第二章 7 優子の行方
「あれ、茶々、帰ったんじゃないの?」
「ちょっと忘れ物~!」
下駄箱でクラスメイトに話しかけられても手と足を止めずに上履きに履き替えた茶々は校舎の階段を駆け昇る。
境山中学校は4階建てで二階から三年生、一年生、二年生と一階ごとに学年が別れている。
四階を目指して茶々が階段を昇っているいる頃、ティアーネは一人ゴミ捨て場に残って喰らうモノの痕跡のデータを収集しつつ、様々な事態を想定して最適解を導き出そうとしていた。
(問題はユウコという娘が幻視者が否かじゃが……)
幻視者とは、地球の理に外れた存在を感知できる者とギルドでは定義している。
そして大体、幻視者となる者は何か『異常な体験』を体験したことがきっかけとなる事が多い。
『実際にこの世ならざるモノを見た』『この世ならざるモノの痕跡を認識した』などの経験でいわゆる第六感が異常覚醒してしまい見えないモノが見えてしまうようになるのが幻視者だ。
ただ、異常な体験をしたからと言って、即座に幻視者になるとは限らない所が悩ましいのである。
例え異常な経験をしたとしても、時間と共に忘れてしまえば第六感は覚醒しないというケースも確認されている。
(そのユウコという娘が余計な好奇心を持たねば良いのじゃがのう)
既に、優子が好奇心に憑りつかれていることなぞ知る由もないティアーネはデータを集め追跡の為の魔術式を展開させる。
(よし、上手くいった!我も茶々の所へ行くとしようかの)
ステルス状態を維持したままティアーネは、そのまま四階の窓へ直接飛んでいく。
一組の場所が分からず、一つずつ窓を覗いていくと端の部屋で茶々の姿を発見した。
だが、話している相手は女生徒ではなく男の先生だった。
時間を少し巻き戻して。
四階に辿り着いて二年一組の教室に着いた茶々だったが、ここで重大な事を思い出した。
(そういえば竹内さんの顔知らないじゃん!まぁ、いいか。まだ何人かいるから適当に聞いてみよう)
持ち前の前向き思考で教室内にいる生徒に声をかけようとした時だった。
「お、藤城の姉じゃないか。どうした、妹を探してるのか?」
声をかけてきたのは隣の2年2組の担任の先生であった。そして茶々にとっても一年生の時の担任であり大変お世話になった先生でもある。
「あ、先生こんにちは!いえ、探してるのは竹内優子さんなんですけど」
「ん、竹内?おまえ達知り合いだったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……。先生は竹内さんの事知っているんですか?」
「ああ、俺はこのクラスの数学を教えているからな。というか、顔も知らんのに会いに来たのか、おまえは。相変わらず訳の分からんことをしているな」
「人を不思議ちゃんみたいに言わないでください!」
「いや、問題児だと言ってるんだぞ」
「もっとひどい!」
「ははは、お~い、お前ら、竹内はもう帰ったのか?」
他のクラスの先生と三年生であることを示す黄色のリボンを付けた生徒という組み合わせに不思議そうな顔をしながらも女子生徒が「もう帰っちゃいましたけど」と教えてくれた。
「そうか、ありがとうな。まぁ、何の用か知らんが月曜まで待てばいいだろ。おっ、そうだ、竹内と言えば今日職員室で話題になっていたぞ」
「先生、そういうの漏らしちゃってもいいの~?」
「別に悪い話でも成績の話でもないぞ。なんでも昔の学校の写真を捜していたそうだ。うちの教師たちの中にも卒業生がいるから昔の話で盛り上がってたな」
「昔の、写真?」
「竹内はお前と違って勉強熱心だからな。それで明日博物館へ調べに行くそうだぞ」
「博物館?」
「西山の方に郷土博物館があるのを知らないか。多分お前も小学生の時に行ってるんじゃないか?」
「あ~、言った事あるような、無いような……」
「お前はどうせ遊び惚けていて弁当食ったくらいしか憶えてないんだろ。そんな訳だから、もし急ぐならお前も明日博物館に行ってみたらどうだ、なんてな。それじゃ、気を付けて帰れよ」
「は~い」
言いたいことを言って階段を降りていく担任に別れを告げた茶々のヤオヨロズにティアーネから「基地に集合」という短い連絡が入った。
そして二分後、また倉庫に帰ってきた二人はそれぞれの情報を交換した。