色した女生徒がヘラヘラ笑って委員長に近づいていく。
「ね~、委員長。あたし今日用事があるからさ~」
「ごめんなさい。私も用事があるのでゴミ捨ては自分で行ってくださいね」
「あっ、えっ、そうなの?」
「はい!それじゃ、当番頑張ってくださいね」
にっこりと笑いつつも反論を許さずに言い切った優子は女生徒に軽く頭を下げて鞄を手に教室を出た。
これから行く場所を考えれば別に代わりに行ってあげても良かったのだが、罪悪感の一切ない笑い顔と今まで便利に使われてきたことを考えれば怒られる筋合いもないだろう。
「あ、若先生、さようなら!」
「ああ、気をつけて帰りなさい」
廊下ですれ違った先生に別れを告げ優子は下駄箱へ急ぐ。
だが、急ぎ過ぎた優子は下駄箱の陰から飛び出してきた女生徒にぶつかってしまう。
「あっ、ごめんなさい!」
「ううん、こっちこそごめんなさい。あっ……」
「あっ、藤……奈々ちゃんだったんですね。これから部活ですか?」
「うん、そう。その、ゆ、優子はまたお姉……じゃなくて、姉さんの所へ?」
「はい、そうなんです」
茶々と仲良くなったことで必然的に奈々とも親しくなった優子は「藤城さん」と呼ぶと紛らわしいことになるので奈々の事も名前で呼ばせてもらうことになった。
もちろん、自分の事も名前で呼んでとお願いしたのだが、まだちょっとお互いに恥ずかしさがある。
「そう。……その、姉さんに変な事されたり言われたりしてない?迷惑をかけたならすぐに言って。私がちゃんと釘を刺しておくから」
「あはは、だ、大丈夫。茶々先輩もそんな変な事は……うん、たまにしますけど。でも大丈夫です!」
「そう?」
まだ友達になって日は浅いが、優子は少しだけ奈々の事が分かってきていた。
(私の心配をしているようで本当は先輩の事が心配なんだろうな)
良くも悪くも他人の目を気にしない自分の大事な茶々が嫌われたりしないか気になって仕方がないだろう。
でも、それを表に出してお姉ちゃんっ子に思われるのも恥ずかしいから表向きは厳しい態度になってしまう奈々のジレンマを優子は敏感に察していた。
だから安心させようとして、つい――。
「昨日も帰り道に犬が一匹でウロウロしてたから飼い主さんを一緒に見つけてあげたりしましたし」
「そ、そんな事まで優子にさせてたの!?もう、あれほど人に迷惑かけるなって言ってるのに!」
(あれ?先輩のいいエピソードを紹介したはずなのに怒ってる!?)
これ以上、余計な事を口にすると茶々が酷い目に遭いそうなので奈々に部活の事を聞いてみる。
「あっ、そうだった。ごめん、もう行かないと」
「ううん、引き止めてごめんなさい。それじゃ、また明日ね」
優子の言葉に手を振って答えると颯爽と奈々は体育館の方へ歩いて行った。
(奈々ちゃん、背が高くてかっこいいなぁ。って、私も急がないと!)
靴を履き替えた優子は小走りで体育館の裏手に回り『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた倉庫の扉を開く。
「あっ、優子ちゃん、やっほ~」
「うむ、変わりなさそうじゃな」
「お待たせしました!ティアーネさんもお帰りなさい!」
「これ、まだ扉が開いたままじゃぞ」
「ご、ごめんなさい!」
扉を閉めて改めて優子は改めて二人の方を見る。
特にティアーネはあの事件以来、エデンでの作戦、及びその事後処理に忙殺されていたため五日ぶりの再会であった。
「我がいない間、特に変わりはなかったようじゃな」
「まあね。でも優子ちゃんと一緒に栃木や神奈川の応援に行ったりはしてたんだよ」
「それが不安だったんじゃ。人がいないとは言え茶々に教官代理をさせるなど無茶にもほどがある」
「ええ~!?そんなことないよね、優子ちゃん。茶々、ちゃんと出来てたでしょ」
「えっと……」
「あれ?」
「どうせうろ覚えの知識を披露して混乱させただけじゃろう。有志で作成したマニュアルの方がよほど役にたったのではないか?」
「あははは、まぁ、その……はい、そうですね」
「が~ん」
落ちこんだ茶々をフォローしたり、エデンでの戦いの事を聞いたりしているうちに下校時間が迫ってきている事に気づいた三人は倉庫を出る。
先に倉庫に出た優子の視線は自然と遠くに見える焼却炉に向けられた。
誰にも必要とされていない、けれども命がけで守った物を見ると達成感の様な物がこみ上げてくる。
(誰にも感謝されないし褒めてもくれない。けど、私は守れたんだ)
今もきっと誰かの大切なモノが奪われている。
それで苦しんでいる人がいる。
そんな人たちを助ける事が出来るのは自分たちしかいない。
「これからも頑張ろうね!」
「はい、よろしくお願いします!」
茶々の言葉に力強く答えた優子は茶々と共に校門を出た。
しばらく歩いた所でヤオヨロズがメールの着信を茶々と優子に知らせた。
「おっ、なんだろ?」
「何かあったんでしょうか?」
そこに書かれていたのは喰らうモノ追跡任務とチームメンバー。
そして茶々たちの部隊長の欄にはリョウの名前があった。
「なるほど。優子に教官役を付けなかった理由はコレか」
「おお~、ということは優子ちゃんは妹弟子?」
「なら私はリョウさんの事をどう呼べばいいでしょうか?お師匠、先生、お師様……」
「どう読んでも師匠は受け入れてくれるよ」
「しかめっ面でな」
ティアーネの言葉に容易にその顔が想像できて茶々と優子は同時に噴き出してしまった。
不安はあるが、きっと大丈夫!
無限の力を与えてくれる『輝石』と頼りになる仲間たちがいるのだから!
そして三人は一緒に走り出す。
自分の、そして誰かの大切な未来を勝ち取るために!
新米勇者と喪失の少女 完