第4話 対戦相手となる者は
学園祭当日。
初日は「鮮花祭」といって各学年から二人ずつ選出された生徒がそれぞれ魔術士育成学園と剣士育成学園、使役士育成学園の学年同士で競い合うイベントが行われる。
鮮花祭に出場する生徒たちは気温が低い中、朝早くに集まり馬車に乗って専用の闘技場へと向かう。
別に必ずしも朝早くに集まらなければならないということはないのだが、試合が始まるまでの間に自分の技の調子の確認や戦略を練る時間が必要であるため、ほとんどの生徒たちは早くに集まる。
「うわっ、でっけぇ」
馬車のキャビンに取り付けられている小窓から闘技場を眺めたアヒトは、それが予想していたものよりはるかに巨大な闘技場であったことに思わず声を漏らしていた。
到着するのにもう少しかかるはずなのだが、すでにその外観が遠くからでもわかるのは驚きである。
「当然よ。三つの学園がここに集まるのよ? 観客が多くなることを予想して建てればこれほどにもなるわ」
同乗していたアリアが誇らし気に腕を組んで説明してくる。
「なんでそんなに偉そうなんだよ。君が建てたわけではないだろ?」
「たしかに私は建ててないわ。でも、これを建てるのに私の曽祖父が関わっていたのよ」
それを聞いてアヒトは思わず「ほぉ」と言葉が漏れた。
これほどの大きさの闘技場を誰かが一人で考えたとは思ってはいなかったが、まさかアリアのおじいさんが関わっていたとは思わなかった。さすが貴族の家系ってだけはあるなとアヒトはアリアに感心していると、隣に座っていたベスティアが口を開いた。
「関わってた、それだけ? 結局そいつが建てたわけじゃない」
「んな……!?」
ベスティアのバカにしたような言い方にアリアの頰が引きつる。
確かに、ベスティアの言っていることは間違いではないのだが、尊敬している人物を否定されてはアリアにも思うところがあるのだろう。眉がピクピクと動いている。必死に怒りを抑えてる感じである。
「そ、そそそういえば! あの二人はどうしたんだ?」
アヒトは強引に話を切り替える。
アリアも察してくれたのか、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから口を開く。
「……二人って、リリィとルルゥのこと? あの二人は置いて来たわ。昨日の夕食に少し薬を混ぜたの。今頃はまだ夢の中でしょうね」
「……アリアは彼女たちを雑に扱いすぎじゃないか? せっかくあそこまで仕えてくれてるんだ。もっと優しくしたらどうなんだ?」
「別に頼んでないもの。私にも自由になりたい時だってあるのよ」
「だったら断ればいいんじゃないか?」
アヒトの言葉を聞いたアリアはゆっくりと外の景色へと視線を移し
「……言えるわけ、ないじゃない……」
と小さく言葉を漏らした。
それ以降は会話をすることはなく、静かに馬車の揺れに身を任せて到着を待つのだった。
「到着しました」
御者の言葉を聞いたアヒトたちはキャビンから降りて闘技場を眺める。
向かう途中で見ていた時とは違い、真下から見るとより一層迫力が増して見える。このまま見続けると首が取れてしまいそうだと内心の自分の考えにアヒトは苦笑する。
ちょうど他の学園の馬車も到着したようで、いろんな学年の生徒の姿が見えた。その中にアヒトの見知った顔の人物がいた。
それは、夏休みの間申し訳ないくらい世話になった二人の少女の姿。
一人は栗色の髪をなびかせた魔術士育成学園の生徒。もう一人は宵闇色の髪を頭の後ろで結い上げ、剣士育成学園の制服の上から藤色の羽織を着た生徒である。
「アヒト!?」
「む?」
彼女たちもアヒトの存在に気づいたのか、驚いた表情や嫌そうな表情をそれぞれしながらこちらに歩いてくる。
「やあ、サラ。それにチスイも」
「久しぶりだね。ベスティアちゃんもおはよ」
サラはアヒトに会えて嬉しいのか、満面の笑みで挨拶してくる。
ベスティアはアヒトの背から顔を出してコクリと頷く。
その行動にサラは瞳をキラキラさせてベスティアに近づく。
「にゃ!? よ、よるな! あっち行け」
「えー。なんでー? もっと仲良くしようよ!」
そう言ってじゃれ合う二人を見ながら、チスイもアヒトに近づく。
「ここは強者が集うと聞いていたのだが……私の聞き間違いか?」
「あはは……どうなんだろうな」
「ま、おまえが対戦相手なら遠慮なく叩きのめせるのだから楽ではあるがな」
チスイが言うと冗談に聞こえないから恐ろしいとアヒトは頰を引きつらせる。
この鮮花祭でチスイと戦うことになることは大方予想がついていた。だが、サラもこの鮮花祭の出場者だというのは予想していなかった。やはりサラは魔術に関してかなり優秀なのだと思うと敵対してほしくない存在である。
「そういえば、チスイもこんな朝早くに来るんだな。もう少し後に来ると思ってたぞ」
「ふん、私もこれほど早く来る予定ではなかったのだ。だがサラがな……」
チスイのなんとも言い難い表情にアヒトは大体のことを理解した。チスイのことだ。料理屋の近くをぶらついているところをサラに見つかって強引に連れてこられたのだろう。
「あら? その方たちはいったいどちら様かしら」
アヒトの後ろから優雅に歩いて来たアリアはアヒトに質問する。
「ああ、紹介するよ。サラとチスイだ。見ての通り、彼女たちは魔術士と剣士だ」
「サラです」
「チスイだ」
アヒトの紹介でサラとチスイは頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私、アリア・エトワールと申します。もしかして、彼女たちが合宿の時の仲間だったりするのかしら」
アリアはスカートの端をつまんでお辞儀をする。
貴族礼儀なのか、アヒトと話す時とは話し方が違うことにアヒトは若干の違和感を感じてしまう。
サラもアリアの身分を察したのか、バレない程度に身なりを直している。チスイは身分とかなどは気にしていないようだ。
「あ、ああ。サラは合宿の時に一緒に戦った仲間だ。チスイは夏休みの時に出会ったんだ」
「そう。やっぱり、魔族を倒せるだけあって魔術士さんは優秀な方のようね」
アリアは何かを理解したのか、いたずらな笑みを浮かべながらアヒトに視線を向ける。
十中八九、アリアの考えは不正解なのだが、別に言う必要はないため苦笑いでアヒトは誤魔化すことにした。
「……アリア、さん。アヒトとはどういった関係なんですか?」
何を思ったのか、唐突にサラはアリアに向けて質問した。
一瞬、何を聞かれたのか理解できなかったアリアはサラに呆けた顔を晒してしまい、恥ずかしさに少し顔を赤くする。
それが誤解を生んだのか、サラが目をわずかに大きくしてアリアに一歩距離を詰める。
「こ、答えてください。アヒトとどういう関係なんですか?」
「関係って……そうね、学園の屋上で一緒にお昼を食べた仲ね」
「な……!? い、一緒にって二人きりって事ですか!?」
アリアが言っているのは鮮花祭の説明をアヒトに話したことを言っているのだろう。あの時はベスティアもいたし二人きりっていうのは正しくはないが間違ってもいない。のだが、何かサラに誤解を植え付けてしまっている気がする。
「ええ、そうよ。それと、一緒に汗を流した仲? かしら」
「い、いいいい一緒に汗を……流した……」
一緒に汗を流したかは定かではないが、おそらくアリアの使い魔と対決したことを言っているのだろう。本人はまじめに話しているのだろうが、詳しいことを知らないサラは全く違うことを想像しているようで、顔が真っ赤になってしまっている。今にも頭から煙が上ってきそうである。
「それがどうかしたかしら?」
「い、いえ……特に意味は、ありません」
サラはがくりと肩を落としてチスイの後ろに下がって行く。
チスイは今の会話を全く理解していなかったようでサラの様子を見届けるや否や頭に「?」を浮かべている。
後でサラにはちゃんと説明しておかないといけないなとアヒトは内心思うのだった。
「あ、そういえば、二人のパートナーって誰なんだ?」
先程からサラとチスイのパートナーの姿を見ていないなとふと思ったアヒトは聞いて見ることにした。
「む? ぱぁとなーとは仲間のことであるか? 私の仲間は、たしかデキルという名の男であったな」
「ぐすん……私は、ロシュッツさん。すごくガタイの良い人だったよ」
有名な人であるなら名前を聞けばわかるかもしれないと思ったが、アヒトにとってどちらともまったく聞き覚えのない名前だった。
「そう。デキルさんとロシュッツさんね。どうもありがとう」
なぜかアリアは二人に礼を言った。 そしてアヒトの制服の裾を引っ張るや否や小声で「ちょっと付き合って」と言ってサラたちに背を向けて歩き出した。
「ちょ、おい。すまん、また後でな」
「あ……うん」
「もう会わなくても良い」
サラとチスイがそれぞれ言葉を言うのを背にアリアを追いかける。その後をベスティアがテクテクと付いてくる。
「おい、アリア。どうしたんだよ」
「さっきはいい情報を引き出してくれたわね。感謝するわよ」
「なんのことだ?」
「相手の名前がわかれば、後はその生徒がどんな能力を持っているのかを調べるだけよ。喜びなさい。この試合は勝ったも同然よ」
「どうだろうな」
「どういうことかしら?」
アヒトの言葉にアリアは眉をひそめる。
確かに、相手の能力を調べることができれば試合が始まるまでに対処法の一つや二つは考えられるだろう。アリアなら間違いなくそれができるはずだ。だが
「おれの友人たちは化け物じみてるぞ? 能力を知ったところで勝てるか怪しい」
「そう。なら彼女たちはあなたに任せるわ。魔族を倒したあなたなら、彼女たちを相手にすることくらい余裕でしょ?」
「そ……うだな。ははは」
苦笑いを浮かべながらアヒトはベスティアに視線を向ける。
ベスティアは「任せろ」とでも言うかのように口角をあげて応えていた。
サラは持久戦に持ち込めばなんとかなるかもしれないが、チスイの技は未知数だ。どうしてそこまで自身を持てるのだろうかとアヒトは思い、これから起こる厳しい戦いを考えるとため息しかでなかった。




