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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第10章
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第5話 亜人娘が得た感情

次の日。


アヒトたちは昼間からテトがなぜあの森の中で大怪我を負っていたのかを調査するために、テトを発見した森に再び訪れていた。


「たしかこの辺だったよな……」


周りは太い木が並んでいてどこにいても同じ景色なのだが、なんとなく、木の配置や草花の生えている種類からあたりをつける。


「おい、男。これには私も来る必要があったのか?」


チスイがアヒトに怪訝な表情で聞いてくる。


チスイはベスティアと勝負をするためにアヒトのパーティーに加わっている。そのため、今回の目的にはあまり乗り気ではないらしい。


「当たり前だろ。調査とはいえ何が出て来るかわからないんだからな。それにチスイは強くて頼りになる」


「……そ、そうか」


アヒトの言葉に照れたのか、チスイはアヒトから視線を外して答える。少しだけ頰が赤くなっているところがなんとも可愛らしくアヒトは感じた。


「なんだその顔は。不愉快だ。今すぐ消さねば首がなくなると思え」


「わかったわかった。だから刀に手を伸ばすのをやめてくれ。それにテトもいるんだ。あまり汚い言葉を使うのは遠慮してくれ」


「…………ふん」


長い沈黙の後、チスイはそっぽを向いてアヒトから離れていった。もしかしたらテトに対するチスイなりの配慮なのかもしれない。


「テト。かなり、歩いたけど、疲れてないか?」


アヒトはテトに伝わりやすいように手や指を使ったジェスチャーを含めて言葉を教えるようにゆっくりとした口調で訊いた。


「……?」


うまく伝わらなかったのか小首を傾げてキョトンとするテト。


疲れるという言葉をどのようにしてジェスチャーとして表現すればいいのか思い悩んだアヒトだが、テトを見たところあまり疲れている様子はない。そのため、大丈夫だとは思うが子供に足場の悪い道を長々と歩かせるのは少しばかり気がひけてしまった。


「その子、本当に言葉がわからないんだね」


背後から声をかけられたので振り返ると、サラがそこにいた。


「サラか。課題があるって聞いていたけど、今日は大丈夫なんだな」


「うん。アヒトに会うために高速で終わらせてきたよ」


その高速というのは適当にやったという意味なのかどうかは定かではないが、サラに限ってそんなことはないと願いたいところである。


「改めてサラに紹介するよ。この子はテト。見た目はティアにそっくりだけど、おそらくこの子の特殊能力だと考えてる。もとは野生のフォーゲルの魔物なはずだけど、この子がもとに戻るところを見なければ証明できないな」


「そう……よろしくね、テトちゃん」


サラは何かを諦めたような表情をした後、テトの目線まで屈んで笑顔を向ける。


「ほらテト。よろしく、だ」


アヒトはテトにお辞儀をする仕草を見せて伝える。


それを見て、倣うようにテトはぺこりと頭を下げる。


「よろ……しく?」


最後は確認するようにアヒトを見上げて訊いてきた。


「おう」


正解の頷きを返すとテトは満面の笑みを浮かべてサラに向き直る。


「よろしく!」


「う、うん。よろしくね」


おとなしい子だと思っていたサラはテトのあまりの迫力に気圧されてしまった。


サラの返事を聞いたテトはニカッと笑い、両手を横に広げて走り出した。そして離れた場所にいたチスイのもとまで行き、回り込むようにチスイの正面に立つ。


「む? 私に何か用か?」


機嫌を伺うような表情でチスイを見上げていたテトに尋ねると、テトはニカッと笑みを浮かべて


「よろしく!」


と言った。


「う、うむ」


「きゃはっ」


テトはチスイを中心に一周した後、アヒトのところに駆けて行き、両足でちょんっと着地するように戻ってきた。


「よろしく!」


「ふっ。おいおい、おれとは昨日のうちによろしくしただろ?」


そう言ってアヒトはテトの頭をなでるとくすぐったそうにテトは目を閉じる。


その光景を見ていたサラとチスイは同時に同じことを思うのだった。


「なんだか……」


「親子であるな」


今のサラとチスイの目にはアヒトは子供が初めて何かを成し遂げた時に全力で褒める父親のようにしか見えなかった。


いつ魔物が現れるかわからない森の中に広がるほんわかな空間。


その空間を見ていると、見ている側の心もほんわかな気持ちになってしまう。それが嫌だったのか、チスイは視線を逸らして別の場所に移動する。


「あ、この植物見たことあるかも……」


サラは現実逃避気味に近くに生えていた植物の方へ歩いていく。


「……(じー)……」


そんなアヒトとテトの空間を諸共せずにアヒトの背中にどっしりと重たい視線を向ける人物がいた。


アヒトはその視線にビクッと肩を跳ねさせて振り返る。


そこには頭に三角の耳とお尻にふわふわの尻尾をもった亜人の少女が瞬き一つせずにアヒトにジト目を向けてきていた。


「ど、どうしたんだ、ティア」


「……(じー)……」


アヒトの目にはベスティアの背中からおぞましいオーラが立ち上っているように見えた。


明らかにベスティアは不機嫌である。


「な、なんで不機嫌なのか訊いてもいいか?」


「…………」


プイッとそっぽを向いてアヒトを置いてどこかに行こうと歩き出すベスティア。


「お、おい。待てよ、なんでそんなに不機嫌なんだよ」


アヒトはベスティアの後を追うために歩き出す。その後ろをちょこちょことテトは楽しそうについてくる。


「きゃはっ、ティア■■■■■■!」


「まて今なんて言ったんだ!?」


テトがベスティアに向かって人語ではない言葉を話したことにアヒトは驚いて足を止める。


しかし、今の言葉を聞いたベスティアの三角の耳にはどこか彼女の癪に障ったのか、進んでいた足を止めて向きを変え、テトの方に歩いていく。


「お、おいティア……」


「……?……ふゃ!?」


止めようとしたアヒトを無視してベスティアはテトのもとまで行き、何のためらいもなくテトの頰を引っ張った。


「ふぁやあいあやああ」


「今私をバカにした? んん、絶対した。お姉ちゃんをバカにする子にはお仕置きが必要」


ベスティアがテトの頰をギュイギュイと引っ張る。


「やあふぁあ…… ひあ(ティア)……■■■■」


「ティアじゃない。お姉ちゃんって呼ぶこと!」


ひあ(ティア)ぁ…… ひあ(ティア)ぁぁ……」


「お姉ちゃん!」


「おいティアやめろ!」


目に涙を浮かべているテトの頰を引っ張り続けるベスティアにアヒトが止めに入る。


「貴様は黙って。これはお姉ちゃんと妹の話」


「そうじゃない。言葉が通じない相手に何をそんなにむきになっているんだ!」


アヒトはベスティアを後ろから羽交い締めにしてテトから引き剥がす。


だが、ベスティアの力がアヒトよりも上だからなのか、羽交い締めにされてもなお暴れる亜人の少女にアヒトはいつも以上に体に力を入れる。


普通の人間なら全く身動きが取れないはずなのだがそれを強引に抜け出そうとベスティアはもがき暴れるため、ちょっとでも気を抜いたら抜け出してしまうだろう。


「馬鹿にした。絶対馬鹿にした。私があひとに構ってもらえていにゃいからって馬鹿にした!」


そう言い終えた時、「あ……」と言って自分が何を言ったのかに気づいたベスティアはもがいていた力を抜いて顔を赤くし、しゅんとなる。


アヒトの腕の中でプラーンと吊られた状態になるベスティア。


呆れた溜息を吐いたアヒトは、拘束していたベスティアを解放する。


ベスティアも羞恥心によって落ち着きを取り戻したのか解放されてもテトを襲うことはなかった。


「えっぐ……ぐすん……」


テトが両頬を赤く腫れさせて泣きじゃくっているのを見てベスティアがゆっくりと近づいていく。


「えっぐ……うっぐ……ひっ!」


ベスティアが近づいてきたことでテトは小さな悲鳴をあげて後退る。


「えっと……ごめんなさ--」


「ティア■■■ぁあああ‼︎」


ベスティアが言い終える前にテトが何かを叫んだ。その瞬間、テトの体が白く光輝いた。


「うお!?」


「ん!?」


目の前にいたアヒトとベスティアは思わず腕で顔を覆う。


「えっなになに!?」


テトの叫びと謎の光に山菜を探していたサラが目を細めて近づいてくる。


やがて光が収まると、そこには白銀の翼をもつ鳥型の魔物がいた。


「こ、こいつは昨日のフォーゲルか! やはり特殊能力で人に化けていたのか」


「え! この魔物がテトちゃん!? かなり大っきくなっちゃってるよ!?」


アヒトはテトが魔物体になったことで納得した言葉を紡ぎ、サラは信じられないといった様子で立ち尽くしている。


鳥型の魔物となったテトは大きく鳴いて翼を広げて宙に浮く。


「ま、待つんだテト!」


アヒトが静止の言葉を叫ぶがテトは青空のもとへ飛び立っていってしまった。


「あ、あああひと……私のせいでテトが……テトが」


「ティアだけのせいじゃない。一緒に探そう。そして謝ろう」


「ん……」


目元に涙を浮かべるベスティアの頭を少し強引に撫でて歩き出す。


「サラ、すまないが手伝ってくれ」


「任せて! 人探しは得意だよ」


そう言ってサラは自分の胸に手を当てる。


「まさか、探知系の魔術が使えるのか!?」


「うぇ!? そ、それは無理かな。アンちゃんなら使えるんだけど……」


サラは視線を逸らし、頰を掻きながら答える。


かなり得意げに言うため、てっきり使えるのかとアヒトは期待してしまったが、いくらサラの魔術が優れていても流石のサラでも苦手なものはあるようだ。


サラの言葉によればアンという人物が探知系の魔術を使えるらしいのだが、アヒトはその人物を知らない。学園が違うということもあってしょうがないことではあるが、サラが使えない魔術を使えるとならば一度是非会ってみたいとアヒトは思った。


「使えないものはしょうがない。手分けして探そう」


そう言ってアヒトたちは走り出そうとしたところに、テトが飛んで行った森の茂みからガサガサと音を立ててチスイが出てきた。


「む? 何かあったのか?」


こちらの雰囲気に気づいたのだろう。チスイが訝しげに首を傾げて尋ねてきた。


「ああ、大変なんだ。テトがどこかに行ってしまったんだ。チスイ、手を貸してくれないか?」


「ふん、しっかりと見ておかぬからそのようなことになるのだ。本来ならお前みたいなやつの頼みなど聞かぬのだが、あの子娘もまだ幼い。良かろう。その頼み、引き受けた」


チスイが大きく頷いたのでアヒトも笑顔で頷く。


「ありがとう」


「して、そのテトとやらはどこへ行ったのか見当がついているのか?」


「ああ、テトは魔物の体に戻って、あっちの方へ飛んで行ったんだ」


アヒトはチスイの後ろを指すようにテトが飛んで行った方向を指差す。


それを見たチスイはあごに手を添えて何かを考えるそぶりを見せる。


「あの時空にいた魔物はあの娘であったか……急がねばならぬかもしれん」


「急ぐって、どういうことなのチスイちゃん」


チスイの呟きにサラが真剣な眼差しで問いかける。


「すまぬが見せたいものがある。ついてきてはくれぬか?」


そう言ってチスイは先程出てきた茂みの中に入っていった。


アヒトはベスティアとサラに目配せをしてチスイの後を追って駆け出す。


チスイの後を追って少し進んだところにチスイが一本の木の前で立っていた。


「この木だ」


チスイが指差したその木。アヒトたちが見ているのとは反対側の幹を見てみる。


「これはっ」


そこには木の幹が半円形に抉れており、その周りが黒く焦げていた。まるで丸い火の玉でも撃たれたような感じである。


さらに、その木以外の周辺をよく見ると地面が凹んでいたり、植物が燃えて炭化していたりしていた。


「このようなことができるのは我々のような魔術師の人間か……」


「魔法を使うことができる上位の魔物、か」


この森にはアヒトたちのような駆け出しの冒険者でも狩れるような下位の魔物しか存在しない。まれに上位に近い魔物も出てくるのだが、完全な上位種よりは劣る。


アヒトたち以外の冒険者が魔術を使ったということも考えられるが、こんなに魔術の命中精度が劣っている人物が冒険者になれるはずがない。冒険者や騎士団になるには試験を受ける必要があるからだ。


アヒトの場合は魔族を倒したという実績があったために試験は免除されたのだが、そもそも魔術精度が劣っている者に魔族を倒すことなどできないだろう。


「そしてこれを見られよ」


チスイが示したのは大きな岩。そこにはびっしりと魔物のものであると思われる渇いた血がこびりついていた。


「この渇き具合からして、おそらく昨日起こったものだ」


「まさか、おれたちが去った後にこの戦場が起こったのか?」


「確証が持てぬが、おそらく」


もしそれが本当なら、昨日森を少しでも出るのが遅かったら狙われていたのはアヒトたちの方だったのかもしれない。


ふとアヒトはこの状況に違和感を覚えた。


その違和感の正体こそ、チスイの頭がいつも以上に冴えているということだった。


アヒトの認識では剣術にはそこらの人物よりはるかに強いが、抜けていることが多く、頭も御世辞にも良いとは言い切れなかったはずだ。


「む、どうした。何故私の顔をじっと見ている」


「い、いや、チスイって頭良かったんだなって」


「失敬な。私を愚弄していたのか? 血など見慣れている私に何を言うか」


次バカにしたらぶった斬るという言葉を言いたいのだろうがサラが見ている手前、言うことはなかったが、威殺すような視線でありありと伝わってくる。


「それで? これとテトがどう関係してる?」


ベスティアが早くテトを探したいという気持ちがいっぱいなのか、苛立ち混じりにチスイに質問する。


「そういえば、テトちゃんを見つけた時って身体中火傷と傷だらけだったんだよね?」


サラがアヒトたちの話を思い出すように訊いてくる。


「火傷……まさか!」


「ふん、ようやく気づいたか愚か者め。おそらくあの娘はこれをやった魔物に襲われたのだ。あの火傷からしてかなりの威力はある」


「命中精度からして流れ弾でも当たったんだろうな」


「む、そうなのか……それならばそこまでの強さは感じないな」


「ん?」


「む?」


アヒトが首を傾げ、それを見てチスイも首を傾げる。


先程の焦げた木の周りを見ればわかることなのだが、チスイは気づかなかったのだろうかとアヒトは怪訝にチスイを見つめる。


「そ、そそそうだな。何にせよ、あの娘が危険なことには変わりないのだ。これを起こした魔物がまだ近くにいるかもしれぬからな。で、では参るぞ」


視線を泳がせて頰から汗を垂らし、いそいそとチスイは歩き出すが、途中の木の根元に足を引っ掛けた。


「ふがっ!?」


綺麗に顔面から地面にダイブするチスイ。


「ダメじゃん」


あまりの不甲斐なさにやはりいつも通りのチスイだとアヒトは思うのだった。


「仕切り直して。テトの身に危険が及んでいる可能性がある。素早く見つけよう」


「ん」


「わかった」


「うぅ……承知」


そうしてアヒトたちはテトを見つけるために動き出した。


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