第1話 双子の姉は小難しい
アヒトが鮮花祭に出るかどうかを決めるためだけに行われたアリアとの試合をなんとか勝利という形で終えることができ、これによってアヒトは鮮花祭に出場することが決まった。
別に鮮花祭に出場したかったわけではないのだが、アリアにベスティアの強さを証明するために勝たなければならなかった。その結果として鮮花祭に出場する羽目になったのだが、これも強くなるためには避けては通れない道である。出るからにはきっちりと成果を残すべきだろう。
「よっと……ティア、そっち持ってくれないか?」
「ん……」
あれから数日経ち、学園祭を間近に現在は後半日の謳花祭に向けての準備を行っていた。
アリアと戦ったグラウンドは綺麗に整備されており、今は多くのテントが並んでいる。
謳花祭の出し物としては、学年毎に違っており、そこからさらにグループ分けされている。
アヒトのグループでは「射的」と言う、魔力を込めたゴム製のコルクを手のひらに乗せ、狙った景品にめがけて発射させて当てる催しを行うつもりだ。その景品となる物をベスティアと一緒に運んでいる最中である。
「重くないか? 少し持つぞ」
アヒトは自分と同じくらいの量が詰められた景品の入った箱を抱えて歩くベスティアに語りかける。
「問題ない。これくらい余裕」
ベスティアはそう言うが、アヒトにとっては一人の女の子といった感じだ。いかにアヒトよりベスティアの方が力が上でも気遣わずにはいられない。
「ボサッとしない! 時間は有限なのよ。手が空いてるなら他のグループを手伝いなさい!」
アリアは実行委員に立候補していたようで、アヒトたちの学年に無駄のない指示を生徒たちに飛ばしている。彼女が指揮するならこの学園祭は安全にやり遂げることができそうだとなぜか思えてしまう。
「アリア様はさすがね。指示が完璧すぎて目が離せなくなっちゃう」
「うん……さすが」
アヒトのすぐ近くではリリィとルルゥが周囲の飾り付けを行いながら呟いているのが聞こえてきた。
彼女たちはアリアのそば付き的な存在であるため、本来なら指示を飛ばすアリアの近くにいたいはずなのだが、今回もなんだかんだで厄介払いされてしまったようだ。
彼女たちももう少し食い下がってもいい気がするのだが、アリアの言葉は絶対なのだろう。なんだかかわいそうだとアヒトは思ってしまう。
そんなアヒトの憐れんだ視線に気づいたのか、リリィはアヒトを視界に収めるなり眉間にしわを寄せながらズカズカとアヒトのもとへと近づいて来た。遅れてルルゥもやって来る。
「ちょっと、今あたしの妹のことを下品な目で見てなかった?」
「ま、待ってくれ。そんなわけないだろ」
「嘘よ! 絶対見てた。その汚い目であたしの妹をどうするつもりだったのよ」
「目だけで何ができるって言うんだ。まったく、証拠はあるのか?」
「証拠? ふん、そんなのあたしが見てたっていうことが何よりの証拠よ」
「そんなの証拠にならないだろ!……ティア、君からも何か言ってくれないか? これじゃらちがあかない」
アヒトはベスティアに助けを求める。
たしかにリリィとルルゥのことを見ていたが、下品な目では決してなかったはずだ。なかったと願いたい。そうでなくては、ただでさえ学園に友達がいないというあってはならない危機的状況なのに、これ以上変な噂でも広がってしまっては今後の学園生活に支障が出かねない。
アヒトの視線に気づいたベスティアはこくりと頷き、アヒトとリリィの間に割って入る。
「な、なによ」
ベスティアの力はすでに多くの生徒に知られている。使い魔でもないただの学生であるリリィが敵うはずがないと理解しているはずだ。実際に彼女はわずかに怖気づいていた。
「あひとを悪く言うのは許さない」
ベスティアの言葉にアヒトはさすがだと頷きながら聞く。
「たとえ下品な目を持っていたとしても」
「っておい! 持ってないから! そんな目はないからな!?」
「……そうなの?」
ベスティアがアヒトに向けて小首を傾げる。
「当たり前だ」
ベスティアはアヒトが魔眼かその類の何かを持っていると思ったのだろう。別の世界から来たベスティアはこの世界の魔術についてはあまり詳しくはない。リリィの言葉から誤認しても不思議ではないだろう。
「そ……つまり、貴様が嘘をついていたってこと?」
ベスティアはリリィを睨みながら訊く。
「ふん。あなたは主人のことも知らないの? それともその目はただの節穴?」
「む……私の目はここにある。貴様こそ節穴」
「何ですって?」
ベスティアとリリィはお互いに睨み合う。
そんな様子を見て、アヒトとルルゥは同時にため息を吐いた。
アヒトはルルゥに視線を向けると、ルルゥもこちらを見ていたようで目が合った。しかしすぐにルルゥは視線を逸らしてリリィの背後に隠れてしまった。
「……ダメじゃん」
アヒトがもう一度ため息を吐いていると、ルルゥがリリィの腕を掴んで声をかけていた。
「お、お姉ちゃん。そろそろ戻らないと。こ、こんなところをアリア様に見られたら……た、大変だよ」
「そうだけど、あの男には一発殴られてもらわないとね。アリア様を痛めつけーー」
「ふざけんじゃねえぞゴラァ!」
突然、リリィの言葉を途中で止めさせるほどの怒鳴り声がグラウンドの方から聞こえてきた。
「な、なに!? なんなの?」
リリィはその声の迫力に肩をビクンと跳ねさせ、声のした方向に視線を向ける。
「何かあったみたいだな。行ってみるか?」
「ん」
アヒトは声が聞こえた場所へ向かうべく、ベスティアとともに走り出した。
「あ、ちょっと! 逃げるつもり!?」
背後からはリリィが声を上げていたが、今はこっちの方がアヒトは気になった。
リリィには後で謝っておこうと思いながら、生徒たちの間をかいくぐって向かうのだった。




