第六章 5 迎撃
「今回のは随分生物的だな」
「前に見たときは砂漠みたいな所でしたよね?」
「見た目は、その時々で変わるがここまで生物的な物は珍しいのお。まるで体内じゃな」
「うう、そんなレア物欲しくないです……」
ブヨブヨした地面に足を取られないようにしつつ一行は歩き続ける。
途中でいくつか小山が見えたが、それ以外には特にこれといった物はなかった。
そしてこの夢に見そうな光景を見ながらも優子は何故か現実感を感じないことが不思議だったが、ようやくその理由に思い至った。
「あ、そうか。臭いがないんだ…!」
空間を覆う肉壁は明らかに異臭、悪臭がしそうなのに全く匂ってこないのだ。
意識を嗅覚に向けるが異臭はやはり全く感じなかった。
「そう、奴らには臭いがないのじゃ」
「臭いがないって……。チーフさんが言うように本当に兵器なんですか?あれ、兵器でも臭いはするんじゃ……」
「そうじゃな。なんであれ物体であれば臭いはするはずじゃ。じゃから、一説には霊体の様な物ではないかという説もある」
「でも幽霊みたいな物なら斬れないんじゃないですか?」
自分の鎌をみながら優子は聞いてみるが、ティアーネもはっきりとした答えはもってはいないようでお手上げのポーズをして喰らうモノがいかに謎多き存在かの説明を始めた。
「喰らうモノに傷をつけたりすると黒い煙のようなものを吐き出すじゃろ。あれがどうも喰らうモノを構成しておるらしいのじゃが、何をどうやってもサンプルが手に入らんのじゃ」
「吸い取って保存とかできないんですか?」
「色々手は尽くしたのじゃが、確保も保存も成功した試しがない。確実にそこにいたはずなのに死ねば何も残さず消える。相手に一切の手掛かりを残さない。兵器としては完璧と言えるな。どうにかして奴らの体を構成しているモノを分析できれば、もっと楽に戦えるのにのお」
「でも、そんな喰らうモノに輝石の力は効果がある。これって喰らうモノと輝石に何か関係があるってことでしょうか?」
「それも何とも言えん。じゃがな、興味深い事に他の異世界では……」
「おしゃべりはそこまでだ。来るぞ」
リョウの言葉が終わらないうちに、空からボトボトと小型犬サイズの喰らうモノが落ちてきて優子たちの前に立ちはだかる。
更に包囲するように左右の地面からも次々と現れ、明確な敵意をもって、じりじりと優子たちに迫ってくる。
「喰ってる量にしては数が少ねぇな」
「いやいやいや、スゴイ数いますけど!?」
「正面に百、左右に五十ずつ、計二百体に更にお代わり追加中じゃな」
ティアーネのいう通り、まだ空からも地面からも現れ順調に数を増やしている。
蟻、蜘蛛、猫、犬、そして熊に虎……。
「ちょっと待ってください、熊はまだ理解できますけど虎ってなんですか!?あっ、あれライオンじゃないですか!?」
「以前、動物園が丸ごと喰われるという事件があってな。おそらく、その時の生き残りを吸収して除法を引き出したのじゃろ。いや、あるいは、その事件の生き残りがここまで生きていたのかも?」
「ぎゃーぎゃーとうるせぇな。姿なんてどうでもいい。出てくる奴は全て叩き潰せ。情けなんて一切要らねぇ。その鎌は飾りじゃねえだろうが。できねえってんなら今すぐ帰れ」
「うっ……」
コートのポケットにあるヤオヨロズ。通信塔のおかげで、これにあるコードを入力すれば一瞬で中学校にある園芸倉庫まで移動できるという説明は受けている。
鎌を持つ手が震える。じんわりと右手が汗で濡れていく。ごくりと唾を飲み込み。
そして優子は、鎌を構えた。
「まだ……。まだ、私は帰れません!」
何が自分を突き動かしているのか理解できないままに優子は叫ぶ。
好奇心か、義憤か、真実を知ったが故の使命感か。
それを見極められないうちに帰る事はできないし、帰るつもりもない。
「はっ、ちったあマシな面になったじゃねえか。茶々、ティアーネ、お守りは任せるぞ。俺は……」
リョウの姿が変わっていく。
細身の体が、獣の姿に変わっていく。
だが、それは目の前にいるただ姿を真似ただけの虚ろな存在とは違い、生命と力を漲らせた本物の獣の姿だ。
「こっちの奴らを叩き潰す。さぁ、始めようぜ。来いよ、くそったれどもが!」
白狼の獣人が吼え、もっとも数が多い正面に突っ込んでいった。
「優子ちゃんの背中は茶々が守る!だから優子ちゃんは前だけを見て戦って!」
「は、はい!」
正面の戦いに触発され左右の敵集団も数で押しつぶそうと一斉に動き始める。
戦闘能力のないティアーネを除く、三対二百の戦いは早々に乱戦へともつれこんだ。