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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第12章
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第1話 少年のもとに新たな訪問者

レイラがアヒトのもとを訪れた日から二週間が過ぎた。


夏が終わったせいなのか肌に当たる風がどこか冷たく感じられる。これが秋の風なのかと思うと一年が経つのが早いとアヒトは憂鬱気味に感じていた。


アヒト自身、夏休みまでの出来事は今までにないイベント事ばかりで、それはアヒトにとって決して悪いものではなく、むしろ全てがいい思い出となっている。何度か死にかけているというのに気楽なものだなとアヒトは教室の窓から澄んだ空を眺めながら思っていると


「アヒト君。アヒト・ユーザス君!」


「あ、はい!」


グラット先生の呼びかけに席を立ちながら答える。


何気なく外を眺めていたが、今は授業中であることをすっかり忘れていた。グラット先生が目を細めながら口を開く。


「私の授業はつまらないか?」


「はい……じゃなくて、いえ。そんなことは」


「今『はい』って言ったよな!? 先生すごく傷ついたんだが?」


グラット先生の授業のところはアヒトが学園に入る前に勉強していたところであるために退屈だったとは自分からは言えなかったが、質問されてしまってはついつい本音が口から出てきてしまった。


グラット先生が口元をピクピクと引きつらせながら笑顔でアヒトを見てくる。


手に持つ教科書にシワが寄っていることから怒りゲージが爆発寸前である。


「すみません。この辺りはすでに勉強していたので」


とりあえず、本音がバレてしまっているのでアヒトは正直に話をすると、グラット先生は教科書を教卓の上にゆっくりと置いて溜息を吐いた。


「……じゃあアヒト君には使い魔への追加能力付与について説明してもらおうか」


グラット先生の目がキラッと光る。これは答えられないだろうとグラット先生が口元に笑みを浮かべていると、アヒトは「そんなことでいいのか?」と言いたげに首を傾げた。


グラット先生の浮かべていた笑みが引きつったものに変わる。


「はい。使い魔である魔物は同じ属性の魔術を一定間隔で受け続けると、まれに現在使える能力とは別の能力の魔法を覚えることがあります」


アヒトの言葉に教室にいた生徒たちから驚きと混乱の混じったどよめきが起こる。まだ教わってもいないことを簡単に言ってのけたことやそもそもそんなことをなぜすぐに教えてくれなかったのかといった感情を抱いているのだろう。


しかし、説明はまだ終わってはいない。


「……その通りだ。続けてくれ」


グラット先生は教卓に肘をついて額に手を添えている。完全に敗北したといったポーズである。


グラット先生の言葉でアヒトは説明を再開する。


「しかし、これを行うにはわざと自分の使い魔に同じ攻撃を受けてもらわなくてはなりません。それは使い魔を最も死に近づける行為であり、つまり失敗する可能性が高いということになります」


アヒトが一息ついた時、グラット先生が手で制して言葉を止めさせる。


「もういい。着席しろ。後は私が説明する」


その言葉を聞いてアヒトはゆっくりと息を吐いてから着席する。が、着席してもアヒトに向けられていた視線が減らないことにアヒトは気づき、辺りを見渡す。


その視線はクラスメイトたちのものであり、各々から畏怖や怪訝な視線が向けられている。まるでアヒトのことを見たことない生物を見たような視線である。


「ほら授業に集中しろー。アヒト君の言う通り、使い魔への追加能力付与は危険が伴う。たとえ成功したとしても使い魔との信頼関係に支障が出るだろう。隷属の首輪をしていてもそれだけはどうにもならないはずだ」


グラット先生が授業を進めると視線はだいぶ減ったが、それでも時折チラチラとアヒトに視線を向けてくる。


「ちっ、そんなことまで知ってるのかよ。どこまで優等生なんだあいつは」


アヒトに視線を向ける生徒の中の一人であったバカムは小さく舌打ちをし、ボソッと呟いた。


そんな突き刺さるような視線にアヒトは苦笑いを浮かべていると背後から制服の裾を軽く二、三回引っ張られた。


「ん? どうしたティア」


アヒトの後ろに座っていたベスティアは身を乗り出すようにしてアヒトの制服を引っ張っていた。


「ほんとに魔法を覚えられるの?」


「ああ、おそらくな。さすがに試したことはないが、いくつかの文献にはそう書いてあった」


「ならッーー」


「ティア。この方法は魔物でしか実証されていない。それにおれがティアをわざわざ死ぬかもしれないようなことをさせると思うか?」


少しでも強くなれるならとベスティアは考えたのだろうがアヒトはそんなことは決してさせない。強くなる方法は他にもあるはずである。


しかしベスティアはアヒトの言葉に納得がいかないのかムスッとした表情をしている。


「そう焦らなくてもいいんじゃないか? おれは今でも十分にティアは強いと思っているぞ」


アヒトはニカッと笑みをつくり、ベスティアを慰めるように頭をわしゃわしゃと撫でた。


「むぅ……それでも私はまだまだ弱い」


ベスティアは頰を膨らませているが、頭を撫でられてくすぐったいのか三角の耳をピクピクと動かし、それでも手を払いのけることはせずに視線を逸らしてふてくされているようにアヒトに見せる。ただし尻尾は左右に揺れている。


「こらそこ。使い魔との信頼関係を結ぶことは良いことだが、そういったことは授業外でやってくれ」


グラット先生がアヒトに向けて注意の言葉をかけると、ベスティアがアヒトに気づかれないようにキッとグラット先生を睨みつける。


「うっ……え、ええとだな……」


ベスティアの鋭い視線に怖気付いたグラット先生は視線を逸らしながら頰を掻いた。


ちょうどその時に授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。


「おっといかん。もうこんな時間か。お前らに言い忘れていたことがある。二ヶ月後に学園祭が行われる予定だ。学園祭には鮮花祭と謳花祭の二つに分けられている。それぞれの催し物や役割といったことを決めなければならないから近々話をする時間を作るつもりだ。みんな考えておいてくれ」


そう言ってグラット先生はベスティアの視線から逃げるように教室から出て行った。


グラット先生が去った途端に教室の中が喧騒で溢れかえる。多くの生徒が二ヶ月後に行われる学園祭のことが気になっているようだ。


「鮮花祭、か……いったいどんな意味でこんな名前にしたんだろうな」


アヒトが椅子にもたれながら呟く。


「どーせてきとー」


アヒトの呟きにベスティアが机に顔を伏せて寝る体勢をとりながら律儀に応えてくれる。


友達のいないアヒトにとって誰かが応えてくれるというのは嬉しいことである。


そんなベスティアにアヒトは内心で感謝の気持ちを伝えていると、アヒトのもとへ近づいて来る者がいた。


「ちょっといいかしら」


アヒトは声のした方向に視線を向ける。


「君は……?」


そこには決して染料で染めてできる髪色ではない、美しい金髪をハーフツインに結い上げた白磁器のような白い肌の少女が二人の友人らしい生徒を連れて立っていた。


「ちょっと! 同じ学年であるにもかかわらず、アリア様のことを知らないっていうの?」


「知らないっていうの?」


アリア様と呼ばれた少女の後ろにいた友人らしき二人がアヒトを睨みつけて声を荒げる。しかし友人らしき二人を連れたアリアは片手を挙げて制し、口を開く。


「二人とも落ち着きなさい。あなたと話すのは今回が初めてね。アヒト・ユーザス」


アリアはアヒトと同じ一学年の生徒である。顔は何度か見かけたことはあったが話しかけたこともなかったため名前など知らなかった。アリアの後ろにいる二人がアリアのことを「アリア様」と呼んでいることから、おそらく貴族の令嬢か何かだろうとアヒトは思った。


「どうも。君という人がなんでおれなんかに声を?」


「なぜも何も、あなたは合宿の時に魔族を打ち倒した人物。そして先程披露した知識力。少し興味を抱いたの」


夏休みにいろいろありすぎたせいでほとんど忘れていたが、アヒトは夏休み前の試験合宿で魔族と対決して倒している。ということになっている。実際は謎の女性が魔族を瞬殺したのだが、その女性本人が他言するなと言っていたためにアヒトが倒したという事実になっている。


「普段はあんたのような下民の名前すら眼中にないアリア様よ。興味を抱かれてありがたく思いなさい!」


「思いなさい!」


アリアの後ろにいた二人が誇らしげに胸を張って言ってくる。


「は、はあ。ところで後ろの二人は?」


アヒトはアリアに向けて訊くと、アリアは目を丸くし、信じられないと言ったような表情になる。


「あなた、本当に生徒の顔を認識していないの? リリィとルルゥよ。ルルゥはあまり話さない子だから何かあった時はリリィに声をかけなさい」


「へぇ……」


普段、学園が終わるとすぐに帰っており、且つ学園内での昼食時はベスティア以外誰も一緒に食べる人がいなかった(主にベスティアがアヒトに気づかれないように威嚇の視線を周囲に振り撒いていた)ため、教室内の生徒を全くもって認識していなかった。


それに教室に何人いるのかすらわからない程多い生徒の顔と名前をいちいち把握するなど不可能に近い。


アヒトはルルゥの方に視線を向ける。


ルルゥはビクッと肩を跳ねさせてアリアの後ろに隠れてしまった。口数が少ないというより、人見知りか何かなのだろうとアヒトは思った。


「そのリリィとルルゥだけど、二人ともかなりそっくりだけど双子だったりするのか?」


「なによあんた。双子だったらいけないっての、あぁ?」


「いけないっての、あ……あぁ?」


「いやそんなことないけど……」


リリィの言い方では完全に不良少年のそれである。決して女の子が使っていい言葉遣いではない。リリィの行動を真似して態度を大きく見せているルルゥもなかなかではあるが、ルルゥはおそらくこれで人見知りをカバーしているのだろう。


「リリィ。あまり彼を威嚇するのはやめなさい」


「し、しかしアリア様ーー」


「私と彼の話を邪魔するつもり?」


「い、いえそんなことは」


アリアの言葉でリリィは視線をさまよわせて口を紡ぐ。


「あなたもよ、ルルゥ。少しは自分で考えて行動しなさい」


「……はい」


ルルゥは顔を俯かせてそれっきり口を閉ざしてしまった。


そして、ようやく会話ができることにアリアはホッと一息ついてアヒトに向き直る。


「うちの二人が迷惑かけたわね」


「大丈夫さ。もっと酷い言葉を言ってくる女の子を知っているし、なんならだいぶ慣れてきてる」


アヒトは藤色の羽織を着た少女が腕を組んで罵詈雑言の嵐を浴びせてくる姿を想像して苦笑いを浮かべる。


アヒト自身、嫌われるようなことをした覚えは一切ないのだが、チスイといいレイラといい、なぜアヒトの周りには酷い言葉をかけてくる者しかいないのだろうか。


「それで? おれに話って何かな?」


アヒトは自分を嫌う少女たちがいることはもう割り切るしかないと思い、とりあえずアリアの話を聞くことにした。


「学園祭のことよ。少し耳にしたのだけれど、鮮花祭は他学園との祭りになるそうよ」


「また他の学園と一緒になるのか」


合宿の時もそうだが、なにかと合同にしたがる学園になぜ一つの学園にまとめなかったのかという疑問を感じるが、おそらく生徒同士のいざこざが起きないように配慮してのことなのだろう。


「そのようね。それでその内容なのだけど、昨年の学園祭と同じなら、他学園との対戦試合が鮮花祭の内容よ」


「他の学園との対戦試合? どういうことなんだ?」


アヒトたちが通う使役士育成学園や剣士育成学園、魔術士育成学園は実戦を想定して教えを説いている。そのため、合宿の時のような他学園との合同となると、剣士、魔術士、使役士の三名がパーティを組むことになるはずである。それが実戦での組み合わせに一番近いからである。


だがアリアの話を聞く限り、実戦に最適のパーティを組んで対戦するのではないようだ。


「鮮花祭では学園同士の試合になるってことよ。試合形式は二対二。それでね、もしよければ私とペアを組んでくれないかしら」


「君とおれがペアを?」


「ええそうよ」


鮮花祭の他学園との試合に必ず出場しなければならない場合、友達のいないアヒトは必ず一人になってしまう。アリアからペアを組みたいと言ってきてるのならアヒトにとってありがたい話である。


「そうだな。特に組みたい相手はいないから、君とペアを組むことにするよ」


アヒトは軽く首を縦に振って了承した。


「感謝するわ。それで鮮花祭なんだけど……」


アリアが話を続けようとした時、次の授業が始まる鐘が鳴り響いた。


「もう時間なのね。この話はまた後の時間にしましょう、アヒト・ユーザス」


そう言ってアリアはくるっと踵を返し、リリィとルルゥを連れて自分の席へ向かおうとしたが、「あっ」という言葉とともに再びアヒトの元に向き直った。


「今日のお昼は空いてるかしら」


「ん? ああ、特に誰かと食べる予定はないな」


「そう。ならお昼にもう一度鮮花祭について、私が知る限りの詳しい話をするわ」


「わかった」


「それじゃ、失礼するわね」


そう言ってアリアは今度こそ自分の席へ戻っていった。


途中、リリィがアヒトの方に視線を向けて口を横に大きく開いて「いい〜っだ」といった表情をして自分の席に戻って行った。そしてルルゥはリリィとアヒトを交互に見た後、リリィを真似て、少し恥ずかしげに同じ表情をアヒトに向けた後、逃げるように自分の席に戻っていった。


「ふぅ〜。なんだか忙しくなりそうだな」


アヒトは賑やかになりそうなお昼を楽しみに次の授業の準備をするのだった。


最近小説書く時間の余裕がなくなってきちゃいました。

まだまだ完結する感じがしない話なのに辛いです。

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