第六章 ４ 中心域
「それで、竹内さんは大丈夫？」
「うん、今は大丈夫」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いいのよ。もし調子が悪かったら無理せず帰還しなさい。それじゃ、また後で」
普段クールなようで実はかなり面倒見の良い『勇者ギルドのおっかさん』と密かに呼ばれている沙織からの通信を終えると優子たちは道なき道を再び歩き出す。
少し先ではリョウが出てきた喰らうモノを殴り倒していた。
「ねっ、師匠に任せれば安心でしょ？」
「はい、そうですね……」
誰かに頼る事に慣れていない優子としては申し訳なく思ってしまうのだが、当の本人は気にした様子もない。
（リョウさんにしたら多分蚊を叩く程度の感覚なのかもしれないけど）
先の髪切り事件がひと段落した時に、騒いだ謝罪と敵を倒してくれた感謝を伝えたのだが、軽く優子を一瞥しただけで無視されてしまった。
まだ僅かな時間しか共に行動をしていないが、それでも優子は茶々のリョウに対する信頼の大きさの理由がなんとなく分かってきた気がしてきていた。
一人で先をどんどん進んでいっているようで、優子たちが少し遅れるとペースを落としてくれたりと色々気を遣ってくれているくれているのは優子にもわかってきた。
（でも面と向かってお礼を言ったりしないほうがいいんだろうな）
そんな事を考えているとリョウの足が急に止まった。
「ここで途切れているな。俺が先行する。お前らは待ってろ」
（途切れている？）
森はまだ続いているのに何を言っているのだろうと優子が思っていると、突然リョウの姿が消えた。
「え？え！？リョウさんが消えちゃいましたよ！？」
「今、この巣の中は空間が捻じれておる。そうじゃな、そなたはゲームで遊んだりはするか？」
「えっと、少しは……」
「ならば、あちこちに別の場所に飛ばされるワープの罠があちこちに仕掛けられていると思えば分かりやすいかの？」
「ワープ？じゃあ、リョウさんは消えたんじゃなくてどこかにワープしたという事ですか？」
「うむ。ヤオヨロズにもワープ場所を感知したり音で知らせてくれる機能があるのじゃ。もっともリョウの奴の感覚はヤオヨロズを必要としないレベルじゃから先に気づいたのじゃ。慣れんうちは近くにマップを出しておくといいぞ」
ティアーネのレクチャーを受けヤオヨロズのホログラム機能をオンにすると優子の近くに地図が表示された。
「戦闘で邪魔になりそうなら指や掌で弾けば消えるぞ。エデンの技術が詰まったヤオヨロズは便利じゃぞ。上手く使いこなすのじゃ」
「はい、ありがとうございます！」
「おい、こっちはいいぞ。ただ少し覚悟して来い」
『覚悟？』
なにやら不穏な言葉を茶々と優子が同時に発生するが、リョウがそれにこたえる事はない。
（自分の目で確かめろってことかな）
あの強い人が覚悟を求めてくることとは何か？
今まで通訳？をしてくれていた茶々もリョウの真意は分からないようで首を捻っている。
だが、それでもまだ帰るわけにはいかない。
優子は茶々とティアーネと並ぶようにしてワープポイントに飛び込んだ。
一瞬の浮遊感の後に茶々たちの足がグニャリと柔らかいものを踏みつけてしまう。
「ひゃあ！な、何か踏んじゃいましたよ！」
「茶々も何か踏んだ！」
慌てて飛びのく二人だが、その先にもブヨブヨした感触をした何かを踏みつけてしまう。
「落ち着け、バカ。お前らが踏んでるのはただの地面だ」
「地面って。え？」
言われて辺りを見回した二人は思わず絶句してしまう。
自分の周囲だけでなく辺り一面が赤黒く脈動する肉のようなモノに覆われている。
所々、柱のようにそそり立つ肉の塔からは脈動するたびに黒い粒子が吐き出している。
天井も壁も見えないが、空に浮かぶ紅い太陽は健在であり、空と大地の紅が混ざり合い、二人の精神を容赦なく抉ってくる。
「……いきなり中心域に来てしまうとはツイとるのかのお？」
「さあな。俺としては大歓迎だがな。おい、いつまで呆けてやがる！行くぞ」
中心域。
そこは巣の中心であり、境山周辺で起こっていた事件の元凶がいるであろう宮殿にして要塞。
だが、ソコをもっとも適切に言い表す言葉はただ一つで足りる。
喰われたモノが行きつく終着点、『胃袋』。
喰らったモノ全てを己の力へと変える悪意の源泉に四班は踏み込んでいく。
