第八章 7 あの日見た光
茶々の説明にティアーネは異議を唱えた。
それはあまりに無茶に過ぎる作戦とも言えない代物だったからだ。
しかし、それでも茶々は己の言葉を曲げない。
そしてティアーネに茶々の考えを撤回させるようなアイディアがない以上それに賭けるしかなかった。
(こういう時に有用な策を思いつけないとは情けない!)
チーフや一軍の将であった兄たちなら茶々たちを危険な目に遭わせず状況を打開できる策を思いついたかもしれない。
そう思うと、喰らうモノの侵略に自暴自棄になって引き篭もっていた時間があまりにも惜しくなる。
いや、それ以前からもっと兵法を学んでおけば、と後悔が溢れ出して止まらなくなる
(我は勇者の助けになりたくて来たというのに!)
故郷が蹂躙され、生きる気力を無くしたエデン人は数多くいた。
そんなある日、遂に輝石で作られた防壁を破壊すべく頭が雲にかかるほどの巨大な人型の喰らうモノ『巨人王』がエデン最後の都に向けて進攻を開始した。
(ああ、これで全て終わるんじゃな)
自室の隅で終わりを待っていたティアーネの耳に部屋の外から声が聞こえてきた。
「聞いたか、異世界の子どもが、たった百人で巨人王に挑むそうだ」
「無茶な話だ。無駄に死人を増やすだけだろう」
「だが、すでに押し寄せてきた喰らうモノの先陣を全滅させたそうだぞ?」
「忌石の力を使うなど気味が悪い。どうせあの成り上がりが苦し紛れに未開の蛮族を改造でもして使えるようにしたんだろう」
「だが、前線にいた知り合いはこう言っていたぞ。あまりにも神々しいとな」
「ふん、何にしろもうこの世界は終わりだ。なんでも大臣たちは既に逃げ出したそうじゃないか」
「密かに自分たち用のシェルターを作っていたってな。そんな物が役に立つとは思えんがな」
(全くじゃな。もう逃げ場などないというのにご苦労なことじゃ)
傍らに置いてあった銃を見つめティアーネは呟く。
化け物に喰われるくらいなら自らの手で母の元へ旅立つつもりだった。
(優しかった母上がこの惨状を目にすることが無くて良かった)
喰らうモノが襲来する三年も前に亡くなった母に想いを馳せティアーネはただその時を待っていた。
一時間、二時間、三時間。
時間だけが無為に過ぎていく。
まだ外では戦っているのだろうか。
時折、歓声、悲鳴、落胆の声が聞こえてくる。
(無駄じゃ。どれだけ足掻こうがヒトが神に勝てるわけがないのじゃ)
あれはきっと何か大いなる意志の下でヒトに裁きをもたらす存在なのだろう。
ティアーネはそう思っていた。いや、そう思いたかった。
ただ意味もなく殺されるためだけに自分たちは生きてきた訳ではない。
神に粛清されるのならば仕方がない。
無理やりにでもティアーネはこの史上最悪の災厄に愛する国や民が蝕まれることに理由を付けたかった。それがただの願望に過ぎない事が分かっていてもティアーネはそう信じたかった。
ただエサとして喰われるためだけにエデンの民が歴史を紡いで来たなんて認められる訳がなかった。
一際、大きなざわめきが部屋の壁越しにも聞こえてくる。
(どうやら駄目だったようじゃな)
それでもここまで粘ったのは快挙と言えるだろう。
願わくば、この快挙を為した異世界の子どもたちが逃げのびてくれればいいと思った。
だが、次第にざわめきが段々と興奮を帯び始め、やがて壁を、建物を震わせるほどの歓声に変わった。
(……そんなバカなことがあるわけがない)
三か月ぶりに外に出たティアーネは王族しか入れない塔に上がっていく。
既に頂上には父と次兄がいたが、二人とも何かに魅入られていたように一点を凝視している。
既に夜になっているにも拘らず、ナニカが空と大地を明るく染め上げている。
(何が……一体何が?)
家族に尋ねる事も忘れティアーネは父たちに並び、その視線の先を見る。
そこにあったのは光だった。
まるで太陽のように眩しいはずなのに直視をしても目に痛みもなく、それでいて心に中にある全ての負の感情を拭い去るような暖かな光がエデンの民に希望を、そして巨人王の眷属たちには消滅という絶望を与える。
闇を切り裂く神々しい光を背負う少女が巨人王の胸から腹にかけて納まる巨大な核を撃ち砕いたのだ。
多くの命をただの人吠えで死に至らしめた口から悲鳴のような甲高い声をあげ、続けざまに膝の核を砕かれた巨人王がゆっくりと大地に崩れ落ちていく。
これが後に『ハイランド高原の奇跡』と呼ばれる戦いの一幕であり、ティアーネにとって生涯忘れえぬ日となった出来事なのである。
(あの日見た光、あれこそが希望。その希望の助けになりたい!)
戦いが終わり後始末に追われる宮中でティアーネは自分の思いを父にぶつけた。
それに対して困った顔をしつつも、従来の明るさとお転婆ぶりを取り戻しつつある娘の姿に父王は目を細め喜びを隠しきれなかった。
それより一年の後になり、ようやくティアーネに地球行きが認められた。
世界を、民を、そして自分の心を救ってくれた光を失わないために。
(そのために地球に来たというのに!)
「ティア。大丈夫、茶々を、ううん、茶々と優子ちゃんを信じてよ!」
身にまとう光はまだまだあの光より弱い。
だが、その目には少しの不安も恐怖もない。
「だって約束したじゃん。茶々がティアーネの世界を救うって。だからこんな所で死なないよ、絶対に!」
「……ハァ。ユウコはどうなんじゃ?」
「出来る、出来る、私は出来る!……え、何か言いました?」
「やる気十分じゃな。いや、何でもない。案外、この娘、スゴイ拾い物なのかもしれんな」
飛んでくる炎をほとんど無意識に斬りはらいながら自己暗示をかけている優子に苦笑し、溶岩の池、その中央にいる喰らうモノにティアーネは目を向ける。
(リョウや沙織が来るか、通信塔が直るのを待つのがベストなのかもしれん。じゃが……)
ティアーネは茶々と優子の体を包むように広がる光を見た。
それぞれの光は小さくと併されば、あるいは……。
「チャンスは一度じゃ。もしダメじゃと思ったら我が無理やりにでも引き戻す。いいな?」
「上等だよ。ありがとう、ティア」
「礼は成功させてからにせよ。向こうも段々と形を整え始めてきた。逃げられる前にケリをつけるのじゃ、いいな!」
「うん!優子ちゃん、始めるよ!」
「出来る、私は……。あっ、はい、大丈夫、大丈夫です!」
「炎は我が防ぐ!あとは任せたぞ、勇者よ!」
ティアーネが両手を天に突き出し炎の落下を食い止める。
「3!」
「2!」
「1!」
「ゴー!」「ゼロ!」「行け!」
バラバラの声を背に茶々が最後の勝負を挑むために走り出す。