第9話 刀少女の恥じらいは
ベスティアはチスイの隣に並ぶ。
「行けるのか? チビ助」
「ん。余裕」
「ふっ……では参ろうか」
そう言って二人は同時に駆け出した。
まず初めにキマエラと対峙するのは高速で駆け出したベスティアである。
キマエラはベスティアが近づいて来ているのを確認すると口を開けて火球を飛ばしてくる。
それをベスティアは軽く体を捻ることで躱し、さらに距離を詰める。
焦ったキマエラはさらに火球を飛ばすがそれも躱されて詰め寄られる。仕方なく後方へ少し跳び退いてベスティアとの距離をとり、冷静に前足で対処しようと試みる。
しかし、振るわれたキマエラの前足をも軽々と躱して見せたベスティアは地面をスライディングして懐に入り込み、キマエラの腹拳で打ち付けた。
「グギャアガア」
キマエラの体とベスティアの拳が触れた時に起こる衝撃波によってキマエラの内臓がいくつか潰され、口から血を溢れさせる。
「ほお?」
それを後方から走りながら見ていたチスイは驚きと感嘆の声を漏らす。
キマエラはベスティアが地面を滑って後ろ足から出てくるところを蛇尻尾で攻撃するが、亜人の少女は軽く腕を振る事で空間を裂いて『無限投剣』を投擲する事で蛇に傷を入れて起動を逸させる。
「次は私の相手をしてもらうのだ。先ほどの仕返しといこうではないか」
そう言ってチスイもキマエラとの距離を詰める。
それを見たキマエラは前足を使って応戦する。
鋭い爪がチスイを迎えるが、そんなもの『幻月』からしてみれば紙と同じなようなものである。チスイはキマエラの攻撃を躱すのではなく、刀でキマエラの爪を斬り折った。
爪が砕けるとともにチスイは続けざまに体を回転させて足の腱を切り裂く。
これで今まで攻撃に使っていた利き足はもう使えなくなった。
急に片方の前足に力が入らなくなったキマエラは困惑して一瞬動きが止まる。
その隙にベスティアがキマエラの横腹に蹴りを入れる。
「グギャア⁉︎」
キマエラが体をくの字に曲げて吹き飛んでいく。ベスティアは着地と同時に追撃のために高速で駆け出す。
そしてキマエラに攻撃しようと拳を振りかぶった時、キマエラの蛇尻尾がベスティアの横から噛み付こうと攻撃して来た。
「……ッ!」
ベスティアはすでに攻撃の動作に入っているため回避することができない。そのままもろに攻撃を受けるかと思った時
「『風刃』ッ!」
その声がしてすぐにベスティアに迫って来ていた蛇尻尾の頭が風の刃によって切断された。
声の方に視線を向ければアヒトがベスティアにサムズアップしてきていた。
「……ばか」
助けられたことにベスティアは頰を赤らめて視線を逸らす。ベスティアは態勢を立て直すべく一旦距離をとる。
「おいチビ助。あいつのとどめは私がやってもいいか?」
チスイがベスティアに質問する。
「……ん。構わない」
「うむ」
そんな短い会話のやり取りをした後、チスイは駆け出した。
片方の前足と蛇尻尾を斬られたキマエラがやることはひとつだけ。
最後の気力を振り絞って向かってくるチスイに連続で火球を放った。
それにチスイは息を大きく吐いて刀を水平に切先をキマエラに向ける。
「波平流剣術・突きの型……紅蓮『戴勝』ッ!」
チスイが刀を前に突き出す時、空気に触れる摩擦を増幅させて炎を刀に纏わせる紅蓮の八連突き技。
その炎はキマエラが飛ばした火球の火を呑み込んでより強大な炎となる。連続で放たれた火球は全てチスイの刀に吸われてなくなり、後には炎を纏った刀をもって距離を詰めるチスイがそこにいた。
「私に傷を付けたことを誇りに思うがいい。あの世でなッ」
「ガアアアアアア‼︎」
チスイに恐れを抱いてしまったキマエラはチスイを踏み潰さんと後ろ足で立ち、前足を持ち上げる。
「波平流剣術・居合の型……」
炎が消える前にチスイは続けざまに技を使う。炎を纏ったままの刀を一旦鞘に納める。しかし、鞘に納まっていても炎が消えることなく鞘ごと燃え上がる。
「……紅蓮ッ! 『流鶯』ッ!!」
キマエラが両前足を振り下ろしてくるが、チスイはお構いなしに地を跳び抜刀する。
鞘から抜き放たれた刀はかつてないほどに燃え盛り、それを振り上げることでキマエラの体を斬りつけ、さらに跳躍していたチスイの身体はキマエラを優位に超えて空中で体を捻ることで向きを変えて背後から刀を振り下ろした。
上空から放たれた炎の渦が地面に触れて周囲に燃え広がり、前後から斬り付けられたキマエラは見るも無残な黒焦げ姿になり身体を真っ二つに開いて絶命した。
「す、すげえ……」
そのあまりの迫力にアヒトはつい魅入ってしまい、言葉を漏らしてしまった。
そして、キマエラを倒し終えたチスイは刀を肩に乗せ、逆手に持ち替えて縦に振ることで血振りを行なった後、鞘に納める。刀が鞘に納まり、チスイが鞘から手を離した時、燃え広がっていた炎が何事もなかったかのように風に散って消えてゆく。
「……終わったのだ」
ゆっくりとした足取りでベスティアのもとまで戻ってくるチスイ。
「ん。お疲れ……相変わらずふざけた技。貴様本当に人間?」
「ふん、当たり前だ……これは『幻月』の力であって……わた……し……」
突然チスイはふらついてその場に膝をつく。
「チスイ!大丈夫か?」
アヒトがテトを連れて駆け寄って来る。
「ああ、問題ない。少し技を連発しすぎたのかもしれぬ……かなり負担がかかってしまったようだ……」
そう言って立ち上がろうとするもチスイは体に力が入らないのかすぐに地面に膝をついてしまう。
アヒトはチスイの腕をとって肩に回して立ち上がらせる。
「ほらこっちだ。歩けるか?」
「うむ……まさかお前に借りを作ることになるとは……」
アヒトはチスイを木の根元に座らせる。
「チスイ?……」
テトが心配そうにチスイの顔を覗き込む。
「ふっ、寄るな。鬱陶しい」
チスイはテトを払おうと腕を持ち上げるがすぐに下ろしてしまう。
「少し休め。今回はとても助かった」
「礼には及ばん。私が勝手にしたことだ……それ……に……」
「それに?」
アヒトはチスイの言葉が途切れたことに不思議に思い顔を伺う。
「すぅー……すぅー……」
「寝ている……」
アヒトはなんとも言えない表情で溜息を吐いた。
普段アヒトに敵意を剥き出しにしている彼女も寝ていればとても穏やかで可愛らしく見えるものである。
「て、テト!」
「……?」
その声のした方へ視線を向けると、ベスティアが何やら真剣な眼差しでテトを見つめていた。
どことなく男性が女性にプロポーズしそうな雰囲気を出していて、アヒトは少しばかり居づらさを感じてしまう。
テトもベスティアの真剣な表情を見て察したのか表情を引き締める。
「ご、ごめんなさい……いろいろ悪いことした」
ベスティアがテトに頭を下げた。
「あわわぁ……うぅ……」
テトはベスティアが一体何を言っているのかはわからなかったが、頭を下げて必死に何かを言ってきていることでなんとなくわかった。
しかし、謝らなければならないと思っていたのはテトも同じである。
その言葉をどう伝えればいいのかわからずにおどおどとして、最後にはアヒトを見上げて助けを求めた。
「ふっ……テト、ティアは君に謝っているんだ。ごめんなさいってな」
「ごめん……なさい?」
「そうだ」
ごめんなさいという言葉はベスティアも使っていたなと思ったテトはそれが謝罪の言葉だと理解する。そしてテトも同じく頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「えっ……」
ベスティアはテトが謝るとは思っていなかったのか目を丸くする。テトは頭を下げたまま動かない。だからベスティアももう一度同じ言葉を言う。
「ごめんなさい」
「! ごめんなさい!」
「ッ! ごめんにゃさい!」
「おおおおおいおいおい、そこまでだ。仲良しか君らは」
このままだと永遠と続きそうだったのでアヒトは止めに入る。ついでにいい事を思いついたアヒトはテトにちょいちょいとアヒトのもとへ来させて耳打ちする。
「さ、言ってこい」
ベスティアが小首を傾げているその正面にテトが戻ってくる。
「……ティアおねえちゃん、だいす、き?」
「……ッ!?」
ベスティアはアヒトを睨む。
アヒトは苦笑いしながらまあまあと手を前に出す。
最後が疑問形にならず、テトが笑顔でベスティアに言っていれば百点満点以上の点数を与えられたのだが、この際どうでもいい。なにせ、ベスティア自身がとてもいい顔をしているからだ。
ベスティアはテトにゆっくりと近づいていき、抱きしめる。そして頭をポンポンと撫でる。
テトは体の力を抜いてベスティアに身を任せる。やがてテトの目から涙が溢れて来た。
「ひっく……ティアお姉ちゃん、だいしゅき」
「ん……」
そうしてテトが泣き止むまでの間、二人は抱き合ったままでいた。
「あのー……私のこと忘れてるよね?」
「ん?……ああ、サラか」
「ああ、サラか。じゃないよ! 私も頑張ったんだからね!」
サラが頰を膨らませながらアヒトに近づいて来る。
「そ、そうだな。あんな魔術使えるなんてやっぱりサラはすごいよ」
「うぇ!? そ、そうかな。えへへ」
さっきまでのふくれっ面はどこへやら。今や完全に蕩けきった表情をしている。
「じゃあ帰ろっか。他の魔物がやって来るかもしれないし」
「うん。そうだね」
アヒトはチスイをおぶって歩き出す。
それに三人はゆっくりとした足取りでついて来るのだった。
そして、無事に森を抜けてアヒトたちの住む帝都に戻ってきた帰り道。チスイはアヒトの背中でようやく目が覚めた。
「んが……ここは……?」
「ようチスイ。よく眠れたか?」
「うぎゃあああああああ」
いきなり叫んだチスイはガブリとアヒトの首筋に噛み付いた。
「いってええええええ。何すんじゃああ!」
アヒトが首筋を押さえて振り返るとそこにはチスイの姿がもういなかった。
「きっと恥ずかしかったんだね」
「恥ずかしかったんだと思う」
「きゃはっ」
サラ、ベスティア、テトは同時に同じことを思うのだった。
恥ずかしくても人の首を噛みつくのはよくないとアヒトは思うのだが、チスイの意外な一面を見ることができたので悪い気持ちにはなれなかった。
後日、街に高速で雄叫びをあげながら走る魔物が出たと辺りで噂が広まっており、アヒトたちの隣を歩くポニーテールの少女が顔を赤くし、泣きそうな目をして俯いていたことは言うまでもないことだった。
これで10章は終わります。
1話幕間みたいなものをを挟んで11章に入りたいと思います。




