第八章 2 今できる事を
「あっ、あんた、ここで何してるのよ!」
周囲の風景が一変し最初にいた舗装された山道を歩いていたリョウは横合いから飛び出してきた沙織にうんざりした顔を見せた。
「一応聞くけど茶々たちはどうしたのよ?」
剣呑な雰囲気を隠そうともせず半目で睨む沙織にリョウはただ一言短く答える。
「知らねぇ」
「あんたねぇ!!」
「ギャアギャア喚いている暇があるなら動け」
「ちょっと待ちなさいよ」
沙織のチームメイトである光邦たち三人も二人の険悪な雰囲気に呑まれ一言も言葉を発することが出来ないい。というよりも、どっちに肩入れしても大変な事になりそうなので黙っている事がしかできない。
こんな状況に割って入れるのは外で戦っている陽太郎など古参メンバーか、茶々などの空気読めない鋼メンタル系の仲間くらいだろう。
「んで、そっちはどうだったんだ?」
「外れよ。一応核持ちは何匹か倒したけど、中心へは行けずじまいよ」
「こっちはそれっぽいところへは行った。そこであの飛び入りが罠に引っかかって穴に落ちた」
「で、茶々が追いかけたんでしょ。通信が切れる前にそこは聞いたわ」
「で、襲ってきたトカゲ野郎を潰してやった。そんなところだ」
「ドラゴンタイプ。戦闘種か……。それが倒れたと同時に空間変動した。これって」
「逃げるつもりだな」「逃げるつもりね」
険悪な雰囲気な割に速やかに情報交換しつつ敵の狙いに目星をつけるベテランの二人に光邦たちは目を丸くするしかなかった。
(あの二人仲悪いんじゃないのか?)
(本当は仲が良いとか?)
(よかった。これでもう胃の痛む思いをしなくて済む!)
茶々との通信が切れてから完全に怒りマックス状態でとても話しかけられる雰囲気出なかった一班の面々は胸を撫でおろす。
「俺はこっちへ行く」
「あっそ。じゃ、わたしはこっちに行くわ」
後ろの三人が安堵しているとリョウが森の中へ分け入ってしまった。
「え、あれ、一緒に行くんじゃないんすか?」
「話聞いていなかったの?」
「いや、聞いてましたけど……」
喰らうモノが逃げる算段をしていると二人が推測したのは分かったが具体的な行動にまでは考えが及ばない新米三人に、先ほどまでよりは落ち着きを取り戻した沙織が指を立てて説明をする。
「さっきリョウが戦闘種を倒したせいで、ここのボスは荷物をまとめて逃げるつもりなのよ」
「なんでそれが分かるんです?」
「簡単よ。もしあくまで戦うつもりなら一番強い相手を狙うか、持てる力の限りを使って兵隊を増やして応戦するはずよ。でも」
「そういや、少し前から全然敵に出くわさねぇすね」
「わざわざ逃げ道が残っているのに玉砕覚悟の攻撃なんて潔いことなんてアイツらがするもんですか。多分今頃飲み込んだものを抱えて外へ逃げるつもりよ」
「でも外にも結界が張ってあるっすよ?」
「別に結界の外へ出る必要はないのよ」
「へ?」
「あいつらはいつまでも結界を維持できない事を知っている。だから結界内を全力で逃げ回るでしょうね。あなたたちは知らないかもしれないけど本気で逃げに徹した喰らうモノを捕まえるのは至難の業よ。たとえリョウだって難しいでしょうね」
鳥に化ければ空に、ミミズやモグラに化ければ土の中に、更にはある程度だが体を小さくすることも出来る。
そんなモノと決して狭くはない結界内でかくれんぼをしたら。結果はいうまでもないだろう。
「高いレベルの感知能力がある人がいてくれたらワンチャンあるかもしれないけどね。だから絶対に逃がすわけには行かないの。わかった?」
「分かったっす!……で、なんで沙織さんは単独行動を?」
「だ・か・ら、逃げられないようにするには通信塔の機能復旧が絶対に必要なの。とにかく一刻も早く二班に合流する。その為に別れて行動するのよ!あなたたち三人は一緒に行動しなさい。リーダーは光邦よ、いいわね?」
「お、俺がリーダー?」
「そろそろあなたもリーダーの経験をしておきなさい。それじゃ」
説明が終わるや否や、沙織はリョウとは逆方向へ走り出した。
「よっぽど茶々が心配なんだな」
「沙織さんはみんなの『お母さん』だから……。みっくん、どうしたの?」
「リーダー……。遂に俺の力が認められたんだ!」
「いや、違うと思うけど」「それは違うんじゃないかなぁ」
明らかに気もそぞろだった沙織を見れば適当に選んだのは明らかなのだが、目の前の今時珍しい熱血少年は感動のあまり目の端に涙が光っている。
「えっと、そろそろ行かない?」
「はっ、そうだな!沙織さんの期待を裏切る訳にはいかねぇ!お前ら、俺について来い!」
「は~い」「はいはい」
両手で挟むように自分の頬を叩いて気合を入れ直した光邦を追って二人も慌てて追いかけていく。
だが、リョウも沙織も知る由もなかった。
彼らが逃さんとしているモノに戦いを挑まんとしている新米勇者たちがいることを。