第6話 彼女のもとに来た者は
アヒトたちのもとを飛び立った魔物体のテトは少し離れたところで地面に降り立って人間体になる。
そして近くの木の根元にうずくまる。
テトは謎の攻撃によってフォーゲル族の群れからはぐれてしまった存在。現在群れの者たちはどこにいるのかさえわからない。
しかし、テトにとって昨日の出来事は忘れたくても忘れられないものとなった。
一度は死にそうになったが、アヒトという人間に出会えたことで食べたことがない美味しい料理や触れたことのない温かな水と花の香りのした泡。そして人という温もりを感じることができた。言葉は何を言っているのかわからないが、伝わるように身振り手振りで教えてくれて、名前まで与えてくれた。アヒトとベスティアにはとても感謝している。群れに戻るなんて考えられない。こんなにも幸せな気持ちになれたのは初めてだった。
ずっと一緒にいたい。アヒトたちのために何かしてあげたい。
そう思っていたのに、あの時はベスティアを怒らせてしまった。なんて怒っていたのかはわからない。ただ、自分が何か怒らせるようなことをしてしまったのだ。ならば謝らなければならない。謝らなければならないとわかってはいたのだが、頰を引っ張られたことでとっさに逃げてしまった。
これはテトの悪い癖だ。少しでも痛いことにあうと逃げてしまう。臆病なのだ。常に逃げて逃げて逃げ続けて、気がついたら他の生物に変身できるようになっていた。
そのせいでテトの逃げ癖がひどくなってしまった。自分でもいけないということはわかっている。しかしなかなか治せるようなものではない。
今頃アヒトたちはどうしているのか。逃げた自分を必死に探してくれているのだろうか。それとも、逃げた鳥は帰ってこないと諦めて家に帰ってしまったのだろうか。
もし探してくれていたとしてもこの森の中だ。なかなか見つからないだろう。
テトの目から大量の雫が溢れる。溢れた雫は地面に吸い込まれて色を濃くする。
これからどうやって生きていこうか。この辺に川はあっただろうか。
そんなことを考えていると、背後からテトに声がかけられた。
「おやぁ? こんなところに人間ですか」
「……ッ!」
驚いて振り返ると、そこにはやたらと細く背の高い、人間ではない何者かがいた。
「んんんー? あぁ……貴女はもしかしてわたくしに始末の命令が与えられていたイレギュラーですか? こんなところで会えるなんて光栄です。どうやって人間のいる場所に潜り込もうか悩んでいたところなんですよ。何せこんな見た目ですしぃ」
何を言っているのかテトにはさっぱりわからないが目の前にいる何者かは明らかにいい人そうではないことだけは理解できた。
「それにしても変ですねぇ。たしか男が一緒にいると聞いていたのですが……それに貴女の見た目が聞いていた情報と少し違う気がしますが、まぁ細かいことは気にしないことにしましょう」
「おと……こ?」
テトの耳に聞いたことある言葉が聞こえた。誰が言っていたのだったか。たしかチスイという人物がアヒトに向けて言っていた気がした。
「わたくしの名はパラゴゴス。わたくしはこの好機を逃さないことにしましょう。来てくださいなキマエラちゃん!」
そう言った時、パラゴゴスの立つ目の前の地面が隆起し、そこから巨大な魔獣が出てきた。
「ひっ!」
その魔獣はライオンのような頭を持ち、鋭い牙が生えている。ヤギのような体をしているが爪はヤギのそれとは異なり、異様に伸びて鋭くなっている。そして尻尾の先端が蛇の頭になっていた。
「さぁ! わたくしのお手製キマエラちゃんです。さくっとやってしまってください」
そう言い終えた時、キマエラが咆哮を上げて突進してきた。
「やぁあっ!」
とっさにテトは魔物体に戻るべく光を発する。
「な、何ですか!?」
「ガア!?」
あまりの眩しさに突進してきたキマエラの足が止まる。
しかし、キマエラは足を止めただけであって、その場で大きく口を開く。そして、そこからテトのいるであろう場所にめがけて巨大な火球を飛ばした。着弾と同時に大きな爆発が起こる。
「きゃああああああ」
変身が間に合わなかったテトは地面に火球が着弾した爆風によって大きく体を飛ばされてしまった。
地面を何度も転がり、木に背中をぶつけたことでようやく止まる。
「うぅ……ぐっ……」
テトは立ち上がろうとするが全身が痛んで動くことすらままならない。
「おやぁ? もう終わりですか? 案外簡単でしたね。それともわたくしのキマエラちゃんが強すぎるのかなぁ? ヒヒヒッ昨日試し撃ちでいろんな魔物を倒しておいて良かったですね。初めは全く当たらなくて困ってしまいました」
木の上に退避していたパラゴゴスは奇怪な笑みを浮かべてテトを見下ろす。そして何かに気づいたのかパンッと手を叩いて口を開く。
「そうです! キマエラちゃぁん。ちょっとそのイレギュラーを殺すのはやめてくださりますか? イレギュラーと呼ばれる人物の血肉を混ぜた魔獣を作ってみたくなりました。きっと素晴らしい魔獣が出来上がりますよ! 適当に痛めつけたら連れてきてください。その間にわたくしは準備をしておきます」
そう言ってパラゴゴスは木の枝から木の枝に飛び移るようにしてどこかへ去っていった。
それを見届けたキマエラはゆっくりとテトに近づいていく。
「うっ……ぁ……」
逃げたくても逃げられないテトはただ呻くことしかできない。着々と近づく死の足音に体が震え始める。
まだ、テトは死ぬわけにはいかない。まだベスティアに謝れていないのだ。謝らなければならないのだ。もう一度会いたい。助けて。
やがてキマエラがテトの下まで来ると前足を大きく振りかぶる。その鋭い爪がテトの視界に映り込む。
ダメだ。殺される。そうテトが思い、瞼を強く閉じる。
そしてキマエラが持ち上げた前足を振り下ろそうとしたその瞬間、キマエラが唐突にテトの前から横に吹っ飛んでいった。
「ガギャア!?」
鈍い音とキマエラの呻き声を聞いてテトは瞼をゆっくりと開ける。
「……ぇ……」
「まったく、世話の焼ける妹……」
そこにはテトが今一番会いたかった亜人の少女が立っていた。




