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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第12章
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第7話 認めたくない者は

「ばか! やめろ!」


アヒトは走り出すが間に合う距離ではない。


ベスティアもアリアが目の前に出て来たことに目を見開いていたがすでに攻撃の動作に入っているため止めることができない。


アリアは『即死不可』の魔術をかけていない。生身でベスティアの攻撃を受ければただでは済まないだろう。


今この場にいる者の中で一番アリアを救える距離にいるのは間違いなくシナツなのだが、ベスティアとの戦いのダメージが大きいのか上手く体を動かせないでいた。


間に合わない。誰もがそう思ったその時、突如ベスティアの目の前に暗い円形のものが現れた。


「な……!?」


ベスティアは抗うこともできずにその中に入ってしまう。


一瞬、視界が暗くなるがすぐに明るくなり、謎の円形から出たことが理解できた。しかし、抜けた先にベスティアが目にしたのは、後ろにいたはずのアヒトの背中だった。


「へ?……あ」


「うがっ!?」


ベスティアはアヒトの背中にタックルする形となり、そのまま地面に押し倒した。


もちろん、ただのタックルではない。人の速度を超えた速さで突撃されたアヒトは地面に顔面をぶつけるなり、ベスティアを背中に乗せたままグラウンドを何メートルか滑ることとなった。


「あ、あああひと……大丈夫?」


ベスティアがアヒトの背中の上でちょこんと座りながら目を白黒させてアヒトの状態を訊いてくる。


「あ、あぁ……安心、しろ……大丈夫じゃない」


「全然安心できない!」


ベスティアはアヒトの背中を揺するが、返ってくるのは「うぅ、あぁ」といった呻き声だけで起きる様子がない。さらにアヒトの額を中心に赤黒い液体が流れ出てくるのを見てベスティアの顔が青ざめていく。


アリアは自分が助かったことに力が抜け、ぺたんと地面に座り込んで安堵の声を漏らした。


「ありがとうございます、先生。今のは先生の魔術なのですよね?」


アリアがそう言った時、空間に歪みが生じて先程までいなかった場所にグラット先生と同学年の生徒たちの姿が現れた。


「全く、危ないじゃないか。自分が決めたルールはしっかり守らないとダメだろ」


「ごめんなさい。体が動いてしまいましたの」


「この試合はルール違反をしたということでお前の負けになるが、いいな?」


「はい。どの道今の試合は私の負けですもの。それより、彼を何とかしてくださらない? 早くしないと死んでしまいますわよ?」


「ん?」


アリアが指差す方向にグラット先生は視線を向ける。


アヒトが背中にベスティアを乗せながら倒れていた。


「なんてこった! 私としたことが、対象を移動させる座標を間違えるなんて……ユカリ! 頼んだ」


「すぐに治療します」


グラット先生の指示で生徒の陰にいた養護教諭のユカリ先生が救急箱を持ってアヒトのもとへ走って行く。そして辿り着くなりすぐさま治癒魔術をアヒトにかける。


それを心配そうに見つめるベスティアにユカリ先生は安心するように言葉をかける。


「大丈夫よ。私は回復系の魔術を得意としているの。私に治せないものはないわ」


やがて重傷だったアヒトの怪我が回復し、アヒトが閉じていた瞼を開ける。


「うっ……あれ、ユカリ先生?」


「こんにちは、アヒト君。気分はどう? あなたって人は、短い期間で怪我し過ぎよ。これでは長生きできないわよ?」


「ははは、おれもしたくて怪我してるわけじゃないですから」


アヒトは苦笑いを浮かべながら体を起こそうとする。


「待って、傷は完全には治してないわ。頭に包帯は任せてね。数日で治るようにまで回復させてあるから心配は要らないわ」


「ありがとうございます」


アヒトはユカリ先生に礼を言うと、ベスティアが心配そうにこちらを見ていることに気づいた。


「やあ、ティア。いい勝負だったな。どこか痛いところはあるか?」


「んん。私は大丈夫。それよりも、あひとが心配だった」


「おれは大丈夫さ。ほら、この程度で済んでる」


アヒトは自分の頭を指差してニヤリと笑う。


「こら、私がいなかったら危なかったんだから、軽く思わないことよ」


「あ、はい。すみません」


ユカリ先生が腰に手を当ててお叱りモードに入ったのでアヒトは素直にかしこまる。


「あれ? 今思ったんですけど、なんでユカリ先生がここに?……それに……なんかめっちゃ人いるくね?」


アヒトは周囲を見渡して先程までいなかったはずの生徒たちやグラット先生の姿を見て驚いた。


アリアと戦う前までは人の気配すら感じなかった。戦いの途中で来た様子もなかった。ではどうやって現れたのか。答えはユカリ先生の口から出された。


「結界よ。彼、グラット先生は空間系の魔術を得意としているの。アヒト君がこの学園の門を潜った時からすでに結界が張られていたわ」


ベスティアが何も言ってこなかったということは彼女も気付いていなかったのだろう。グラット先生の結界魔術はかなり優れたもののようだ。


アヒトとアリアに万が一のことでも起こらないようにこっそり観ていたのだろう。だが、他の生徒たちがなぜここにいるのかはアヒトには理解できなかった。


すると、アリアが生徒たちに向けて声をかけた。


「どうかしら。彼は鮮花祭に出るべき人物だと私は思うわ」


アリアの言葉に生徒たちがざわざわと隣の生徒と話し合ったりしている。


そしてアヒトはアリアが何をしたかったのかをようやく理解した。


おそらく、アリアはアヒトのプライドをズタズタにするべくアヒトがいない間に生徒たちに声をかけていたのだろう。そしてその証明者としてグラット先生を選んだ。


たとえアリアが負けたとしてもアヒトを鮮花祭に出場させるべき人物だと納得してもらうこともできるだろう。


「異論はあるかしら……ないのなら、彼が出場するということでいいのね?」


「待てよ」


アリアがその場で決定しようとしたところで生徒たちとは少し離れた場所にいたバカムが声をかけた。


休日だというのにバカムが学園に来ているということにアヒトは少し驚いたが、試合をするという話に興味があったのだろう。よく来てくれたものだ。


「何かしら」


「おめえがわざと負けたっていう可能性があるじゃねえか。実際におめえはルール違反で負けている」


「そうね。たしかに私は反則負けをしたわ。でもそれをしなくても負けていたと私は思っているわ。あなたたちの目から見てもそう思わなかった?」


アリアの言葉に多くの生徒たちが肯定の頷きを返す。


「へっ、どうせおめえがヘマやらかしただけだろ。それか、おめえの使い魔があの亜人より圧倒的に弱かったってことだ」


「あなた、本気で言ってる?」


アリアはゆっくりと近づいて来ているバカムをキッと睨みつけるが、それはわずかの間だけですぐに呆れた溜息に変わり、アリアは髪を払う仕草をする。


「お言葉ですが、使い魔を召喚した翌日の能力把握試合。あなたはそこでアヒトに負けたことを覚えているかしら」


「……それがなんだってんだよ」


バカムは一瞬足を止め、アリアを睨みつける。だが、アリアは臆することなく話し続ける。


「もし私の使い魔がアヒトの使い魔より圧倒的に弱いとしたら、同じく負けたあなたの使い魔も圧倒的に弱いということになるのだけど。そうだとしたら、最強種と言われるドラゴンも大したことないのね」


「んだとてめえ! もっかい言ってみろゴラッ」


バカムがアリアに掴みかかろうと距離を詰めた時


「そこまでだ!」


グラット先生が止めに入った。そして生徒たちに言い聞かせるようにゆっくりとした口調で話し出す。


「私は、アヒト君とその使い魔が弱いとは決して思わない」


「おい、先生。あんたもこの女に味方すんのか?」


バカムは今にも殴るのではないかというほど握る拳に力が入る。


「バカム君とアヒト君の試合は私が実際に見ていて結果も分かっている」


「あれは偶然あいつが勝てたってだけだ!」


「偶然? なら、合同合宿で魔族に勝った時のことはどう説明する?」


「そ、それは……他の学園のやつのおかげで勝てたんだろ」


「残念だがそれはない。あの時魔族の死体と思われる場所の近くに立っていたのはアヒト君の使い魔だけだった」


それを聞いてバカムとアリアは同時に目を丸くした。


「そうだったのですか?」


思わずアリアはグラット先生に聞き返していた。てっきりアリアはパーティを組んでいた剣士と魔術士の力を借りて何とか勝つことができたものだと思っていた。


「そうだ。しかも、あの時アヒト君のパーティには剣士がいなかったんだ。圧倒的に戦力が足りていない状態で戦い、アヒト君と魔術士の女の子は倒れ、残った彼女が一人で魔族を倒したのだと私は推測している」


グラット先生の言葉を聞いて、アリアは無意識にアヒトの方へ視線を向けていた。


今の話が全て真実なら、なんて酷いことを言ってしまったのだろうとアリアは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。もし、相手に何の証拠もなく憶測だけで自分が体験したことを言われた時、アリアはおそらく自分を抑えることはできないだろう。そう思うとあの屋上での時、ベスティアが怒ったこともアリアには理解できなくもなかった。


「……ちっ、分ったよ。あの亜人ができるやつってことは認めてやる。けどよ、先生。俺はこの女が出場できるとは思えねえぞ」


バカムはアリアを指差して抗議する。


「俺の方がこの女より強いに決まってんだろ。何でこの女なんだよ?」


「それはこの鮮花祭で組めるペアは男女一人づつだからだ。昨年までは男子二人の出場も認められていたが、それでは女子に花を持たせることが圧倒的に低くなってしまっていてね。今年からは男女の出場が絶対になったんだ」


ギリっとバカムが強く歯噛みする。


「ああ、そうかよ」


それだけ言ってバカムはこの場を去って行く。


「バカム君!」


「放っておきましょう先生。一人で冷静にさせたほうが良いこともあります」


グラット先生が去って行くバカムを追いかけようとするのをアリアが止めて、静かに見送る。


去り際にバカムはアヒトに視線を向けるが、彼は気づくことなく、ベスティアと笑みを浮かべて会話していた。


「……調子に乗るなよクソが」


そう呟いたバカムは学園を出るまで一度も振り返ることなく去って行くのだった。


そして、バカムが去ったことによってアリアの意見に異論を求める生徒はいなくなり、結果的に鮮花祭に出場する生徒としてアヒトとアリアが選ばれることとなった。


「みんなありがとう。鮮花祭、精一杯頑張るわ」


アリアが生徒たちに感謝の言葉を送る。


「さすがです、アリア様! おめでとうございます」


「おめでとうございます!」


リリィとルルゥも生徒たちの中から祝いの言葉を送ってくる。


それに笑顔で応えていると、肩にちょんっとシナツが飛び乗ってくる。体にあった傷は養護教諭の女性に治してもらったのかとても綺麗な毛並みをしている。


「シナツもご苦労様」


「キュイ」


アリアはシナツのあご裏を指で掻いてあげた後左手を前に出して地面に魔方陣を出す。


シナツはその中に何のためらいもなく飛び込み、姿を消した。


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