第2話 晴れ時々心は雨
森を出て急いで帝都に戻ったアヒトたちは冒険者ギルドに戻るより先に病院へ向かうことにしたのだが
「この子って動物病院がいいのか? それとも普通の病院か??」
少女を抱えて走るチスイに向けてアヒトが質問する。
「囀るな。私が知るわけないだろ」
「そうだよなぁ。わかるわけないよなぁ」
「なんだと? それは私に対する侮辱か? どうやら死にたいようだな」
チスイがアヒトに向けて鋭い視線を飛ばす。
「いいいいやいやいや、何でそうなるんだよ。すぐにそうやって汚い言葉を使うのは君の悪い癖だぞ!?」
アヒトがそう言い終えた時、買い物バックを片手に通りがかった一人の眼鏡少女と目があった。
「あっ」
「……ん?」
少女はアヒトのことを知っているのか、ポカンと口を開けて固まった。
しかし、アヒト自身には会った記憶が全くなく、彼女に視線を向けながら首を傾げる。
黒髪を一房のおさげにした少女などアヒトの記憶の中に一人、海に行った時に出会っているが、あの時の少女は強烈過ぎて記憶に残っているため、目の前の少女とは全く似ていないことがわかる。何より背丈が違う。しかし、それ以外にアヒトの記憶の中でこの髪色と髪型をした少女に覚えはなかった。
「えっと、どこかであったかな?」
「あ、えっと……その……」
とりあえず質問してみたがその少女は口をパクパクとさせているだけで上手く話せていないようだ。
そして少女は徐々に視線を地面の方に向けて俯き、小さく言葉を漏らした。
「……り、リオナって言います。サラの友人です」
サラの友人と聞いてアヒトは納得する。おそらく、サラと一緒に行動しているところをどこかで見られたか、サラ自身が友人に話したのだろう。
「リオナさんだね。サラからおれたちのことを聞いていたのか?」
コクリと頷いたリオナはおずおずと後退りながら
「……じゃ、じゃあこれで」
そう言って頭を下げると、リオナはくるりと百八十度体の方向を変えて急いでその場を離れるかのように歩き出してしまった。
「ま、待ってくれ! サラの友達ってことは、君も魔術士なんだろ? この子を助けてくれないか?」
その言葉を聞いてリオナは動かしていた足を止めてゆっくりとアヒトの方に振り返った。
アヒトは隣のチスイが抱えるベスティアによく似た少女を示しながらリオナに視線を向ける。
リオナはアヒトと眠っている少女を交互に見て、ゆっくりとアヒトたちのもとに近づいていく。
近づくにつれてアヒトに向ける視線が汚物を見るようなものに変わっていっているのはおそらく気のせいでありたい。
そしてアヒトたちのもとに来たリオナはチスイに抱えられて眠っている少女を確認する。
「怪我してる……かなり重症」
「そうなんだよ。だから君が魔術士ならーー」
「『治癒』」
アヒトが言い終える前にリオナは懐から杖を取り出し、生物の自然治癒力を促進させる『治癒』の魔術を使用した。
すると、少女の体のいたるところにあった傷がみるみる消えていく。
「『再生』」
さらに、リオナは『治癒』の魔術だけでは傷や火傷は治せてもより深い傷や火傷の跡までは治せないため『再生』の魔術を使用する。火傷跡は失われた表皮や真皮のかわりに形成される肉芽という組織であるため、自然治癒力を高めるだけの魔術では綺麗な皮膚を取り戻すことができない。そのことを知っているリオナは火傷跡が残らないようにするために失われた表皮や真皮を『再生』させる。
「これで大丈夫」
「ありがとう。まさか再生魔術まで使えるなんて思わなかったよ。確か上級魔術じゃなかったか?」
「この子、腕に変なものがついてますけどこれは何ですか? 治癒でも再生でも治せなかった」
リオナはアヒトの質問を無視してチスイに訊いた。
アヒトの目が点になる。
「む、私か? そうだな、私にもよくわからぬ」
リオナがベスティアに視線を向ける。
「あなたは何か知ってる? この子はあなたの妹ではないの?」
「い、いいいい妹!?」
ベスティアは目を丸くして固まる。
ベスティアは周囲の人に悪影響を抱かれないように外界と学園内領域以外ではフードを被るようにしている。そのため、ベスティアの三角の耳はフードで隠れていてリオナには見えず、体半分はアヒトの背中で隠れているためふわふわの尻尾も見えていないので顔だけでは妹と見間違えられても不思議ではないだろう。
「どう?」
リオナは小首を傾げて再度ベスティアに訊く。
「え、えと……わからにゃい……」
「そう。変わったこともあるんだね」
リオナはそう呟くとアヒトたちからゆっくりと距離をとる。
アヒトの目がまた点になる。
流れ的に自分にも質問されるのではと少し期待していたアヒトなのだが、拍子抜けして何も言葉が出なかった。ここまで無視されるとさすがにアヒトのハートがブレイクしかねない。チスイに砕かれて脆くなったアヒトのハート様がまた砕けてしまう。
「じゃあ、し、失礼します」
リオナは頭を下げてアヒトたちを背にすたすたと駆け足で去って行った。
アヒトの視線がゆっくりと空に向けられる。
爽やかな青だった。
「む?どうした。何故棒っと突っ立っているのだ」
「……あひと?」
チスイとベスティアがアヒトを不思議そうに見つめる。
「なんでも、何でもないんだ……」
どうしてこんなにも泣きたい気持ちになっているのだろうか、とアヒトは自分の心に問いかけるのだった。




