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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第10章
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第4話 変身少女の名前とは

時刻は夕方。


アヒトとベスティアは未だに眠り続けている少女を連れて使役士育成学園の寮――アヒトの自室に戻ってきていた。


少女をアヒトの自室に連れて行くことにはチスイは反対していたのだが、ベスティアが連れて帰ると断じて引かなかったのだ。


なぜこんなにもこの少女を気にするのかアヒトにはわからなかったが、それを知るためにも今はベスティアの好きにさせてみようと思い、アヒトもチスイに頭を下げることにした。


さすがに二人に頼まれてはチスイも反対できなかったのか渋々了承してくれたことで今に至る。


「ティア、もうすぐ飯できるからあと少し待っててくれ」


「……ん」


返答がいつもより遅い。普段なら飛びつくように元気に返事をするのだが、今回は少女のこともあるのだろう。ベッドに寝かせている少女をじっと見つめている。


先ほどまではチスイの羽織を着せていたが、現在はベスティアの服を着せている。そのせいもあってかよりベスティアに似てしまっている。


「よしっ、完成だ」


できた料理を皿に盛り付けて、台所からベスティアのいる部屋に向かう。


アヒトが中に入ったことで料理の匂いを嗅いだのだろう。三角の耳がピンッと立つが、視線は少女に向けたままである。


「できたぞ。しかし、この子本当にティアに似ているな。さっきのリオナさんが言っていたように妹に見えても不思議ではないよな」


「いもうとっ!…………」


ベスティアの尻尾がブンブンと左右に大きく振られる。


おや? とアヒトは眉をひそめてあることに気づいた。


「なあ、ティアさんやい」


「ん?」


「もしかして、その子を妹にしようとしてますかい?」


ベスティアの揺れていた尻尾がピタリと止まる。そしてゆっくりとアヒトに視線を向けてくる。


「……だめ?」


「い、いやダメというか、その子はもともと野生のフォーゲル族で、そもそも本当にこの子が魔物かどうかすら分かっていないし……」


上目遣いで小首を傾げながら聞いてくるベスティアに少し見惚れてしまったアヒトは誤魔化すようにしどろもどろと言葉を発しているとベッドで寝ていた少女がもぞもぞと動きだした。


「んん……」


その声にベスティアが頭上に「!」を浮かべるほどの勢いでベッドに近づく。


何もそんなに慌てなくてもと思いつつ、アヒトは少女に声をかける。


「大丈夫かー? おれの声が聞こえるかー?」


少女の瞼がゆっくりと開けられる。


しばらく天井の一点を見つめていた少女だが、やがて首だけを動かして辺りをキョロキョロと見回し始めた。


「おーい」


アヒトの声で少女は一瞬ピクッと驚いた反応をしたが、アヒトの顔を見るとすぐに落ち着き、体を起こす。そして、自分の身体を見たり触ったりを繰り返している。


おそらく、身体中にあった傷や火傷といったものを探しているのだろう。生憎、今の少女の身体は傷一つなく、腕に生えている若干の羽毛がある以外はとても綺麗なものである。


不思議そうに小首を傾げる少女の目線にまでアヒトは腰を落として質問する。


「君、名前は?」


「…………?」


少女はキョトンとしたままアヒトを見つめている。


アヒトはもしやと思って口にしてみる。


「……もしかして、言葉がわからない感じか?」


「…………?」


またもやキョトンとした表情をする少女。


決して聞こえていないということではないだろう。アヒトが話しかけると視線をアヒトに向けてくるからだ。ということはやはり、ベッドの上でちょこんと座る少女は言葉がわからないのだとアヒトは理解する。


「まいったな。言葉が通じないとなるとどーするか……」


アヒトが腕を組んで唸っていると


「……な……まえ?」


「ん?」


「こと……ば?」


少女が何やら話し出した。


アヒトはもう一度少女に質問してみる。


「君の名前は何かな?」


「きみ……なまえ? は」


どうやら一度聞いた言葉を反復しているようだ。言葉を覚えようとしているのかはわからないが、結局通じないことには変わりない。再びアヒトは腕を組んで考え込む。


すると今まで黙っていたベスティアが口を開く。


「……テト」


「ん? どうしたティア」


「この子の名前、テトがいい」


とても女の子らしくない名前であるが、当の本人の名前がわからない以上、今は仮としてでも呼ぶしかないなとアヒトは思った。


「そうだな……君の名前はテトでいいかな?」


「てと?……なまえ?」


「そうだ。名前だ。ちなみにおれの名前はアヒトだ。こっちはベスティア」


「ティアでいい」


それを聞いてテトはアヒトとベスティアを交互に見て一人ずつ指差す。


「あひと?」


「おう」


「てぃあ?」


「ん」


最後に自分に指を差す。


「てと?」


「そうだ」


頷いて答えると、テトはそれが自分の名前だと理解したのか目をキラキラとさせてベッドの上で立ち上がる。


「てと! てーと、てーと、てーと、てと!」


そう何度も自分の名前を口にしながらベッドの上でまるで翼でも広げているかのように両手を広げてくるくると回りだした。


「お、おい。あまりベッドの上で暴れるな。埃が舞うだろ」


そう言ってアヒトがテトをベッドからおろそうと手を伸ばすが、それをテトは遊びだと勘違いしたのか満面の笑みを浮かべながらアヒトの腕を躱してベッドからおり、そのまま料理が並んでいるテーブルの周りを回り始める。


「ば、ばか。飯の前はやめろ!」


「きゃはっ」


ベッドからおりてくれたのはありがたいが、せっかく作った料理をダメにされては困る。


アヒトはテトを捕まえようと立ち上がった時、唐突にテトは飛び回ることをやめた。


今頃気づいたのか料理をじっと見つめて立ち尽くしている。ついでと言わんばかりに、お腹から可愛らしい音まで聞こえてきた。


「……一緒に食べるか?」


「いーしょ?……た、べる?」


「おう」


アヒトは手を使って何かを食べる仕草をテトに見せる。


それで理解したのかテトは目をキラキラとさせて何度も首を縦に振る。


そんな正直すぎる反応にアヒトは苦笑しながらもテトの分の皿とフォークをとりに台所へ向かう。


その間にベスティアがテトを自分の隣に座るように教えていたり、つまみ食いをしようとしているのを注意しながらもこっそり自分もつまみ食いをしたりしている。


「こらティア」


ビクッと尻尾を立てて両手は膝の上に置きながら口をもぐもぐ。それに習ってテトもアヒトのいる前で豪快に料理を鷲掴みして口に放り込み、両手を膝の上に置きながら口をもっきゅもっきゅ。アヒトに可愛らしい笑顔を向ける。


「はぁ……だめじゃん」


リスみたいに頰を膨らませている二人にアヒトは呆れながらもどこか可愛く感じてしまった。


「いいか? ティア。君がテトのお姉ちゃんになりたいならまずはお姉ちゃんらしいことをするんだ。姉というのは妹の見本にならないといけないんだ」


ベスティアはアヒトの言葉を聞いてコクコクと頷いた。


「よし、じゃあ改めて食事にしようか」


「ん」


「んっ!」


そうしてアヒトたちは食事をすることになった。料理は少し冷めてしまってはいたが、アヒトの向かいで食べている二人の表情がとても幸せそうなものだったので気にしないことにした。


自分の食事をしながら二人の食事を眺めていると、ベスティアが眉間にしわを寄せながら料理を眺めていた。


「どうしたティア。珍しく手が止まっているじゃないか」


「うぬぬ……」


何かあったのだろうかと心配していると、ベスティアは自分の皿に盛られた料理を隣にいるテトに渡した。


「な!?」


ベスティアが好き嫌いをするなど考えられなかったアヒトはベスティアの行動に絶句した。そんなに料理が不味かったのだろうかと落ち込みそうになる。しかし


「……(もきゅもきゅ)……?」


「もっと食べて。お姉ちゃんの分あげる」


「たべ……?」


「食べて」


テトはベスティアの優しい顔を見つめて満面の笑みを浮かべる。


「たべてー!」


そう言ってテトはベスティアの渡した料理を美味しそうに口に入れていく。


それを見てアヒトはベスティアが好き嫌いをしたわけではないことを理解する。先ほどアヒトが言った「お姉ちゃんらしいこと」というのをベスティアは実行したのだろう。はたしてそれが「お姉ちゃんらしいこと」なのかは定かではないが、考えて思いついた「お姉ちゃんらしいこと」がこれならとても微笑ましくなるものである。


「テト。今のは『食べて』じゃなくて『食べる』だぞ」


「たべるー!」


手を使って教えるとすぐに理解してくれるのでかなり頭はいいのではないだろうか。しかし、口の周りを汚しながらも次々と皿の上を空にしていくあたり、ますますベスティアに似ているとアヒトは思ってしまう。


だが、そこでアヒトは重要なことに気づいてしまった。


テトをベスティアの妹にするということはつまり、養育費というものも増えるということであり、ただでさえベスティアがいることで少なくなっているというのにアヒトの生活資金がより失くなってしまうことに直結していた。


アヒトの肩がガクリと落ちる。


夏休みの間に冒険者としてだいぶ稼いだがさすがにこれはきついかもしれない。学園が始まると冒険者として活動できる時間が限られてしまうため思うように稼げないだろう。


次々とやってくる問題ごとにアヒトは頭を抱えるのだった。


夕飯を食べ終えたベスティアとテトはアヒトにお風呂に入るように促されたため、ベスティアはテトを連れて風呂場に向かって行った。


その間にアヒトは食器の片付けにはいる。風呂場からは二人の楽しそうな声が響いてくる。


「なんだか騒がしい場所になってきちまったな」


食器を片付け終えてコーヒーを片手にしばらく呆けていると。風呂から上がり、洗面所にいるであろう二人の声が聞こえてきた。


『まって、まだ髪が拭けてないから』


『きゃはっ。ふふふ』


『あ!』


ガチャと扉が開けられてテトが入ってくる。


「おう、テト風呂は気持ちよかった……か……ッ!」


中に入ってきたテトは衣類というものを何も着ていなかった。身体中にまだ水滴がついており、髪も濡れて滴っている。


「ば、ばばばばか! なんでそんな格好で入って来るんだよ!」


「……?」


テトは自分の格好を気にしていないのか、それとも言葉が通じないからなのか不思議そうな顔をする。


胸の膨らみもあるかすらわからないまな板体型のテトであっても一応女の子の体である。柔らかそうな肉付きと艶やかな体のラインを見てしまったアヒトは動揺を悟られないようにコーヒーの入ったカップを口に近づけて飲もうとして


「テト、ちゃんと拭かないと風邪ひく」


そう言って部屋に入って来たベスティアもショーツを履いただけの格好だった。


「ブフゥー‼︎……ゲホッゲホッ……揃いも揃ってなんでそんな格好で入って来るんだよ! おれを殺す気か!」


「……? なんで貴様が死ぬことになる?」


アヒトの叫びにベスティアが「何言ってんだこいつ」といった視線を向けて来る。


たしかに女の子の体を見ただけではアヒト自身が死ぬことはないが、こんなことが多々あってはアヒトの社会的地位やこれからの人生の道を永遠の処刑台にしかねない。何よりベスティアの場合はそこそこ胸があるためアヒトにとっては目に毒であり理性が危ない。そうなっては本当に処刑台の道を歩むことになる。


そのことを理解していないベスティアにアヒトは目元を腕で覆いながら仰向けにベッドに倒れ込む。


「はぁ……た、頼むから服を着てくれ」


「……? わかった。テト、行こ」


「おー!」


テトはベスティアの差し出された手を握り、二人は再び洗面所の扉を潜っていった。


「ふぅ……もう今日は早く寝たい」


この一日だけでいろんなことが起きたような気がした。あれこれ考えるのは明日にして眠りにつきたいとアヒトは思うのだが、世の中は甘くない。


服を着て戻ってきたベスティアとテトだがテトの寝る場所がないという話になってしまった。


普段は一人用のベッドにアヒトとベスティアが眠っているのだが、さすがにテトまでは入らないだろうという話になったのだが


「どうしてこうなった……」


現在、ベッドにはアヒトを中心に両隣にベスティアとテトが寝る形となっている。しかもかなり強引に三人が寝ているため、アヒトは仰向けの状態から身動きが一つも取れない。こんな夏の夜に密着して寝るとか自殺行為に等しいのだがテトは幸せそうに眠り、ベスティアはアヒトの腕を胸に抱いて気持ちよさそうに眠っているため文句を言うこともできない。


「んー……眠れん」


腕に柔らかい感触があるのと両隣からの可愛らしい寝息で目が冴えまくっている。


せめて視力だけでも休ませようと瞼を閉じるのだった。


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