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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第10章
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第8話 大胆少女の大胆戦術

キマエラは次の標的に狙いを定める。その視線はベスティアに向けられていた。


「そんな、チスイがやられるだなんて……」


このパーティーの中で一番戦闘力が高いのはおそらくチスイであることはアヒトは理解していた。そのチスイが負けるなんてことは考えたくもなかったことだ。


キマエラがアヒトとベスティアのもとへ一歩一歩近づいてくる。


「あひとは下がって」


ベスティアが唐突にそう言った。


「な、何を言うんだ。おれも一緒に戦うに決まってるだろ」


そう言ってアヒトは腰に携えている杖剣を抜いて構える。


「必要ない。私一人で大丈夫。正直貴様は足手まとい」


「うっ……そ、そうか」


アヒトは杖剣を下ろして一歩下がる。


それを見てベスティアは申し訳なさげにアヒトに微笑んでからキマエラに向き直る。


ベスティアの言葉はアヒトのことを思ってあえてきつい口調で言ったということはベスティアの表情を見ればすぐわかった。


しかし、アヒトの中にも譲れないものはあるのだ。アヒトはベスティアの横に再び並び立つ。


「な、何をしてる? 早く下がって!」


「いいや下がらないね。女の子一人戦わせて男のおれが下がるなんて親父に殺されるわ」


「貴様は私が守る。だから戦わなくていい」


そう言い終えた時、近づいて来ていたキマエラが「何いちゃついてんじゃゴラア」とでも言っているかのように咆哮をあげる。


それを聞いてアヒトとベスティアは同時に構える。ずっしりとした重たい空気にアヒトとベスティアは冷や汗を浮かべる。


キマエラが舌舐めずりをして駆け出そうとしたその時


「ギャフン!?」


キマエラの顔面が爆発して体ごと横に吹き飛んだ。


「な、なにが……」


何が起こったのかとキマエラが吹き飛んだ方向とは逆の方向に視線を向けたアヒトは、そこに杖を構えて立つサラがいることに気がついた。


「ようやく追いついた。みんな私を置いて先に行くなんてひどいよ。途中で道に迷っちゃったじゃない」


そう言ってサラは頰を膨らませる。


「サラ! 助かった……だけどチスイが、あいつに……」


「え、チスイちゃん?」


アヒトの言葉を聞いてサラは辺りを見渡す。そして陥没している地面からのっそりと起き上がるチスイを見つけた。


「チスイちゃんならあそこにいるけど?」


「え……?」


アヒトはチスイが生きていたことに驚きつつ同時に安堵した。


「痛っつ……私としたことが先に隙を晒してしまうとは……」


チスイは頭と鼻から血を流しているもののそれ以外に怪我をしている様子もなく何事もなかったように立ち上がる。


チスイはキマエラの蛇尻尾の攻撃を躱すためにわざと力を抜いたのだった。そしてキマエラの前足に潰される一瞬の間に『幻月』を地面に刺してチスイが入れる大きさの穴を作り、そこに潜り込んだのだ。その際、わずかに潜るのが遅かったチスイはキマエラの前足が頭にあたり、押しつぶされるように穴を掘った地面に鼻をぶつけて埋もれる形となってしまったのだ。


「おい、チスイ! 死んだと思ったじゃないか!」


アヒトがチスイに向かって叫ぶ。


「戯けが! 私がこんな獣に負けるはずがないだろ!」


「まあまあ、チスイちゃん落ち着いて。一応怪我してるみたいだし、少し休んでて。しばらくは私一人で何とかするから」


「……そうか。ならばその言葉に甘えさせてもらうとしよう」


サラの言葉に了承してチスイはその場に座り込む。


それを見てサラは優しく微笑む。


「少しだけだからね。あまり長続きはできないから」


「承知」


そう言ってサラはキマエラの前に躍り出る。


「よし! たまには私の活躍も見たいって人もいるだろうからここで私の新作魔術を披露しようかな」


誰に言うでもなく、サラは一人呟いて深呼吸する。


キマエラが唸りをあげたあとに口を大きく開く。


「……『飛行(プティーシ)』」


そう魔術を唱えた時、キマエラが火球を放って来た。


それをサラは軽く地を蹴るようにして跳ぶ。すると、まるで重力に逆らっているかのようにサラは宙に浮いた。火球はサラの下を通り過ぎて行き、後ろにあった木に着弾した。


丸く抉られた木は幹を燃やしながら地に倒れ、辺りの鳥たちが逃げ惑う。


激しい爆発音に一瞬ビクッと肩を震わせたサラだが、深呼吸をして緊張している体を落ち着かせる。


「すぅ……はぁ……よし、空を飛ぶのはこれが初めてじゃないんだから、もう慣れっこだよ」


サラは風魔術を巧みに操り、サラの足元に風を高速で旋回させ、上昇気流を利用してサラの体を持ち上げることで空に浮かぶことに成功させたのだ。


サラはポーチから魔力回復薬の入った瓶を取り出して飲み干す。魔術を使った時の倦怠感が薄れていく。


キマエラがサラのいる上空へ火球を飛ばしてくる。


「よっと」


それを風魔術を使用してサラの横から風を吹き付けるようにして体を移動させる。


キマエラが何発も火球を飛ばしてくるが、同じ要領で躱し続ける。


「よしよし、順調順調」


当たらない攻撃にキマエラは前足の爪で苛立ったように唸りながら地面を掻きむしり、尻尾の蛇は「キシャー」と威嚇して来ていた。


「んー、せっかくのかっこいいライオンさんなのにその尻尾が台無しにしてるよね。もったいないなー」


そう言ってサラはゆっくりと息を吸い、次の魔術を行使する。


「……『(ブロ)(ンティ)』ッ」


そう唱えた時、空が一瞬暗くなる。


そして次の瞬間、とっさに耳を塞いでしまうほどの激しい音を轟かせながらキマエラの体に雷が落ちた。


雷を受けたキマエラは体をビクンビクンと痙攣させて倒れこむ。


「雷魔術だと!? そんなバカな。人間が行使できる魔術は四種類までのはずだ」


アヒトの言う通り、通常は火、水、風、土の四種類の魔術しか人間は扱うことができない。


しかし、サラは水の派生で作られる氷の粒を自分の周りに浮かび上がらせ、それをサラの出している上昇気流によって上空へ持ち上げて強制的に積乱雲を作り出し、積乱雲の中で肥大化した氷の粒が重力で落下する際、上昇気流に触れて発生する静電気によって雷を作り出してキマエラに落としたのであった。


「あれ、これって私一人で勝てちゃうやつ? えへへ……困った……な……ぁ」


サラは空中でふらついたかと思うとサラの周りにまとっていた風がなくなり、そのまま重力に引っ張られるようにして落下した。


「……よっと」


しかし、地面に体を打ち付ける前にチスイによって抱きとめられる。


「……ぁ……チスイちゃん。ありがとう。少し魔力使用量の計算間違えちゃった」


サラが使用していた飛行魔術は常に魔力を消費している。それを計算の内に入れ忘れたのだろう。サラの顔が青ざめていて魔力欠乏症に陥り始めていた。


しかし、キマエラはまだ倒せていない。雷に撃たれたはずなのだが、やはり魔獣というだけあって、一発では仕留めきれないらしい。ゆっくりと起き上がるのを見てチスイは口を開く。


「まったく、交代だ。ここで休んでいるのだ」


「あ痛っ!」


チスイは抱きかかえていたサラを無造作にぺいっと放り投げて立ち上がる。


「……私も戦う」


そう言って出たのは先程火球をもろに受けて腕と脚に大怪我をしていたはずのベスティアである。


「まてティア。傷は大丈夫なのか?」


「平気。なんでか知らないけど治った」


そう言って見せて来た腕には傷ひとつない綺麗な腕だった。


「そ、そんなばかな」


アヒトが驚きのあまり固まっていると、ベスティアが優しく微笑む。


「行ってくる」


それを聞いて仕方なくアヒトも笑みを作る。


「ああ、行ってこい」


怪我をしていない者に安静にしてろなど言えるはずもない。アヒトはベスティアが駆けて行くその背中を見送った。


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