第二章 8 嵐の前の……
「そうか、ユウコは帰ってしまっていたか」
「まぁ、ソーテーの範囲内ってやつじゃない?その代わりに有力な情報が手に入ったし」
「昔の写真を捜しにたしかキョウドハクブツカンなる場所に、のう。キョウドハクブツカンは、ここか?」
自分の周囲にスクリーンを展開したティアーネがその一つに境山町の地図が出しズームアップする。
「ほう、自然に囲まれたよい場所ではないか」
「あっ、この広場の像、見覚えがある!そっか、ここが博物館だったのか~」
「ここからだと結構距離があるのう。…ところでキョウドハクブツカンとはどういう施設なんじゃ?」
「えっと、なんか色々飾ってある……って、人に聞いておいて自分で調べないでよ!」
どうせまともな答えが返ってくるわけがないと思っていたティアーネが郷土博物館のホームページを見つけ茶々にも見えるようにスクリーンを移動させた。
「ふむふむ。郷土博物館とはその地方の歴史を取り扱った施設らしいぞ。ほう、中に軽食コーナーまであるそうじゃ」
「う~ん、やっぱり中のことは憶えていないなぁ。でも優子ちゃんはここに用があると」
「普通に考えれば勉学のためだろうがの。まぁ、ユウコの目的は置いておいて、我らはどう動くかの。とりあえず手の空いていた者に喰らうモノの追跡は頼んでおいたが」
「なら私たちは優子ちゃんを保護するべきじゃないかな」
「ほう、てっきり喰らうモノの追跡を他に頼んだ事を怒るかと思っておったが」
「人命第一は当然でしょ」
「ふふ、そうじゃな。お主はそこはブレないの。じゃが、果たして今、ユウコに接触するのが良いことなのかどうか……」
「どういうこと?」
「まだ幻視者と決まった訳ではないからじゃ。逆に茶々が接触することでかえって好奇心を掻き立ててしまうこともありうる。そして最大の問題がある」
「最大の、問題?」
「うむ。茶々よ、お主とユウコにはなんの接点もない事じゃ。いきなり現れた見ず知らずの相手に話しかけられれば警戒するじゃろ。お主、もしユウコがおったら、どう話を持っていくつもりだったのじゃ」
「そこは、ほら、奈々の姉ということで……」
「妹君の話し方から妹君もそれほど親しい間柄とも思えんかったぞ」
「むう、つまり話すきっかけかぁ。……おっ、今、スゴイアイディアが茶々さんに浮かびましたよ!」
「ほう、言うてみぃ」
「明日、優子ちゃんは博物館に行くんでしょ。そこにさりげなく登場して世間話でもして焼却炉に関する記憶を持っているか聞きだす!」
「どうよ!」と言わんばかりのドヤ顔の茶々だったが期待した称賛がなく、すぐに不満そうな顔になってしまうがティアーネはそれに気づかず話を進めていく。
「まぁ、それしかあるまいな。問題はお主が博物館に行く理由じゃが……」
「ふっふ~ん。茶々はもう考えていますよ~!」
「ほう、どのような理由じゃ?」
「これだよ、これ!」
そういって茶々が指さしたのは博物館のホームページの一文だった。
そこには「西山へのピクニックの際はぜひお立ち寄りください!」と書いてあった。
「ふむふむ、口コミでも結構ピクニックのついでに寄ったというのが多いな。確かにこれなら怪しまれることはなさそうじゃ。偉いぞ、よく思いついたな」
「えへへ、それほどでも~。あっ、でも、どうやって優子ちゃんが博物館に行く時間を調べるの?」
「案ずるな。すでにスマホの位置情報を押さえてある」
「うわぁ、用意周到だ~」
さらりとティアーネが怖い事を言うが、地球よりも遥かに技術が進んでいる世界出身のティアーネからすれば、この程度の情報を手に入れるのは朝飯前なのである。
併せて、スクリーンの一つに一人の大人しそうな少女の写真が映される。
制服を着てまっすぐ前を見ている写真はどこかの証明写真で撮った物だろうか。
「これがユウコじゃ。よく憶えておくのじゃぞ」
「えっと、ちょっと聞いていい?この写真どこから持ってきたの?」
「それは秘密じゃ。自宅の住所も判明したし、ユウコに関する事は明日でよかろう」
「うん、ついでに師匠が調べてなかった西山も調べちゃおう!」
そこに、まるでタイミングを計ったかのようにティアーネのスクリーンに制服姿の沙織が映った。
「ああ、二人ともいたのね。今そっちの依頼にあった喰らうモノの追跡をしていたんだけど……」
「あっ、さおりんがやってくれてたんだ。ごめんね、すぐに手伝いにいくから」
「さおりん、言うな。でも手伝いは欲しいわね。もしかしたら巣をみつけたかも」
「すぐ行くから、待ってて!」
ティアーネと共に倉庫を出た茶々にティアーネが即座にステルス処理を施す。
そして、輝石の力を開放した茶々は学校を囲う塀を飛び越え沙織の待つ場所へ走っていく。
当然、その後をティアーネも追いかける。
すでに境山周辺にいる勇者たちにも連絡はいっているはずだ。
ここで巣を潰せれば任務達成となるのだが、どうにもティアーネは嫌な予感がしていた。
(確かに痕跡があれば見つけるのは容易い。じゃがこうも簡単に尻尾を出すような相手ではないと思うんじゃがな……)
なにせ、百戦錬磨のリョウからも逃げ切っていた相手だけにあっさり見つかった事に疑念を拭い去れないティアーネだったが、それでも一心不乱に前を向いて走る茶々を見て気持ちを切り替える。
(そうじゃな。どちらにせよ奴らは打ち滅ぼすのみじゃ。考えるのは後で良いな)
どこまでも真っ直ぐな相棒に置いて行かれないようにティアーネは速度を上げた。