第4話 亜人娘の住む場所は その2
「……なるほど。イレギュラーな亜人か」
「はい。いかがなさいますか、学長」
グラット先生は学長室で今日の出来事を報告していた。
「そうだな……ひとまず様子見してみようではないか」
「わかりました。ではそのように」
グラット先生は一礼して学長室を後にした。
「ふんっ、これも神の思し召しというのか……」
一人になった学長は自分の机の引き出しから紫色の石を取り出した。
「怪しい芽は事が起こる前に摘んでおくべきか」
学長は目を閉じ、しばらくすると石が発光しだした。
「私だ……」
静かな部屋の中で学長は何かを話し始めるのだった。
その頃、寮に帰ったアヒトとベスティアは夕食を共にしていた。
「……ガツガツ……もぐもぐ」
アヒトが作った料理をベスティアが口いっぱいにしていた。
「おいおい、そんなに焦って食べることもないだろ。ゆっくり食べろよ。飯は逃げないんだから」
ベスティアは次々に料理を口に入れていくためリスのように頬が膨らんでいる。
「……焦ってない。もぐもぐ……これが私の普通、それだけ」
まったく手を休めることをしないベスティアにアヒトは呆れるしかなかった。
「おれ、料理には結構自身があるんだわ。どうだ、うまいか?」
「……もぐもぐ……まずくはない……ガツガツ……これくらいの料理、誰でも作れる」
「ふーん」
かなり低評価をつけられたが、ベスティアの尻尾は先ほどから左右に揺れまくっている。気に入ってもらえたようだ。
アヒトがそう思っているとベスティアは料理を食べ終えたようだ。
「……じー……」
ベスティアの速すぎる食事に驚いていたアヒトは自分の料理に手がついていなかった。
ベスティアの視線がアヒトの料理に注がれている。
「えっと……食べるか?」
そう言ってアヒトは自分の料理をベスティアに差し出した。
ベスティアはものすごい速さでアヒトの料理を奪い、胃の中に収めていく。
その光景を見たアヒトはベスティアの小さな体のどこにそれだけの料理がはいっているのかとぽかんと口を開けて固まった。
アヒトは両親に生活費を増やしてもらおうかと頭によぎらせた。
「……おかわり」
「は?」
「……おかわり」
「まだ食べるのかよ⁉お代わりなんてねえに決まってんだろ!」
「……むぅ」
「今日のところは我慢してくれ。ティアがそんなに食べるとは思っていなかったんだ」
これは本気で生活費を増やしてもらうべきだとアヒトは思うのだった。
食事を終え、アヒトが食器を洗っている間にベスティアを風呂に入るようにアヒトは言った。命令されたのが嫌だったのかしばらくアヒトを睨み続けていたが、睨みつけるのも飽きたのかおもむろに立ち上がって渋々風呂場に向かっていった。
そして、食器を洗い終えたアヒトは浴室から聞こえるシャワーの音を耳にしながらベスティアのことを考えていた。
「あいつの世界へ帰すことは当分無理だろうし、せめてあいつの居場所だけでも作ってやらなくちゃな」
幸い、隷属の首輪はまだ使っていない。そのため適当な魔物をテイムさせることができれば、あとは使い魔の行動範囲を広げてあげることでベスティアを自由にさせてあげられる。
しかし、アヒトには魔族を倒すという目標がある。そのためテイムさせる魔物はある程度強くてはならない。
「今のおれじゃあ、返り討ちにされちまうだろうな」
アヒトがある程度強くなるまでベスティアには助けてもらわなければならないと思うと、アヒトはベスティアに申し訳なさを感じてしまっていた。
アヒトがベスティアについて考えていると浴室の扉を開く音が聞こえた。アヒトはひとまずベスティアについての考えを頭の片隅に追いた。
「おう。湯加減はどうだっ……た……ッ」
アヒトはベスティアを見て固まった。
そこにはアヒトの制服のシャツ一枚だけ着た姿のベスティアがいた。風呂から上がったばかりのためベスティアの頬はまだ少し火照っていた。さらに湯気でシャツが肌に張り付いており、少しベスティアの色が浮かび上がっている。思春期真っただ中のアヒトにとって今のベスティアはとても危険である。
「……どうかした?この服借りたけど、勝手に……だめだった?」
服のサイズが合っていないため、ワンピースみたいになっている。
おそらく下着も一着しかもっていないだろうから今のベスティアは裸の上にシャツを一着着ているだけの状態である。
「い、いやなんでもないし、全然使ってもらっても大丈夫さ……お、おれは、風呂は明日の朝入ることにするよ。てことでもう寝るね」
「え、ちょ……」
そう言ったアヒトは布団に潜り込んでしまった。
アヒトはベスティアに背を向け、目を閉じながら何も考えないように唱えていると、ふと明かりが消え、アヒトの背中にぬくもりを感じた。
「――ッ⁉てぃ、ティアさん⁉何をしているのですか⁉」
アヒトはベスティアに対して思わず敬語になってしまった。
「…………き、貴様が私の布団を用意しにゃいのが悪い」
そういえばベスティアのことを考えすぎていたせいで布団を用意するのを忘れていた。
「だ、だからっておれの布団に入ることはないだろ」
「私を凍え死にさせたいの?」
季節はまだ春。夜はまだ少し肌寒いころである。
「うぅ~……私だって、にゃんでこんにゃやつと一緒に……」
お互いに背中を向けあいながら寝そべること数分、ふとアヒトは疑問に思ったことを口にした。
「そういえばティアは何の亜人なんだ?耳とか時々出るしゃべり方を聞くにネコっぽいけど、尻尾がネコっぽくないよな。どちらかというとキツネやイヌみたいだ」
その質問にビクッと肩をはねさせたベスティアだがすぐに答えてくれた。
「……実は、私は混血種の亜人。私の中、ネコとオオカミの血が流れている。私の世界の亜人は種族によってしゃべり方違う。……会話の中で、イヌならワン、ネコならニャーといった感じ」
アヒトはベスティアの話を静かに聞くことにした。
「私の時々出るしゃべり方、ほぼ呪いみたいなもの。……感情が高ぶったり、動揺したりすると抑えていた素の口調がでてしまう。私は自分の口調が嫌い。だから感情が表に出ないように抑えてきた」
彼女のあまり変わらない表情はこれが理由なのかとアヒトは思った。
「ティアの素の口調、おれは好きだぞ」
アヒトの言葉を聞いたベスティアの肩が少し震えた気がした。
「……ありがとう。貴様は、やさしい」
その言葉をどんな表情で言っていたかなどアヒトには知る由もない。
気が楽になったのだろう。すぐにベスティアの柔らかな寝息が聞こえ始めた。
「おやすみ、ティア」
アヒトはそれだけを言って、眠りにつくのだった。
これでこの章は終わりです。ここまで読んでくださった人には感謝しかないですね。
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