第五章 3 境山町防衛線作戦会議 後編
「あの人が、我らがギルドマスター、十塚陽太郎さん、それで隣にいるのがエデン人がチーフさんだよ」
「ギルドマスター?一番偉い人ってことですよね、若すぎませんか?」
「そりゃ大学生だもん」
「大学生!?若すぎませんか?」
「勇者ギルドという組織自体、出来てまだ3年ぐらいじゃからな。今壇上にいる2人が偶然出会った事が全ての始まりじゃからな」
なにやら話が長くなりそうだと感じた優子は話の続きが気になりつつも、もう一つ気になった事をティアーネに聞いてみた。
「チーフさんというのは役職で呼ばれているんですか?」
「そうではない。我らエデンの民の言葉は地球人には聞き取りにくく発音しにくいから、似たような言葉を当てはめているだけじゃ。エデンというのも楽園という意味でなく、ただ近い音を当てはめているだけじゃ。本来は~~という発音をするんじゃ」
それはなんとも不思議な響きを持つ言葉だった。
風の音、あるいは水の流れる音、そういった環境音に近く優子の耳と脳では確かに言葉として捉えることは出来なかった。
それに、どの辺が「エデン」という音に似ているのかは優子にはさっぱりだった。
「お~い、そこの女子3人、そろそろ話を始めてもいいか~?」
「はい!どうぞ~!」
「茶々、お前は本当に返事だけは元気でいいな~。んじゃ、ちゃんと聞いておけよ」
いつの間にか静かになっていた室内でおしゃべりしていた3人が黙ったのを確認してから陽太郎が説明を始めた。
「さてと、状況の確認だ。新たに空間侵食、つまり巣が作られたのはここだ」
陽太郎の言葉に合わせてチーフがティアーネと同じく右腕に取り付けられたコンソールをタッチすると部屋に居る全員に見えるように巨大スクリーンが宙に現れ、境山町の全体図が表示された。
ついで西山をすっぽりと覆う範囲に赤く染まり地図が西山周辺に拡大表示される。
その地図を見ていた優子は、ふと視界の隅に映った一人の男に目がいってしまった。
(あの人、あの時の狼男?たしか先輩が師匠って言っていたっけ)
カウンター席の一番端に、誰も寄せ付けない雰囲気を放ちながら映像に背を向けてリョウはコップに口をつけている。
その姿は良くも悪くも和気あいあいとしているギルドの雰囲気に全くそぐわないが、それ故に優子は目が離せなくなる。
「っ!!」
優子の視線に気づいたのか、リョウが少し振り向き、視線の元、優子をちらりを睨みつける。
ただ見られているだけにも関わらず、あまりの威圧感に優子は固まって視線を外す事どころか呼吸すら出来なくなる。
「……」
何か因縁を付けられるか叩き出されることも覚悟した優子だったが、リョウは大して何も言わずに顔をカウンターの向こうにいるエデン人に向けて何かを注文した。
「はぁ……」
肺に溜まっていた空気を一気に吐き出し、新鮮な空気を肺に取り込む。
そうすると、意識の外に置かれていた陽太郎とチーフの声が再び耳に届き始めた。
「……以上がこれまでの状況だ。こっちの先発隊との交戦で、この博物館周辺の取り込みは諦めたが、それでも山一つを取り込んだ」
「見て分かる通り、民家は少ないが、好天だったためにレジャー客はかなりの数がいたと思われる。その為に迅速な作戦展開が求められる。人数は少ないが、能力的には何も問題ないと判断しての作戦だ。皆の奮闘に期待する」
「どれだけ人が囚われていようと関係ない。俺達は全員を救い出す!気合を入れていくぞ!!」
『おう!』
盛り上がる勇者ギルドの面々を見ながら優子は懐疑的に物事を考えていた。
(喰らうモノって名前だから、きっともう何人か食べ……亡くなっているんじゃ?)
既にあれから三時間は経っているのだ。犠牲者ゼロなんてもう望めないのではないだろうか?
「まぁ師匠、ギルマスがいればオーバーキルもいい所でしょ」
「油断をするでない。どれほどの手誰であろうと本体に辿り着けねば勝負にならないのじゃからな」
茶々とティアーネの様子を見ても悲壮感はない。
感覚が壊れているのか、あるいは優子がまだ知らないことがあるのか……。
「……で三班。最後にリョウ、藤城茶々、ティアーネ、竹内優子を第四班とする。作戦開始予定時刻は16時45分だ。それまでに各自、準備を済ませておくこと。以上、解散!」
「……ん?んん!?あの、今私の名前呼ばれませんでした!?」
「呼ばれたね」「呼ばれたのう」
茶々もティアーネも絶句している所を見ると二人にとっても予想外な展開だったらしい。
「はっ!?呆けている場合じゃないよ、話を聞きに行こう!」
「あっ、待ってくださ~い!」
バタバタと食堂を出ていく3人を見てリョウが一言呟いた。
「ま~た面倒な事になりやがった」