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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
幕間
78/212

Memory in the dark , Chapter 4

 ネコ族の住人たちから逃げるために周囲の木に火を放ったことで、彼らの追手を凌ぐことに成功したベストとレティア。


 二人は後ろを振り返ることなくひたすら森の中を走り続けた。


 その時は運が良かったのか、いくつかの民族の領域に足を踏み入れても見つかる事はなく通り抜ける事ができた。


 途中魔物にも襲われかけたが、その全てをベストが上手く対処する事で大事には至らなかった。


 そうして脚の筋力がほぼ限界に等しいと言わんばかりにまできた時は、気づけば朝日が昇り、暗闇で見え難かった視界が一気に晴れたものとなっていた。


「……少し、休もうか」


「うん……」


 ベストの言葉でレティアは地面にぺたんとへたり込む。


 動かしていた間はそうでもなかった痛みや疲労感が内側から破裂するかのように溢れてくる。もう一歩も動ける気がしなかった。


 ベストもレティアと同様かそれ以上に疲労が溜まっているはずだというのに、座り込むことなどせず、額についた汗を拭うだけで辺りを警戒するように見つめていた。


「少しは休んだ方がいいよ。身体が保たないでしょ?」


「わかってる。だけど、ここはどんな民族の領域か分からないんだ。気を抜くなんて簡単にはできそうにない」


 そう言ったベストは再び周辺の警戒に移った。


 だがいつまでもそんな事をしていたらせっかく二人を縛っていた者から逃げ出して来た意味がない。気の休まる場所がない今の状況では前よりも二人の時間が減るというものだ。


 レティアは疲労感の混じったため息を小さく吐くと、ふと風に乗って水の流れる音がレティアの猫耳に聞こえて来た。


「ねえベスト! ひょっとしたらこの近くに川があるかもしれないよ」


「本当か!? 場所はわかるのか?」


 相当喉が渇いていたらしく、ゴクリと生唾を飲み込むベスト。


「うん。たぶんあっちの方……なんだけど」


 レティアは川のある方を指差すだけでそこから動こうとしない。


 不思議に首を傾げるベストだが、定期的に小さくピクッと痙攣させ、まるで磁石のように地面とくっついているレティアの足を見て状況を理解する。


「掴まれ。俺が運ぶから場所の指示だけ頼むよ」


「えっ、ちょ、ベスト……きゃ!」


 レティアの了承を得ぬまま、ベストは彼女を軽々とお姫様抱っこで抱え上げた。


 とっさにレティアはベストの服にしがみつく。


 そんなレティアの反応にベストは煮た餅のように頰を緩ませた後、先程レティアが指した方角へ向けて歩き出した。


 レティアの指示もあってか、さほど疲れることもなく川へ辿り着くことができた。


 流れは穏やかで日の光に反射してキラキラと輝く川は、つい先程まで二人で会っていた湖を思い出させた。


 ベストはゆっくりとレティアを横へ下ろし、体を屈めて両手で川の水を掬い口に運ぶ。


「ぷはぁ! 生き返る!」


 喉を鳴らして何度も水を飲むベストの表情はもう先程までの堅いものではなくなっていた。


 レティアもだいぶ動けるようになった足を動かして川の水を飲む。


 川の水は冷たく、渇いた喉を一瞬で潤してくれた。


 ふと、ベストが何かを見つけたのか、急に立ち上がったかと思うと浅瀬になっている所からバシャバシャと川を横断し始めた。


「ベスト? どうかしたの?」


「ちょっとあの岩壁まで見てくる。すぐに戻るからレティアはそこにいてくれ」


 そう言ったベストは木が生茂る影の中へ入っていった。


「ここにいてって言われても……」


 レティアは左右の方向に視線を向ける。


 いかに朝方といえども、日の当たらない場所は暗闇に染まり、奥が見えず静まりかえっていて不気味さを感じてしまう。


 急に寒気を感じたレティアはぶるりと体を震わせ、両腕を抱く。


「早く戻って来ないかな……」


 落ち着かない気持ちをなんとか抑えてベストが戻るまでの間、川を優雅に泳ぐ魚たちを眺めることにした――のだが、突如背後から茂みを掻き分けるような音が鳴った。


「ひっ……!」


 ビクンと肩を跳ねさせたレティアは服が濡れることなど気にもせずに膝丈ほどある川を急いで渡り、ふらふらになりながらも背後を振り返る。


 先程の音の正体が何なのかどうしても気になってしまったのだ。


 だが、音のした茂みから姿を現したのは小さな野兎だった。鼻をひくひくと動かしてどこかへ移動して行く。

 レティアは大きく安堵し、荒れた呼吸を整えるべく深呼吸をする。


「……ちょっと神経質になっちゃってるのかな。でもしょうがないよね。知らない場所だもん」


 レティアは濡れて歩き難くなった靴を脱いで裸足になる。


 ちょうどその時ベストが駆け足で戻って来た。本当にすぐに戻って来てくれた彼にレティアは嬉々として立ち上がり、ベストに近寄る。


「おかえり! 何しに行ったの?」


「ああ。俺たちが身を隠せるような穴が空いてないか探してたんだ。俺たちは運が良いのか、中々良さげの穴を見つけたぞ」


 そう言ったベストはレティアの足元に視線を向ける。


「何で裸足なんだ?」


「うぇっ!? えと、濡れちゃったから」


「渡れるような足場ならあったじゃないか」


 ベストは「ほれ」と言って指を差す。


 そこへ視線を向ければ、たしかに川の中腹あたりに人が余裕で乗れるほどの平たい岩があった。


「俺は水が入りにくい構造の靴だから平気だけど、レティアは違うだろ?」


「い、いいでしょ別に。水に浸かりたい気分だったの! もう行くよ」


 頰を赤くしたレティアはベストの手を取って歩き出す。


 少し歩いて、ベストの指示で辿り着いたその岩穴は、二人が入るには十分すぎる広さがあった。地熱が働いているからか、中は暖かく、これなら冬が来ても凌ぐことは容易だと考えられた。


「ここを俺たちの家にするのはどうだ? 水場もあるし、すごくいいと思うんだ」


 ベストが申し訳なさそうに頰をポリポリと掻きながら提案する。


 それにレティアは両手を後ろで組みながらベストに向き直る。


「すごくいいと思う! 秘密基地みたいでワクワクするね!」


 ニッと笑みを浮かべるレティアにベストはホッと胸を撫で下ろす。


「これからよろしく」


「うん! こちらこそよろしくね、ベスト」


 こうして、二人の新たな生活が始まった。


 初めは何が大変だったかと聞かれれば、やはり食糧問題だった。


 初日や二日目は川を泳いでいた魚を苦労して捕まえたことで凌げたが、そう何日も同じものでは体に悪く、泳ぐ魚も減ってしまうのではないかと考えられたため、その日からベストが森へ入り、他の食糧を取ってくることとなった。


 そしてこの日の夕食は木の実や兎の肉を頂くことになった。


 レティアはこの兎が川辺で見た兎でないことを祈りながらしっかりと焼いていく。火はベストの魔法でなんとかなるが、鍋や包丁といった調理器具はどうにもならないのでいづれ調達したいところである。


 ベストの話では近くを行商人が通って行くのを見かけたらしい。うまくすれば手に入れることができるかもしれない。


「……レティア。すまないが、今日は一人で寝てくれないか?」


 ベストが食事の手を止め、思い詰めたように唐突にそう言葉にした。


「どうしたの急に。今更恥ずかしくて寝れないなんて言わないでよ?」


 新しく生活を始めて数日経つのだが、未だに恥ずかしくて眠れないのはレティア自身だとは死んでも言えない。


「いや、そうじゃないんだ。……今日は、満月なんだ」


「満月?」


「オオカミ族の男性は満月になると理性を抑えることが難しくなるんだ。一人でいるには問題はないんだ。けど……」


 ベストはレティアに視線を一瞬向けるがすぐに地面へと逸らす。


 つまり、ベストは無意識にレティアを襲ってしまわないように外で一晩明かすと言いたいのだろう。


 しかし、夜はどんな魔獣が襲ってくるかわからない。そんな場所にベストを一人にはさせることなどレティアにはできなかった。


「大丈夫だよ。自分の身は自分で守れるし、ベストが理性を失って私を襲って来たらそのほっぺたに特大ビンタを与えるから」


「お、おいおい。それは酷いな」


 レティアが掌を横に素振りをするのをベストは苦笑しながら言葉にする。


「だから、ね? 夜くらいは、その……ずっとそばにいて」


 日が傾き周囲が暗くなっている中、焚き火の光だけでもわかるほどに頰を赤くしてもじもじするレティアの言葉に、ベストは断れるはずもなかった。


「…………わかった」


 そして空が完全に夜の色に染まり、満月の光が世界を照らし始める。


 眠りにつこうとしていたベストとレティアだが、レティアが近くにいることにより、案の定ベストは理性を飛ばしてしまった。


 だが、レティアはそんなベストを引っ叩くような事はなく、そのまま彼を受け入れてしまった。




 その日、その岩穴では二人の甘い愛の巣となるのだった。


オオカミ族の女性は満月の日にはテンションハイになって下手したら村中祭りみたいに盛り上がります。

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