第1話 大胆少女がいない日
夏休みだからと言って腑抜けていてはならない。数日前の海に行った時のように遊んでばかりではいつまでも強くなれない。アヒトとベスティアは強くなると誓った。だから今日も魔物を狩りに行く。
現在、アヒトたちは都市を出て外界の魔物を狩っていた。迷宮ばかり潜っているのは飽きるので、たまには外界の魔物と戦うのも悪くないと思ったのだ。迷宮の狭い場所での戦い方と外界の開けた場所での戦い方は全く違うためいい経験になるだろう。
一般の学生や子供といった人たちは外界に出ることは許されないのだが、冒険者であれば関係のないことである。アヒトたちは門番兵に冒険者の証であるプレートを見せることで外界に出ることができ、現在に至っている。
「そろそろ休憩にしよっか」
ちょうど魔物の気配が途絶えたため、アヒトは声をかける。
「うむ。それにしても、サラがいないと魔術とやらの有り難みが嫌という程解るものなのだな」
チスイが刀を納めてアヒトのもとへ近づいていく。
「しょうがないさ。学園からの課題が出ていたみたいだからな。かわりにおれが魔術で援護するよ」
アヒトの言う通り、サラは学園から出された課題を終わらせなければならないため、今日は休んでいる。そのため、アヒトはできるだけサラの役割を肩代わりしようと言った。
「お前がか? ふん、サラの代わりが務まると思ったのか、戯けが」
チスイがあごを少し上げて見下すような視線をアヒトに向ける。
「け、けどな、援護がないと辛いだろ?」
「問題ない。私は一人でも余裕なのだ。逆に下手な援護でもしてみろ。誤ってお前の首を落としてしまうかもしれぬぞ」
「そ、それは勘弁願いたい」
アヒトは頰を引きつらせていると服の裾を引っ張られる。振り返るとベスティアがどこかを指差していた。
「あそこ、休憩場所として良いと思う」
アヒトはベスティアの指差している方向に視線を向けると、そこには倒木がいくつか並んでいた。
「そうだな。あの倒れた木を椅子にして少し休憩にしよっか」
そう言ってアヒトは歩き出す。
「お前みたいな軟弱者に指示されるのは少し腹立たしいが、今日はそれ以上に機嫌が良いのでな、従ってやるのだ。有り難く思え」
なんとなくなのだが、チスイの機嫌が良いのはサラがいないからなのではないかとアヒトは考えている。普段は抑止となっていたサラが今日はいないため、チスイの毒舌が増し増しである。
アヒトは心の中でサラに礼を言うと同時に、いつ自分の首がなくなるのかと不安でサラに助けを求めるのであった。
「ふぇっくち」
「あれ、サラちゃん風邪?」
いきなりくしゃみをしたサラにアンは心配した表情になる。
「んー、たぶん大丈夫だよ」
「誰かが噂でもしてる?」
リオナが課題のノートにペンを走らせながら聞いてくる。
「そうなのかなぁ……」
サラは頰を赤くし、それを隠すようにティーカップを手に取り口に持っていく。
しかし、アンは見逃さない。サラにニヤついた笑みを向ける。
「な〜に顔赤くしてんのよ。アヒトさんが噂してると思ったの? いいねいいね、サラちゃんの頭の中はいつもお花畑だね〜」
ツンツンとサラの脇腹をつつくとビクッと肩を跳ねさせて「ひゃっ」と可愛い声が漏れる。
「ちょっとアンちゃん。溢れたらどうするの!」
サラは少し頰を膨らませて視線を向けるが、アンの目つきが変わったことにギョッとする。
「ニッヒッヒ、かわええ声出しおって。お姉さんにもっと聴かせてな」
「なんか変なスイッチ入っちゃってる⁉︎」
アンが両手を前に出して指をいやらしくクネクネさせながらサラにゆっくりと距離を詰める。
「あ、アンちゃんキャラを取り戻して!……ま、まって、ほんとに……だ、だめだからぁぁぁあ」
アンがサラに覆いかぶさる形で脇腹をくすぐり始める。
それを見たリオナはサラとアンの課題ノートを汚れないように素早く安全な場所に仕舞う。そして自分は関わらないとでも言うように静かに本を開いた。
「ええんかぁ?ここがええんかぁ?」
アンは逃げられないようにしっかりとサラの腰にまたがる。
「あ、アンちゃん……そ、それ……前も、聞いた……」
息も絶え絶えにサラは言うがアンは止まらない。
「サラ、おれから逃げられると思うなよ」
キラッと歯を見せて誰かのモノマネをするアンだがサラにはそれが誰を真似ているのかすぐにわかる。
「アヒトはそんなこと言わないと思うよ!」
「ふ、わからないだろ。おれはやる時はやる男なんだゼ」
「もう誰かわからないよ! とにかくやめてぇぇええええ」
サラの叫びも虚しく、アンは再びサラのくすぐりを開始した。
脇腹をくすぐられて笑うサラとそれを楽しそうな顔で行うアンを見てリオナはまだまだ課題は終わりそうにないなとため息を吐くのだった。
休憩のため倒木に腰を下ろしたアヒトとベスティアだが、チスイは水分補給だけするとすぐに立ち上がり、近くで素振りを始めてしまった。
アヒトはベスティアが戦闘後に腹をすかすのを予想して持ってきた、ソーセージをパンの生地で包んで焼き、その上に赤い液体ソースをかけたソーセージパンをベスティアに手渡す。
ベスティアは目をキラキラさせながら受け取り、ゆっくりと食べていく。
食べている時の幸せそうな顔を見てアヒトは頰がほころぶ。
「うまいか?」
「ん……」
ベスティアの肯定の言葉を聞いて、アヒトは朝早くに作った甲斐があったなと思うのだった。アヒトも自分の分のパンを取り出して口に含む。
しばらくして、素振りを終えたチスイが戻ってくる。
「チスイも食べるか? それだけ動けば腹も空くだろ」
「む、そうだな。頂くのだ」
チスイが倒木に腰掛け、刀をその隣に立て掛ける。
「ほれ、食べてみ」
「うむ」
アヒトから受け取ったソーセージパンをチスイは矯めつ眇めつ眺め、一度アヒトに視線を向ける。
アヒトが「食べないのか?」と言ったふうに首を傾げるのを見てチスイは再度手に持っているソーセージパンに視線を移し
「いただきます」
そう言って一口かじる。
チスイは目を見開いた。パンはとても柔らかく、口の中に広がる肉の香り。冷めていてもしっかりとした美味しさを感じることができた。何よりパンに塗られた赤いソースが味をより引き立てていた。
「……美味であるな。悪くない」
「それは良かった」
チスイは口の中のものを飲み込むやいなやすぐに二口目に移る。
アヒトはそれを眺めているとふとチスイの隣にある鞘と柄が青みがかった、黒を基調とした刀に視線が向けられる。そして気になっていたことを口にした。
「ちょっと良いか? その刀は貰ったって言っていたけど、どんな人だったんだ? こんなすごい刀を打つ人なんて聞いたことないからな」
ひとりだけ作れそうな人物が頭によぎったが流石にチスイの刀は作れないだろうとアヒトは思った。
パンの残りを口に入れて、飲み込んでからアヒトの質問にチスイは答える。
「この刀を授けて下さった女性は私の師匠であった。師匠なんて一度たりとも言ったことないのだがな。しかし、今思えば師匠が着ていた服は私の村には相応しくない珍妙なものであったか。まるでこの世界の人間ではないように思える……ふむ」
チスイは記憶を辿るように腕を組んで瞳を閉じて唸っている。
「この世界の人間ではない? すまないチスイ。もう少し詳しく教えてくれないか?」
アヒトは身を乗り出すようにしてチスイに質問する。
それに片目を半分開けて視線を向けたチスイは口元を笑みに変えて答える。
「良いだろう。今日の私は機嫌が良いから特別に話してやるのだ。何処から話すか……師匠と出会った時から話そう。あれは今から三年前と言ったところか。私がまだ十三の時だ」
そう言ってチスイは淡々と語り出した。




