第五章 2 境山町防衛線作戦会議 前編
医務室を出た優子は無機質な廊下を茶々に手を引かれて歩く。
「なんだかSFに出てくる宇宙船の廊下みたいですね」
「それはある意味で当たっておるな。このギルド本部は異空間に浮かぶ船のような物じゃからな」
「確かエデン、えっとティアーネの故郷の船を改造したんだよね」
「うむ。元々異空間を渡るための船だったそうじゃな。実のところ、我もその辺の事情はあまり詳しくないのだがな」
話の流れからティアーネが別の世界から来たことは分かったが、そうなるとなぜここへ来たのか、その理由も優子は気になってきた。
だが、それを聞く前に目的の食堂が見えてきた。
なぜ、初めて来た優子が食堂があると判断できたかと言うと、「食」と刺繍された暖簾が目に入った事、そしてドアの横には「今日のおすすめ!」とかわいいイラスト付きのメニューの紹介がチョークで描かれた黒板があった事が理由である。
(どんな人たちがいるんだろう。うう、部外者が入ったりしたら怒られないかな)
決意して来たつもりだが、やはりよく分からない場所に飛び込むのは勇気がいる。
だが、今の優子の右手はしっかり茶々に握られ、本人の意志とは関係なく食堂の自動ドアをくぐり中に入ってしまった。
「飲み物、要る人~!!」
「あっ、オレンジジュース二つお願いしま~す!」
「でさ、あのラストがな、そりゃもうかっこいいんだよ!」
「へ~、じゃあ、明日一緒に買いに行こうよ!」
作戦会議と聞いて優子のイメージでは、迷彩服に身を包んだ厳つい男たちが居並ぶ洋画のシーンを思い描いていた。
だが、そこに広がっていた光景はまるで「ファミレスで放課後を過ごす学生たち」である。
この場にいるのは、ほとんどが優子や茶々と歳が変わらなそうな少年少女ばかりだった。
話している内容も、映画やゲーム、オシャレに関する事と他愛もない事ばかり。
加えて食堂のテーブルも椅子も、どこかのファミレスから持ってきたのではないかと思うほど本物に酷似しファミレス感を強くしている。
「とりあえずここに座ろうか」
「は、はい」
よく見れば布地が継ぎ接ぎされている長椅子に優子が座ると茶々もその隣にちょこんと座る。そして、もはや定位置と言える茶々の顔の横にティアーネが待機する。
怒られるかもというのは完全に杞憂で何人かが「おや?」といった顔をしたが特に何か言われることもなかった。
少年少女のほかにもよく見ればティアーネと似た姿をしているヒトもちらほら浮いているし料理を乗せたワゴンが一人でに動き回り、客に配膳をしているのを見ると完全にSFの世界に迷い込んだような気持ちになる。
「優子ちゃんは何か食べる?」
「えっと、今はいいです……」
「そっか。結構リーズナブルな値段だから気になった物があったら言ってね」
手渡されたメニューには、和洋様々な料理やジュースが載っている。
その中で気になったのはお菓子などは、その辺のコンビニで売っている物をそのまま提供している同じ値段で提供している点だった。
「さっきも言ったが、ここは異空間じゃからな。いちいち外まで買い出しに行くのも面倒じゃから買い置きしているんじゃよ」
「異空間、ですか」
「ここの窓から外を見てみるといいよ。なかなか見られない光景だから」
茶々が壁のスイッチを押しこむと壁が開き窓が現れた。茶々の前を通って優子が外を見てみると。
「暗くて何も見えませんけど……」
「地球人の知識で言えば外は宇宙空間と似たようなものじゃからな。違いは星という光源がないために基本的に暗くて何も見えんのじゃよ」
「先輩、これのどこが面白いんですか?」
「それでも偶に……あっ、ほら!」
茶々の指さす方を見ると流星の様な一筋の光が流れていくのが見えた。
優子の視線を受けてティアーネが疑問に答えてくれた。
「あれは、どこかの誰かが次元移動をしているのじゃよ。地球人が宇宙に活動の場を広げようとしているように、他の世界では、ああやって別次元の世界へと旅立っておるのじゃ。もっとも今現在、宇宙からの脅威は確認できておらんが、異空間にはとんでもない災厄が我が物顔でうろついておるがの」
災厄という言葉からにじみ出る暗い感情を感じ取って思わず優子はティアーネの顔をまじまじと見るが残念ながら、その真意を読み取ることは出来なかった。
三人の間に訪れた一瞬の沈黙を破壊するように、優子の席から丁度対称の位置にある壇上に立った男の朗々とした声が食堂に響く。
「よっし、んじゃ作戦会議始めるぞ!」