第七章 １ 力と代償
赤茶けた台地を茶々たち三人は歩く。
通信が途切れた後、三人が出した結論は「とにかく移動しよう」で落ち着いた。
山で遭難した場合は無暗に動かない方がいいというが、ここは残念ながら山どころか地球でもない場所だ。
喰らうモノたちの感知能力は極めて高く隠れてやり過ごすのも難しいため、移動してワープポイントを発見、とにかくリョウなり他の班に合流した方が良いという判断だ。
「それでティア、なんで脱出できなくなったか分かったの？」
「おそらく、この空間を作り上げた喰らうモノの力が通信塔の出力を上回った、といったところじゃろうな」
自身の周囲に様々なデータが映ったホログラムを展開しティアーネが茶々に答えた。
「どうも敵は空間操作能力に長けておる個体のようじゃな。今から考えれば、いくつかテレポーターを作っておるから予想して然るべきことじゃったか」
「でも二班は四人いるから……」
「その中で輝石の力を扱えるのは三人。守りを考えれば通信塔にエネルギーを供給しているのは二人。今回のような個体相手では力負けする可能性がある」
通信塔がその力を発揮するには勇者の、輝石の力を常に供給する必要がある。その供給者が増えるほど喰らうモノの力を抑え込み巣の構造を固定化させられるが人数が少なければ今のような状況に陥る事がある。
そして、喰らうモノも己の力を縛る存在を放置する訳がなく攻撃は苛烈を極める。
「完全に少数であることが響いておるな。一班の人数を減らして……」
「はいはい、そういう反省は後でチーフと好きなだけやって。とりあえず師匠か二班に合流したいところだけど」
「でもティアーネさんでもワープ先の事は分からないんですよね？」
「残念ながらな。それに一度、向こうに空間操作の主導権が握られた以上、今までのマッピングも無駄になったと見るべきじゃろうな」
「全てやり直しですか……」
「全て、ではないぞ。巣の中に自分の兵隊を生み出せば生み出すほど喰らうモノは力を擦り減らす。巣に我々を入り込ませた時点で奴らもまた命を削っておるのじゃ」
「ただ、完全な勝利を得るには二つ条件があるんだよ。一つは外に逃がさないように、通信塔を維持してこの空間に喰らうモノを縛り付ける。もう一つは、この巣を作ったボスを見つけ出して倒す事だよ」
「ただ下っ端を倒しているだけじゃ駄目なんですか？」
「それだと一晩中かかることになるな。ただ勇者も輝石の力でほとんど永遠に戦い続ける事ができるから持久力という面で不利になる事はない。ないのじゃが副作用がな」
「今、副作用って言いました！？」
聞き捨てならない台詞に優子は顔色を変えてティアーネに詰め寄る。
「……説明しとらんかったか？」
「聞・い・て・ま・せ・ん！」
「もう、ティアったらうっかりさん！」
「先輩も同罪です！そんなことより副作用って何がどうなるんですか！？」
「輝石の力が体に溜まり抜けづらくなるのじゃ。そうじゃな、リョウの髪の色は憶えておるか？」
「白っぽい銀色、でしたよね？」
フードから時折見えた髪の色を思い出しながら優子が応えるとティアーネが頷く。
「そう。しかしあれは元々アルビノだったわけでも染めた訳でもない。輝石の力を使い続けた結果、髪の色の変化が戻らなくなったのじゃ。加えて体の一部を獣化させておるのも輝石から力を引き出しておるのではなく自分の体に残っている力を引き出しておるのじゃ。輝石の力によって生じた肉体変化や強化、それが解除されなくなる。それが副作用なのじゃよ」
「えっと、つまりもし先輩も輝石を使い続ければ、髪の色が黄色になっちゃうんですか？」
「そうだよ。けどあくまでそれは長時間使い続けたり、一気にすごい量に力を引き出さなければ大丈夫だよ。そうだよね、ティア？」
「うむ。人体と輝石の力、略して輝力の関係は例えるならばお湯と氷に置き換えてみると分かりやすいじゃろう。人体を、バケツ一杯に入ったお湯、気力を氷とする。少数の氷ならばすぐに溶けてなくなるが大量に氷を入れれば……」
「温くなって溶けにくくなる？」
「うむ。そして溶けずに残った氷はバケツに残る。これが副作用を起こす原因じゃな」
「治す方法はないんですか？」
「簡単じゃ。それ以上、氷を、つまり輝力を引き出さなければよい。時間と共に輝力は抜け元通りになる。これは既に確認済みじゃ」
ちゃんと戻ることにホッと胸を撫でおろすが、一つ気になる事があった。
「あの、もしも副作用を気にせず輝力を使い続けるとどうなるんですか？」
「わからん」
それに対するティアーネの返答は恐ろしくあっさりしたものだった。
「まだ輝石を使い戦い始めて四年も経っていないのじゃ。誰もまだその域に達してはいないので不明じゃ。だが、もし限界というものがあるのなら、それを最初に超えるのは恐らくリョウじゃろうな」
「でも休めば治るんですよね？」
「師匠に戦うなっていうのは死ねっていうのと同じだから」
いつも元気な茶々らしくない、諦めと悲しみを感じさせる声音に優子は何か地雷を踏んでしまった気がして言葉が出なくなる。
恐らく、自分みたいな正式に仲間になったわけでもない人間が踏み込んでいいことではないのだろうと優子の直感が告げる。
だが、あの人を寄せ付けない雰囲気の青年をそこまで突き動かすのは何なのか優子はひどく気になった。
（でも、その理由を二人に聞くのはズルいよね）
なんとか折を見てリョウに聞いてみたいと思うが、どうシミュレートしてもけんもほろろにに追い返される未来しかイメージできない。
「まあ、とにかく今日初めての優子ちゃんは大丈夫ってことだよ。ね、ティアーネ？」
「その通りじゃ。それに茶々やユウコに渡した輝石は第三世代モデルで一度に引き出せる力を制限するリミッターがついておる。そうそう副作用になることはあるまいて」
露骨に話題を変える二人が何かフラグっぽい事を言っていたが、優子の耳には届かない。
それに、考えているうちにもう一つ気になる事が出来てしまった。
（先輩はなんで戦っているんだろう？）
「お～い、優子ちゃん？離れちゃ駄目だよ～」
「……あっ、はい！」
考え込んでいるうちに二人と距離が空いてしまったことに気づいた優子が足を速めて近づこうとした。
「ユウコ、伏せるのじゃ！」
ティアーネの声が聞こえた瞬間、優子の左肩に強い衝撃が襲った。
