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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第11章
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第1話 再び始まる学園生活

アヒトたちのいろいろあった夏休みが終わるということで、ひとまず冒険者としての活動を休みとし、これから始まる学園の二学期の勉学に取り組むことになった。


夏休みの間だけ行動を共にしていたチスイとはこれで解散となる。はずだったのだが、チスイが何やら「勝負はまだついていない」とのことで暇がある日はこれからも行動を共にするようだ。


これにはアヒトはかなり嬉しく思っていた。数日前の外界の森で起きたチスイの本気バトルには目を見張るものがあり、その強さは手放したくないと思ってしまっていたからだ。少々アヒトに対する態度が未だに刺々しいのは目を瞑るしかない。


そして、テトはというと。


キマエラとの戦闘以降、ベスティアとの仲がさらに良くなった。どこに行ってもまるで子犬のようにベスティアにくっついて行動している。さらに、夏休みが終わるまでのこの数日間でテトはかなりの言葉を理解できるようになった。さすがに読み書きはできないが、教えたことは素直に聞き入れてくれる賢い子だ。


最近は掃除や洗濯といった身の回りのことを手伝ってくれるようになり、今までアヒトが一人でやっていたためとても助かっている。ただ出てきた飯を食べて寝るだけのベスティアよりテトは優秀な少女である。しかしそんなことを一言でも口にしてしまえばベスティアによってアヒトの首が胴体から仲違いしそうなのであまり意識しないようにしている。


そうして夏休みが終わるまでの残りの日をベスティアとテトの二人と楽しく過ごして学園二学期の初日を迎えたのであった。


「や! テト行く!」


「でもなテト。君の見ためは人間の少女だ。学園側が中に入れてくれないと思うぞ」


現在アヒトとベスティアが学園に向かうということでテトを留守番させようとしていたところなのだが、テトが駄々をこねてしまっていた。


「テト行く! いくいくいくいくいくいくいくいーく!」


テトがアヒトの体にしがみついて連呼する。


アヒトがどうしたものかと頭を掻いていると、ベスティアが口を開いた。


「連れて行こ」


「ティア?」


「テトを連れてく。一人にさせるのは可愛そう」


たしかに、見た目少女を一人で寮に置いて行くことに心許ないのはアヒトも同じなのだが、学園に連れて行くことができない以上置いて行くしかない。


テトが潤んだ瞳でアヒトを見上げてくる。


「うっ……あーもうわかったよ!」


そんな目で見られたら断れるわけがない。


「きゃはっ」


アヒトの了承を聞いて、テトは両手を広げてアヒトの周りを何度も走り回る。


「はぁ……あとでグラット先生に頼んでみるか」


困ったらとりあえずグラット先生。あの人なら何とかしてくれそうだとアヒトは勝手に思いこみながらベスティアとテトを連れて学園に向かうべく寮を出る。


その道中、アヒトは正面を歩く見知った男三人組を見つけた。


「ああ? よおアヒト。久しぶりだな」


男三人組のうちの一人、赤みがかった茶髪の男----バカムが後ろを歩くアヒトに気づいて声をかけてきた。


「ああ、久しぶりだ……な?……」


アヒトはバカムに挨拶をしようとしたが、バカムが右腕にギプスをつけて布を首に回して固定して腕を吊っていることに気づいて変な挨拶になってしまった。


「あ? んだよ。人をジロジロ見やがって気持ち悪ぃな」


普段より不機嫌なバカムにアヒトは頰を引きつりながら答える。


「ど、どうしたんだ?その腕。それにアホマルなんて松葉杖じゃないか」


アホマルは首にネックロックをはめており、片足をギプスで固定して松葉杖をついて歩いていた。唯一どこも怪我が見られないのはマヌケントだけである。


「どうしたもこうしたもないっすよ。夏休みにアームレスリングをしたらこのざまっすよ。全くなんなんすかあの女は……」


「ヤっちまいましょう兄貴……」


アホマルがアヒトの質問に答え、マヌケントが慰めるように肩に手を添える。


いったい何をしたらアームレスリングで首や足を傷めるということが起こるのだろうか。そんな競技ではなかったはずだとアヒトは記憶していたのだが、いかんせん、アヒトはアームレスリングという競技をやったことがなかったため何も言えなかった。


「……あーむれ?」


アヒトの後ろからテトがひょこっと顔を出してまだ聞いたことのない単語を口にする。


「あ?なんだそいつ」


「子どもっすね」


「ヤっちまいましょう兄貴」


バカム、アホマル、マヌケントの視線がテトに注がれる。


----うん、とりあえずマヌケントはあとでぶん殴っておく


テトが変に言葉を覚えてしまったら一生恨むという笑顔でマヌケントに視線を向ける。


するとその視線に気がついたのか、マヌケントはギョッと目を開いて視線を明後日の方向に向ける。ついでに口笛まで吹き始めた。


「何やってるんすかマヌケント。それよりその子ども、アヒトの使い魔にそっくりじゃないっすか兄貴」


「たしかに……」


バカムとアホマルはベスティアとテトを交互に何度も視線を移し、最後にアヒトに視線を移した。そして、同時に言葉を紡ぐ。


「ヤったのか?」

「ヤったんすか?」


「なっ!? そんなわけないだろ!」


アヒトがとっさに否定するも信じていないのか、バカムとアホマルの目が訝しんだものになる。


「よく考えてみろ! たとえヤったんだとしても成長するのが早すぎるだろ。夏休みの間ならまだ産まれてすらいないと思うぞ」


アヒトがベスティアとティアに聞こえないようにバカムとアホマルの肩に腕を回して円陣のようになり、小声で話す。


「そ、そうだな……」


「確かにその通りっす」


アヒトは二人の頷きを見てホッと胸をなでおろすのも束の間、アホマルが口を開く。


「けど、人間とは少し違う亜人なら早くても不思議では……ぐひぇあッ!」


アホマルが全てを言い終える前に高速で飛来したベスティアの蹴りによって、アホマルは体を回転させながら吹っ飛び、石造りの壁にめり込んで行った。


バカムはアホマルが飛んで行った方向を見ながら目を見開き、口を半開きの状態にして固まる。


スタッとアヒトとバカムの間に着地するベスティア。そして鋭い視線でバカムを睨みつける。


バカムの背筋に冷たい汗が伝う。


「お、落ち着け。俺はお前に何もしねえから。ほ、本当だ」


バカムは片手を前に出してどうどうとベスティアをなだめるような動きをする。


完全に上下関係が構築された瞬間である。


どっちが上?そんなこと言わずもがな、ベスティアである。


「ティアお姉ちゃん、かっこい……ふぐっ!?」


「テト、その言葉は今使う言葉じゃない」


「んんー?」


アヒトはテトの口を塞いで言葉を止めさせる。


そしてバカムを睨みつけていたベスティアはプイッとそっぽを向いて学園の方向へ歩き出した。


「お、おいティア」


アヒトはベスティアを追いかけて歩き出す。その後ろをテトがちょこちょことついていく。


「ティア、待ってくれ」


そう呼びかけるも足を止めないベスティア。おそらく先ほどの会話がベスティアには聞こえていたのだろう。初めは何を言っているのかわからなくても、「産む」という単語が聞こえてしまっては理解せざるおえない。


そしてアホマルの勘違いにも甚だしい発言によってベスティアは思わず脚が出ていた。亜人に対する偏見がベスティアの癪に障ったのだ。


亜人も人間も生殖活動を終えて産まれるまでの期間は同じである。そのことを夏休み前の学園の図書室でたまたま読んでいた本に書かれていたことをベスティアは覚えていた。


なぜそんな本を読んでいたかというと、ベスティアは元の世界では人間を見たことがなく、こっちに召喚されてから亜人と人間の違いが気になってしまい、そういった関係の本を読んでしまっていたのだ。


「待てって」


もう一度呼びかけた時、ようやくベスティアは足を止めた。そしてアヒトに視線を向けて訊いてくる。


「……貴様も同じ?」


「なにがだ?」


「貴様も、あのアホ男と同じ考えなの?」


アホ男というのはおそらくアホマルのことだろう。アヒトはベスティアの瞳を見つめて口を開く。


「そんなわけないだろ。おれもあれは勘違いすぎる発言だと思っていたさ。ティアが怒るのも無理はない」


「ティアお姉ちゃん、怒る?」


アヒトの言葉を聞いてテトが心配そうな表情でベスティアを見つめる。


それにベスティアはテトに優しく微笑みながら髪をなでてアヒトに視線を向ける。


「わかった。信じる」


「おう」


そう言ってアヒトたちは再び学園に向けて歩くのだった。







一方でアヒトたちが去って行ったの見てバカムは大きく息を吐いて近くにあったゴミ箱を勢いよく蹴飛ばした。


「糞が!なんで俺があんな亜人ごときに……」


バカムの左拳が強く握られる。


「俺が、もっと強ければ……」


自分が強ければベスティアなどそこらの生徒と同じようにあしらえるというのに、いくら鍛えようともベスティアのあの瞳を見ると脚がすくんでしまうのはなぜなのか。ベスティアに負けた事もあるのだろうが、バカムは自分に納得がいっていなかった。


そこにマヌケントが心配気に近づいてくる。


「近づくなマヌケント」


その言葉にマヌケントはピタリと止まる。


「それ以上近づいたら、なんも非がねぇおめえを殴っちまいそうだ……」


バカムはそう言うが、マヌケントは一度止めた足を動かしてバカムに近づいていく。


「なんだよマヌケント。なんで近づいてくんだよッ!」


バカムは左手の裏拳でマヌケントの頰を殴った。マヌケントはよろめくも倒れることはせずにバカムに向き直る。そして口の端から血を流しながらバカムに微笑んだ。


「……ッ」


バカムはなぜマヌケントが笑うのかが理解できなかった。かなり本気に近い強さで殴っているというのにマヌケントは怒りもせず、やり返してくることすらしない。まるで「お前は弱くない」とでも言っているかのように優しい笑みだった。


バカムの握る拳の強さが弱まり肩の力が抜けていく。


「わりぃ……どうかしてたわ俺。こんなの俺らしくないよな」


マヌケントがコクコクと首を縦に振って一言


「ヤっちまいましょう兄貴」


そう言った。


「おう! 見てろよアヒト。俺の強さはこんなもんじゃねえことを今に理解させてやるからな」


「ヤっちまいましょう兄貴!」


バカムは気合いを入れているとふとマヌケントの後ろに人影が見えた。


「ばびびぃぃい……ぶくぶく」


「おあああああ!って、てめぇアホマルじゃねえか!」


マヌケントの後ろにいたのは全身を謎の液体で包まれたアホマルだった。


「よく生きてたなお前。つかなんだその液体みたいなやつは」


バカムが質問すると、アホマルの全身を包んでいた謎の液体がゆっくりと剥がれていく。


「スライムっすよ。オレの使い魔を忘れたっすか?」


そう言ってニカッと笑うアホマル。松葉杖を持っていない片方の手の上にスライムがキュルキュルと動く。そして自慢げに胸を張って話し出す。


「ふっふっふ。飛ばされるのは初めてじゃないっすからね。対策くらいするっすよ」


アホマルはベスティアに飛ばされた時に忍ばせておいたスライムを全身に纏うことで衝撃を和らげ、怪我を防いだのである。


「お、おめえいつからそんなに頭良くなったんだ?」


「はぁ……いくら兄貴でもオレのことを甘く見過ぎっすよ。こういう事も予想してちゃんとスライムをパンツの中に忍ばせてあったんす!」


「は?……」


「…………」


アホマルの言葉を聞いて、バカムとマヌケントは同時に頰を引きつらせて一歩後退った。


「ん? どうしたんすか。なぜオレから離れていくんすか」


アホマルがスライムを片手に近づいて来る。


「そ、そんなもん見せながら近づいてくんじゃねえよ!」


「なんでっすか。ほらこんなに太陽に反射して綺麗じゃないっすか」


「見た目が綺麗でもそいつの中身が汚ねえだろーが! 早くしまいやがれ!」


というより合宿の時に配られた「呼び寄せのブレスレット」を使えばそんな所に隠さなくてもいいのではないかとマヌケントは心の中でツッコミながら白目を向いて倒れた。


「マヌケントぉおお! しっかりしろ! 俺が殴ったのが今になって効いてきたのか!? 目ぇ覚ませよ! 寝てる場合じゃねーぞ!」


バカムはマヌケントの頰を平手で何度か叩くも一向に起きる気配がない。


「あれ? マヌケントどうしたんすか? 口から軽く血が出てるじゃないすか。兄貴が殴ったって喧嘩でもしたんすか? 暴力はダメっすよ」


「おめぇは一変黙れや! いいからそっち持てよ。こいつを運ぶぞ」


「でも兄貴。オレは足骨折してて運べないっすよ」


アホマルは倒れたマヌケントを見下ろしながら渋った表情をする。


「足なんざその汚ねえスライムでさっきやったように補強すりゃいいじゃねえか」


「なるほど! さっすが兄貴っすね。それとオレのスライムは汚くないっすよ」


そうしてバカムとアホマルは倒れたマヌケントを抱えて学園に向かうのだった。


ちょっとバトルは小休憩

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