第五章 4 十塚陽太郎
目の前のいる青年の優子の第一印象は『普通』だった。
特に奇抜な髪形をしているわけでもなく、ギラついた雰囲気を醸し出しているわけでもなく。
恐らく道端ですれ違っても、全く気にも留めないであろう、どこにでもいそうな人。
そんな青年が向かい合って座った茶々に詰め寄られながら苦笑いを浮かべていた。
「いや、なんかしれっと混ざってるから、てっきり説明済んでるのかな~って」
「だからっていきなり実戦は……いや、うちではよくあるらしいけど!」
(よくあるんだ……)
昔視たロボットアニメで試作機に乗って実戦に入ってしまった民間人の事を思い出した優子だが、よく考えれば他人事ではなく自分の事なのだ。
だが、茶々とティアーネの剣幕に優子が割って入る余地など全くなく、完全に観戦モードに入らざるをえなかった。
「だから余計なアドリブを入れるなといつも言っているだろう」
「えっ、チーフもそっちに付くのかよ?」
ティアーネと違い渋い男性の声をもつチーフというエデン人が陽太郎を窘める。
背格好はティアーネよりも少し大きく男性的だが、なにより目を引くのは右目を覆う眼帯の存在だ。
柔和な雰囲気の陽太郎とは真逆の厳格な雰囲気を纏い、陽太郎に対する厳しさは教師、あるいは教官を連想させる。
「と~に~か~く!優子ちゃんは何も知らないんだから参加は取り消して!」
「う~ん、別にそれは問題ないけどな。ただ、竹内さんはそれでいいかい?」
(良いも悪いもないだろう)と当然思った優子だが、まるで全てを見透かすような陽太郎の笑顔を見て言葉に詰まってしまう。
記憶は取り戻した。けれども、今の優子はその先を、その原因を知りたいという欲求が生まれている事に気づいた。
「とにかくまだ何も説明していないのなら、これから説明すればいいだろう?決めるのはそれからでもいいさ」
茶々たちの抗議など、どこ吹く風で陽太郎はさっさと踵をかえして廊下を進んでいく。
取り残された茶々たちにチーフが小さな胴体に不釣り合いな大きな頭を優子に向かって小さく下げ。
「すまないな。だが、どちらにせよ今君の身に起こっている事、そして境山町に起こっている事を聞かねば君も納得できないだろう。少しだけ陽太郎に付き合ってもらえないか?」
「私も知りたいんです。だから行きます!」
なんだかんだで、この二人はいいコンビなんだなと、心がほっこりした優子は茶々たちよりも先んじて陽太郎の背中を追った。
「あっ、ちょっと待って~!」
茶々も追って行ってしまい、残されたエデン人の二人が視線を交す。
「お主も陽太郎も何を考えておる?」
「特に何も、ですよ、ティアーネ姫。我らが何を考えようとも、最終的に決めるのは彼女自身です」
「ならいいがの。じゃがもし、ユウコの思考を誘導している気があれば我は許さんからな」
「その時はいかような罰もお受けいたします」
のらりくらりしたチーフの態度を訝しみながら埒の開かない会話を切り上げてティアーネも茶々たちを追う事にした。
「強制など意味はない。輝石の力を引き出すのは意志なのだから。我々は、ただ彼らと共に歩めばよい。導こうなどとおこがましい事を考えずにな」
ここにいない誰かに言い聞かせるように呟きチーフも、お調子者の相棒に追いつくべく宙を滑るように飛んでいくのだった。