第5話 学園祭を観る者は
日がだいぶ昇り始めた頃。
闘技場の観客席には鮮花祭を見に来た多くの生徒や一般市民で賑わっていた。
そのあまりの数の多さにアヒトはゴクリと唾を飲み込む。
「あら、もしかして緊張しているのかしら?」
「あ、ああ。少しな。そういう君はいつも通りだな」
「本当にそう見えるかしら? これでもかなり怖気づいているほうよ。まぁ私たち一年の試合はもう少し後になるから、今のうちにこの空気に慣れておきましょう」
アリアの言った通り、一年の試合は二年の一試合目の後となっている。おそらく始めて出場する一年の生徒にこの鮮花祭がどのようなものなのかを理解してもらうために試合が後の方になっているのだろう。
「大丈夫。あひとは心配しなくていい。私が全員ぶっ倒すから」
ベスティアが腕のストレッチをしながら言葉にする。
「そういうわけにもいかないだろ。今回はいつもとは違ってみんな強い人たちばかりだ。アリアもいるから極力独断は避けてくれよ? おれもしっかりサポートするからさ」
「むぅ……わかった」
ベスティアは渋々といった感じで了承する。
それに頷いて答えるアヒトは、ふと高い靴音がこちらに近づきながら鳴っていることに気づいた。
円形に造られた闘技場の道に人影が映り、そして姿を現す。
「げっ……」
ベスティアは言葉を漏らすとともに素早くアヒトの背中に隠れる。
その人物はアヒトにとってどれだけ日が経っても忘れることはない、鍛治師の巨漢だった。
「あんらぁ。また会ったわね。もしかしてあたしたちって運命で結ばれているのかしらぁ。うふふ」
「冗談やめてくださいよ、ロマンさん! なんでここにいるんですか」
その巨漢----ロマンがアヒトを見るなり腰をクネクネと動かしながら話すため、思わず叫んでしまった。
ロマンは「あらごめんなさいね」と言ってアヒトのもとへ寄って来る。
「お知り合いの方なの?」
アリアがアヒトとロマンを交互に見ながら訊いてくる。
「ああ。彼……彼女? ……この人はロマンさん。商店街の方で武器屋を経営してる人なんだ。鍛治もできてベスティアの装備を作ってくれたのもロマンさんなんだ」
「よろしくね〜。可愛らしいお嬢さん」
ロマンがアリアに向けてウィンクする。
アリアは若干頰を引きつらせながらも、お辞儀をして挨拶する。
「アリア・エトワールと申します」
「あんら。エトワールってもしかしてあなた、あのエトワール家のご令嬢さん? ごめんなさいねこんな汚い格好で。今度可愛いお洋服作って来てあげーー」
「お断りいたします」
ロマンが言い終える前にアリアは最高の笑顔で拒絶する。
それを聞いてもロマンはなんとも思っていないのか、「あら残念」と一言呟くだけで終わり、アヒトへと視線を移す。
「それでなんだったかしら。そう! あたしがここにいる理由だったわね。あたしは今回ここで修理屋を開いているのよん」
「修理屋ですか?」
「そうよん。この試合をしている途中で自分の大切な武器が壊れちゃったらマズイじゃなぁい? だからあたしが刃こぼれや壊れたところを全部綺麗に直してあげようと思ったの」
「それはありがたいですね。ちなみに値段は?」
「やだもぉ、心配しなくてもあなたたちは学生だからちゃんと割引してあげるわよん」
ロマンが答えになってない言葉を返した時、闘技場内の壁の至る所から魔法陣が浮かび上がった。
そこからわずかにノイズ音が聴こえてくる。
「拡声魔術ね。ひいお祖父様が取り付けたらしいわ」
不思議に思っていたアヒトにアリアが解説してくる。
「へぇ、やっぱりアリアの家系はすごいんだな」
「ふふっ、褒めても何もでないわよ」
そう言ってる割にはかなり頰が緩んでご満悦の表情をアヒトに向けている。
すると、先程の魔法陣からまたノイズが聴こえてきた。
『只今より、学園祭初日である鮮花祭を開催します』
その声が終わると同時に、観客席から盛大な歓声が聞こえてきた。
「あらもう始まるのね。それじゃあ、あたしはもう行くわ。よかったら今度あたしの店に顔出してちょうだいね。盛大にもてなすわよん」
そう言ってロマンは内股走りでどこかに行ってしまった。
「あなた、よくあんな人に装備を作ってもらったわね」
「……あれでも腕は確かなはずなんだ」
「ふーん」
アリアはベスティアの装備を見つめて確かに腕は良さそうだと感じるのだが、見た目があれでは行きづらいというものだ。
「そうね。気が向いたら行ってみることにするわ」
おそらく行くことはないだろうとアリアは思うのだった。
「うわー。すっごい盛り上がりだね。季節はもう冬に近いのに暑苦しく感じるわ」
闘技場の観客席で言葉を漏らすアンは、サラの活躍を見るためにリオナとともに訪れていた。
人の熱気で暑くなったアンは制服の上に着ていたコートを脱いで膝掛けにする。
「サラが出てくるのはもう少し後になりそう」
リオナがパンフレットをアンに見せながら言葉にする。
「あー、ほんとだね。しかもこれ、一年としか書かれてないから必ずサラちゃんが出てくるとは限らないじゃん」
対戦相手が決められるのは試合が始まる直前である。もし、初戦で当たらなければ初めに戦った生徒は休憩に入らないといけないため、後から戦う生徒は三年の試合の後ということになる。
「アンがいいなら対戦表を確認次第、一旦帰ってもいいよ」
「んー。別にいいよ。席がなくなるのも嫌だしね。気長に待つよ」
リオナの言葉にアンが両腕を挙げて伸びをしながら答える。
別に二年や三年の試合が退屈だとは思っていない。実際、二年の対戦表が発表されて始まった魔術士と剣士の先輩たちの試合には勉強させられることが多かった。
二年の魔術士は、パートナーがいるということを活かして、杖の先端に魔力でできた剣を形成して前線に出る人と後衛から遠距離の援護魔術を放つ人で別れるという動きがあった。これによって一気に距離を詰められるということはなく、ある程度戦うことができる。
「あんな戦い方もあるんだ。今度やってみようかな」
眉を寄せながらあごに指を添えて「ふむふむ」と頷くアンを見て、リオナはなんともおじさん臭い仕草をするなとクスリと笑う。
「えぇ! ごしゅじんさままだですー?」
唐突に横からそんな声が聞こえてきて、アンとリオナはその方向に視線を向ける。
「もう少し。きっとこの試合が終われば出てくるわよ」
「レイラ! レイラ! ごしゅじんさまはー?」
「はいはい。もうちょっと我慢しなさい」
リオナの隣の席に座っていたのは、アヒトの妹であるレイラ。それとアヒトと一緒に暮らしているテトだった。
「あ……」
リオナがテトの顔を見て声を漏らす。
「ん? あ、うるさかったですか? ごめんなさい。この子こう見えてもまだ子供なんです」
アンとリオナの視線に気づいたレイラは二人に軽く頭を下げる。
「ううん。違うの! ご主人様って言ってるのが聞こえたからちょっと気になっただけなの」
アンが頭に手を添えながら言葉にする。
そこにリオナがおずおずと口を開く。
「えっと、もしかしてだけど……アヒトって人と知り合い?」
「え!? えと、はい。知り合いというか、私の兄なんですけど。どうしてわかったんですか?」
「なになに? りっちゃんこの子たち知ってるの?」
レイラが驚きで目を丸くし、アンが興味津々に訊いてくる。
「う、うん。正確にはあなたの隣にいる銀髪の子」
リオナの言葉を聞いてレイラはさらに驚いたのか、素早くテトに視線を向ける。つられてアンも視線を向ければ、それに気づいたテトは目をパチクリとさせて小首を傾げる。
「えっと……あ! もしかして、私たちの働いている店に来たことあったりします?」
「? そんな覚えはないけど」
「あ……そうですか」
レイラとテトは同じ店でバイトをしている。料理店であるため、注文をとる時にでも見たのかとレイラは思ったが、そもそもリオナは来たことがなかったようだ。
「じゃあどこでこの子を?」
テトの髪はかなり目立つため、あまり人目がつくところは通っていない。今日だって目立たないように帽子を被ってきている。
いったいどこで見たのかとレイラはリオナに質問する。
「実は、その子が大怪我をしていた時、私が治療の手助けをしたの」
「えっ、ちょっとテト、大怪我なんていつしたの!?」
「? テト……?」
リオナの言葉を聞いてレイラはテトに視線を向けるがテト自身は言葉をあまり理解していないせいなのか、今まで自分のことの話をしているとは思ってすらなく、自分の顔を指差して三人に視線を向けた。
レイラがテトと出会った時は既にテトの怪我は治っており、アヒトからもテトと出会った日のことを深く聞いていなかったため、レイラはこの中で誰よりもテトの怪我について驚いてしまった。
「知らなかったの?」
「はい……。この子からはそういった話を何も聞いていなかったので」
リオナの質問にレイラは何も知らなかった自分に落ち込みながら答える。
後で何があったのか訊いてみようとレイラが考えていたその時、観客たちが一際大きな歓声をあげた。
その声でレイラたちは試合の方へ視線を向ける。
どうやら二年の第一試合が終わったようだった。勝利したのは剣士。やはり近接戦では剣を持っている方が有利だったようだ。
『続きまして。一年の第一試合を始めます。対戦するのは……』
そのアナウンスの声が聞こえ、わずかにノイズが入った後、再び声が聞こえた。
『魔術士代表、サラ・マギアンヌさんとロシュッツ・キョウナーさん。そして使役士代表、アリア・エトワールさんとアヒト・ユーザスさん。この二学園が戦います』
それを聞いてテトが席から立ち上がった。
「レイラ! ごしゅじんさまです!」
「うん、わかってる。兄さんの試合は私が責任を持って見届けるわ」
そう言ってレイラは競技場へ入るゲートを強く見つめる。
「あちゃー。サラちゃんいきなり想い人が相手だよ。どうするんだろうね」
アンはいやらしく口元をニヤケさせる。
そして、競技場へと繋がる二つのゲートが石と石が擦れる重い音を立てながら開いていき、その両方からそれぞれの学園を代表する二人が姿を現した。




