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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第10章
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第7話 容易く勝てれば苦労はない

「……ティア……?」


「ん。もう大丈夫。あとはお姉ちゃんに任せて」


そう言ってベスティアはキマエラに向かって駆け出した。


どうしてテトの居場所がわかったのだろうか。この森はかなり広い。見つけるのは容易ではなかったはずだ。


テトはキマエラに立ち向かうベスティアの背中を眺める。


蹴り飛ばされたキマエラはベスティアがすぐ目の前まで迫って来ていることに気づき、前足でなぎ払おうと振りかぶる。


「遅い」


ベスティアは走る勢いを止めずに手をかざすとその空間が裂けて幾本ものナイフが射出される。そのナイフは振りかぶられたキマエラの足に突き刺さる。


ナイフが刺さった勢いでキマエラの前足が一瞬振り下ろされるのが遅れたことでベスティアはキマエラの懐に入り込み拳を突き出す。ベスティアの拳がキマエラの体に触れた瞬間に発生する衝撃波。キマエラの巨体が地面に爪跡をつけて後方に飛ばされる。


キマエラはなんとか倒れることだけは堪えるがその隙にベスティアが追撃を行う。


高速で接近したベスティアは地面を蹴って跳び上がりキマエラの顔面にボレーキックを叩き込む。キマエラが呻いてよろけたところに着地と同時にベスティアはキマエラの顎に向かって拳を振り上げる。


キマエラの体が衝撃で持ち上がる。そして今度は持ち上がった体を地面に叩き潰そうとベスティアが再び地面を蹴って跳び上がり、踵落としを繰り出す。だが


「……ッ!」


ベスティアの攻撃よりキマエラの攻撃が若干速かった。


キマエラが口を大きく開けて巨大な火球を繰り出した。宙にいたベスティアは避けることができなかった。とっさに顔や体に受けないように体を丸め、腕を交差するようにして守る。


そして火球がベスティアに着弾した時、爆発によってベスティアがテトのもとまで吹き飛んだ。


「ティアぁあ!」


テトが叫び、ベスティアがごろごろと転がってくる。


「あぁ……ティア……?」


テトが呼びかけるが聞こえていないのか返事をすることなくゆっくりと立ち上がる。


腕や脚からは大量の煙が立ち上っていることから軽症ではないはずだ。しかし、ベスティアは気にしたようすもなく、俯いたまま立ち尽くしている。


「……あーあ。なんでもう一人のオレちゃんはこんなにも弱いのかね……」


ぼそっと呟いたベスティアの口元が不敵な笑みに形作られ、そのまま目の前にいるキマエラに向かって駆け出そうとして


「ティア!」


「……ッ!?」


その声によってベスティアはビクッと肩を跳ねさせて足が止まる。


声のした方へ視線を向けるとそこにはこちらへ駆け寄ってくるアヒトが見えた。


「アヒト!」


テトがアヒトを見て目をキラキラさせる。


「ティアの耳が優れていて良かった。爆発音なんておれには全く聞こえなかったぞ」


そう言ってアヒトはテトの体を支える。


「それより大丈夫なのか? 身体中から煙出てるし、腕や脚はグロテスクなことになっているぞ」


「え?……あ……」


ようやく気づいたのかベスティアは自分の状態を確認する。


「……大丈夫、みたい?」


ベスティアが手を開いたり閉じたりして小首を傾げながら答える。


「何で疑問形なんだよ。自分の体だろ?」


「……わかんない」


ベスティア自身わからなかった。何せ痛みがなかったからだ。腕の皮膚は完全になくなっており、肉や骨が少し見えてしまっている。


「本当だろうな?」


「ん。大丈夫」


「ならいいが。あとでサラに治してもらうんだぞ」


そう言い終えた時、ベスティアの背後からキマエラの火球が飛んできた。


「ティア!」


「くっ」


アヒトがテトをかばって火球に背中を向け、ベスティアは空間を裂いて大量の『無限投剣(メビウス・ネビュラ)』を盾に使おうとするが


――間に合わない!


ベスティアが苦渋の決断により、その身をもって盾になろうと決めた時


「波平流剣術・突きの型……」


アヒトたちの前に割って入ってきたのは刀を水平にして切先を火球に向け、腰を落として構えるチスイだった。


「……瑠璃(るり)黄鶺鴒(きせきれい)』ッ」


そう言って火球に向かって繰り出された突き技。その刀が真っ直ぐ伸ばされる直前、刀を中心に多くの水の球が浮かび上がり、火球に向かって高速で射出される。


水は高速で放たれれば硬い弾となり、高所から水面に落ちれば硬い壁となる。それらを利用して放たれたチスイの技は火球を真っ二つにし、大量の水球が火球を粉々に撒き散らして消失させていった。


「ふぅ……危機一髪であったなチビ助」


息を吐いてニッと歯を見せるチスイ。


「なんで助けた?」


「なんで? ふっ、戯言を。お前に死なれては私が困る。まだ勝負の決着がついておらぬのだからな」


チスイはキマエラを見据えながら言葉にする。


「……ビーチバレー」


「うううう五月蝿い! あれは、その……『のぉかん』というやつだ!」


海での勝負はチスイの中ではなかったことになっているようだ。


そうしているうちに火球が防がれて怒りを露わに咆哮するキマエラがこちらに突進してくる。


「お前はしばらく休んでいるといい。たとえ動けたとしても以前のように素早くは動けぬであろう?」


そう言ってチスイはキマエラに向かって駆け出した。


たしかに、ベスティアの傷に痛みは感じないが、体が鉛のように重たい。もしかしたら普通の人では動けていないのかもしれない。


「あひと。テトを遠くへ避難させて」


「わかった」


ベスティアの言葉に頷いたアヒトはテトを抱えて安全な場所に避難させる。


「もう少しここで待ってろ。すぐやっつけてきてやる」


アヒトはテトの頭を撫でる。


本当のところ、その言葉を述べたアヒト自身が倒したいところだが、そんな大層な力は持ち合わせていない。使役士である以上、一人では何もできないのは仕方がない事ではある。今はチスイのような存在に期待するしかない。


そう思いながらもアヒトはベスティアのもとへ走っていく。


「どうだ? チスイの方は」


「ん。かなり優勢。だけど相手の大きさもあって急所に攻撃を与えられていない」


「なるほど」


ベスティアの言う通り、チスイの攻撃自体はキマエラにかなりのダメージを与えているはずなのだが、キマエラの大きさが大きさなだけになかなか急所を狙うことができていなかった。


「ちっ、厄介だな」


チスイは舌打ちをしながらもキマエラの攻撃を冷静に対処する。


キマエラはなかなか当たらない攻撃に苛立ちを募らせて鼻息を荒くしている。


「如何に体が大きかろうと急所にさえ攻撃が届けば『幻月』の敵ではないのだろうがな。どうにか隙を晒してくれぬものか」


チスイはキマエラの攻撃を躱して大きく距離をとる。


すると、キマエラは苛立ちが限界に達したのかかつてない巨大な咆哮をあげてチスイに突進を始めた。


「血迷ったか……所詮ただの獣か」


そうしてチスイはキマエラの突進に合わせて刀を振るうべく腰を落とす。


しかし、キマエラは突進の途中で口を大きく開けて火球を何発も飛ばしてきた。


「む……」


チスイはその攻撃を全て横に跳んだり後ろへ跳んだりして躱しきる。しかし、火球が地面に着弾した時に起こった砂煙のせいで視界が塞がれてしまい、キマエラを見失ってしまった。


周りを見渡すがキマエラがどこから襲ってくるのかがわからない。


そして、チスイの視線が前を向いた時、背後からキマエラが砂煙の中から飛び出してきた。


「……うっ!」


かろうじて反応することができたチスイはキマエラの前足による攻撃を刀で受け止める。しかし、体格差ゆえにチスイの刀がキマエラに押されて行く。


さらに、キマエラの蛇の尻尾がチスイに向かって横から噛み付こうと迫ってきた。


「……ッ!」


それを視界に収めたチスイの力が一瞬緩まり、刀少女はキマエラの前足によって押しつぶされた。


「チスイ!」


激しい音とともに地面を陥没させたキマエラは勝利の咆哮をあげる。


何度も何度も己が最強であるということを伝えるかのように。


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