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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第13章
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第2話 騒ぎの中心にいた者は

どうやら声の主はバカムのようで、彼はアリアに向けて声を荒げていた。


「もう一度言うわ。持ち場に戻りなさい。あなたの言い分は理解したけど、これはすでに決定した事よ」


「だからって休んでたやつに押し付ける役割じゃねえだろうがッ。俺の使い魔は見せもんじゃねぇんだぞ!」


バカムの謳花祭(おうかさい)での役割は当日午後に開催される予定である、『男子の部・使い魔カッコ良さ選手権』に出場することだったとアヒトは記憶している。


各学年から二人ずつ参加し、それぞれで技を使ったり優れたところをアピールしたりして総合得点が高かった人が優勝といった催しである。


ちなみに女子の部は『使い魔かわいさ選手権』である。内容は男子と大した差はない。


バカムはこの催しに参加しなければならないことに抗議しているのだろう。


「あなたは自分の使い魔の優れているところをみんなに理解して欲しいのだと私は思っていたからこの催しにあなたを選んだのだけれど、違ったかしら。それなら私からも謝るわ。別に悪気を持ってしたことではないもの。けれど、決まってしまったことは変えられないわ。文句を言うなら役割決めの時に出席しなかった過去のあなたに言うことね」


「んだとテメェ!」


バカムがアリアの制服の襟を掴み、テントに設置されているテーブルに派手な音を立てながら押し倒した。


その行動に周りの生徒たちが動揺でざわつき始める。


「あ、兄貴……」


「…………」


アホマルとマヌケントも生徒たちの中にいたようでどうしたらいいのかわからずに動けずにいる。


「……私を攻撃しても、何も変わらないわよ? むしろあなたが不利になるだけ」


周りの生徒たちから見れば、アリアの口調からはバカムに対して一切の恐れを感じていないように思われたが、同じく見ていたアヒトは違った。


バカムに押し倒される直前、アヒトはアリアと目が合った。その瞳からは先程までバカムの勢いに一歩も引かずに話していたとは思えないほど弱々しく、まるで道端にひっそりと咲く一輪の花のように儚く感じた。


そのためアリアが押し倒された時、アヒトの足は自然と前に踏み出していた。


「いっぺんくたばれ、クソ女」


バカムが小声で呟き、拳を振り上げる。


しかし、その拳が振り下ろされる前にアヒトの手に腕を掴まれることで止められた。


「その拳でいったい何をするつもりだったんだ?」


「離せアヒト。あんま善人ぶってると痛い目みんぞ」


「質問に答えてくれ。この拳は何だ?」


アヒトはバカムの腕を掴む手に力を加える。


「……てめぇには関係ねぇだろぉおがッ!」


バカムは空いているもう片方の手でアヒトに向けて拳を突き出した。


アヒトはバカムの腕を掴んだまま体を横にずらして躱し、素早くバカムの背後に回り込んで腕を背中側に引っ張って捻りあげる。


「あがッ……!」


バカムが呻き、体を反らしたのでついでにバカムの両膝裏を蹴って地面に膝をつかせる。


「女の子に手を上げようとするなんて、君は退学になってもいいって言うのか?」


「うっせぇ……そん時はそん時だ。元はと言えばこのクソ女が悪りぃんだからな」


「全てを暴力で解決しようとするのは君の悪い癖だ。違うやり方だってあるんだから」


「黙れ! てめぇは俺の何なんだよ。親でもねぇ奴が俺に指図すんじゃねぇよ!」


「おれは、君のためを思ってーー」


「それが要らねぇつってんだよッ。迷惑だってのが分かんねぇのか? いいからさっさと俺の腕を放しやがれ!」


何を言っても無駄だと判断したアヒトは掴んでいたバカムの腕を解放する。


バカムは腕を抑えながらゆっくりと立ち上がる。


またアリアを襲うかもしれないと思ったアヒトは、念のためアリアを背中に庇いながらバカムを見据える。


「ちっ……せいぜい仲良くやってろ」


バカムは二人を睨みながら言葉を吐き捨て、「どけッ!」と声を上げながら生徒たちの間を抜けて去って行った。


バカムの姿が見えなくなったのを確認したアヒトは安堵の混じった息をそっと吐き、アリアに向き直る。


「大丈夫だったか? 怪我とかしてないよな?」


「え、ええ大丈夫よ。ありがとう、助けてくれて。あなたって強いのね。知らなかった」


アリアは先程のアヒトの技術に未だ驚きを隠せないでいた。


正直、アリアはアヒトに助けに入ってくれるだけで良かったと思っていた。バカムの体格にアヒトでは叶わない、止めに入って怪我をしてもらうことでバカムを教師たちに任せようと考えていたのだが、実際は全く予想していなかった結果だった。


「なに、ただの護身術さ。幼い頃から練習してたってだけの話」


「その練習の積み重ねが今役に立ったじゃない? もしかして、魔族を倒したってのもあながち間違いじゃないのかもしれないわね。まぁ、それも鮮花祭(せんかさい)の時になればはっきりすることよね」


「ははは……」


アリアの独り言にも似た呟きにアヒトは思わずポリポリと頰を掻いた。


「「アリア様‼︎」」


事が終わって去って行く生徒たちの隙間を通ってリリィとルルゥが冷静さを欠いた状態で駆け寄って来た。


「あら、あなたたち。そんなに慌ててどうしたのかしら?」


そう言ったアリアからは先程の弱々しい雰囲気はなくなり、いつもの強気な彼女に戻っていた。


「すみません! あたし達が離れていたせいでアリア様が危ない目に」


リリィとルルゥがほぼ同時に頭を下げる。


「大丈夫よ。学園祭が始まったらこういったトラブル事はもっと増えるだろうから、今のうちに慣れておかないとね。それに、彼が助けてくれたもの」


「え……⁉︎」


アリアの視線がアヒトに向けられたことで、リリィが目を丸くする。


そして、なんとも言えない複雑な表情をしながらもアヒトの方に体を向ける。


「……えっと、礼は言うわ。アリア様を助けてくれてありがと。だけど本来はあんたみたいな下民がアリア様に触れて良いはずがーー」


「はいはい、あなたたち。こっちはもう大丈夫だから持ち場に戻りなさい。まだやる事残ってるんでしょ?」


アリアがリリィの言葉を遮って命令する。


「で、ですが、この男にはもう少し言っておかーー」


「はい」


「ちょっ、ルルゥ!?」


ルルゥは抵抗するリリィを無視して制服を引っ張りながらいそいそとこの場を離れて行った。


「みんなも早く持ち場に戻りなさい。ここは漫才劇場ではないのよ」


アリアが高々に指示を出すと見ていた生徒たちは各々の持ち場へと戻って行った。


それを確認した後、小さくため息を吐いてからアヒトへと視線を向ける。


「ごめんなさいね。さっきもあの子達、主にリリィに絡まれてたでしょ」


「まあな」


いったいどのタイミングで見ていたのだろうか。このお嬢様の周囲への注意力の高さには感心するほかない。

将来、軍の指揮官とかになりそうだとアヒトは思ってしまった。


「あの子はちょっと男嫌いが激しいのよ。あまり気にしないでちょうだい」


「気にしないでって言われてもな。あっちから絡んで来るんだぞ?」


「そうね。私の方からあの子に言っておくわ」


「助かる」そう言おうと思ったが、一人の影がこちらに近づいて来るのが見えたため、アヒトはそちらへと視線を向けた。


「いやはや。見させてもらったよ。君は一年の割にかなり良く動けるようだね」


その人は五十代くらいの男性で、腕を後ろに組みながら歩いて来た。


どことなく威厳のある雰囲気を醸し出している。こんな人物、今まで学園で生活してきて一度も見たことない。


何者なんだとアヒトは思考していると、アリアが急に足を揃えて背筋を伸ばし、緊張した面持ちで口を開いた。


「ご無沙汰しております。ミュートニー学園長」


「が、学園ちょ……!?」


アヒトは背筋に冷や汗が浮かぶのを感じながら直立した。


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