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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
外伝
63/212

夜を征く者達へ

幕間のかわりに外伝を書きました。

ヘキサグラムが異世界から帰って来たその日の夜。


軍部の備え付けのバーに二人の影があった。閉店まじかでその二人以外に姿は見えず、二人は並んでカウンターに腰をかけていた。


「お酒は飲めないんじゃなかったのか?」


黒いローブを着た青みがかった白髪の女性が隣の女性に話しかける。


「部下の前ではね」


酒の入ったオールドグラスを回しながら答えるのはヘキサグラム指揮官兼四元帥の一人、ルシア・ニコーレ・ヴァルーチェだった。


「そうか。それで、頼んでおいた調べごとはしてくれたか?」


黒いローブの女性はルシアに訊いた。


ルシアはポケットから縦十センチ横二十センチほどの大きさの物体を取り出してカウンターに置き、黒いローブの女性に渡す。


「もちろん。君が頼みごとなんて珍しいからね。しっかりとさせてもらったよ、忍元帥」


この黒いローブの女性の正体は魔王直属の暗殺兼護衛組織「エンフォーサー」の一人であり指揮官である四元帥の一人。笹榑 忍である。


「私の依頼の他に気になったことは?」


「そうだね。三人ほどいるかな」


忍の質問にルシアは答える。


「その三人の情報はこの中にあるか?」


「ああ、君の依頼の八つ腕の魔族とこちら側の亜人と思われる少女とその少女を使役する少年の情報はもちろん、その三人の情報も入ってるよ。魔族はこちらとは関係なかったようだけれどね。君のとこの子が必死に追いかけている『ピエロ』とは恐らく何の接点もない。噂の亜人のベスティアちゃんについては君のところで見てくれたまえ」


そう言ったルシアはベスティアの写真を見せてニッコリと微笑む。


「勝手に決めないでくれ。ルシアはいつもそうだ。何でもかんでも勝手に決めつける。私がお前と別れた要因だ。魔族の件もそうだ。『ピエロ』と関係があるかないかは私たちが調べて判断する。なんせ SS級犯罪者デュオエスレートクリミナルだからな」


忍は眉間にしわを寄せて酒を飲みながら話す。


「亜人の主人であるアヒトという人物は非常に危険極まりない。世界線を飛び越えて半永久的にこちら側の存在を向こう側に縛り付けるなど、人間の領域を些か逸脱している。そのせいでこちらとあちらの境界線には歪みが生じている」


頭を抱える忍にルシアは


「もしかしたらそれはその青年の能力ではないのかもしれないよ。詳しく調べないとわからないがね。早急に対処しないといけないことでもあるまいし、大丈夫さ」


と軽く声をかける。


しかしその話を陰で聞いていた者が姿を現す。


「ベスティアっつったよな。あの野郎生きてやがったか」


ヤギのような仮面を被った女性がクツクツと愉快そうに笑う。そしてそのままバーを出て行った。


「あの子を行かせてもよかったのかい?」


「私たちは二人一組で動いている。私を除いてな」


そう言いながら席を立つ忍は伝票を持っていた。


「その伝票は意味ないよ。私が先に払っといたから」


「それを先に言え」


忍はルシアに手袋をはめた手でデコピンする。


「ホテルも取ってあるけれど久々にどう?」


「仕事がある」


早々にバーを出た忍はすぐにフードを被り消えた。







バーで話していた「あの子」は今まさにバディの少女と共に、とある人物の部屋へと向かっていた。


「おい! リンいるか?」


ズカズカとノックもせずに入った部屋は、リンの自室であり研究室でもある部屋だ。


「な、なんですか。そんなに慌てて急な任務ですか?」


寝ていたのか寝ぼけ眼を擦りながらリンは慌てて顔を上げる。その部屋には壁が見えないほどに本棚が敷き詰められ、その中には整理整頓された本が所狭しに並んでいた。床と机には山のように積もった書類であふれている。


「扉の接続を頼みたい。ヘキサグラムの奴らが行ったところだ。やれ」


「あまり多用したくないんですけど……」


「あ? 文句あんのか?」


「や、やらせていただきます……」


脅すような目つきと口調に屈したリンは仕方なく扉を繋ぐ準備にとりかかる。


すると、背後から別の声がかけられる。


「ごめんね。リン」


「あ、クッコちゃんもいるなら安心ですね」


リンは明るい声でクッコと呼んだ少女に返事をする。


クッコは鉄製の面をつけ、黒いローブでフードを目深に被っている。


「おい、そりゃどういう意味だ?」


先ほどの女性が壁にもたれかかりながら口を挟む。


「だってカプリさん戦い方めちゃくちゃなんですもん。前に私が作った武装だって三回で壊しちゃったじゃないですか。あれ作るのすっごい時間かかるんですよ?」


と、目がさえてきたのかカプリと呼ばれた女性に反論する。


女性もクッコと同様黒いローブを身に纏ってはいるが、仮面はつけていない。


「まだ試作品だったんだろ? ならいいじゃねぇかよ」


カプリは悪びれる様子もなく無愛想に答える。


「何のための試作品だと……まぁいいです。ほら繋げましたよ。言っておきますが時間帯はランダムになりますから、ヘキサグラムの方々が飛んだ時間帯に飛べるかは保障できませんよ」


しぶしぶ繋げた扉を指さし、早く行ってほしいと言わんばかりの声と態度で二人を見送る。


「行ってきます。リン」


「はい。行ってらっしゃい。クッコちゃん」


リンはクッコとは挨拶を交わして手を振った。


カプリとクッコが扉をくぐり、周囲を見渡す。


「なんつーとこに繋げてんだよ」


二人は深い森の中に出てきていた。


カプリは面をつけながら文句を垂れ流す。


「人目につかないところを選んだんでしょ」


クッコはカプリに向けて冷静に言葉を返す。


そんなクッコの言葉を無視してカプリは森を歩いていく。


しばらく歩いた先に明かりが見えたカプリは木の枝に飛び移り、そこから見える道を眺める。


すると、その道を二人の人影が通っていく。


「なんだよリンの奴。俺の標的のこと知ってたのか。てか誰だよあの男」


それは学園が終わり、帰っている最中のアヒトとベスティアの姿だった。


アヒトは片手に食材の入った袋を持ち、ベスティアは手に「合同合宿」と書かれた紙を見ながら歩いている。


カプリはアヒトを無視してベスティアのことを一点に見つめる。


その視線に気づいたのかベスティアの獣耳がピクッと反応し、カプリに視線を向ける。


「クッコ。手を出すなよ?」


「はいはい」


クッコの返事を聞いてカプリは口角をつり上げる。


ベスティアは呑気に欠伸をしているアヒトに気づかれないように側を離れ、カプリのもとへ駆けてくる。


それを見てカプリは森の奥へと移動する。追いつかれないように、だが見失うこともないようにベスティアを森の中へと誘う。


そしてある程度まで進んだところで足を止める。ベスティアも一定の間隔をあけて止まる。


「貴様は人間? それとも……」


「こんな仮面被ってる奴が人間な訳あるか」


ベスティアの言葉を遮ってカプリは鼻で笑うようにして言葉にする。


「さて、久しぶりだなベスティア。ざっと十年ぶりか?」


「……?」


カプリはそう言うが、ベスティアは何のことかわからないといった風に小首を傾げる。


「あ? お前本当にあの時のベスティアか? ずいぶんとやる気の失せる目ぇしやがって」


ベスティアの青い瞳を見てカプリは不気味なヤギをを模した仮面をカンカンと指で突く。


その行動を見たベスティアは頭に電流が走ったかのような痛みに襲われる。


「まぁ、戦ってみりゃ分かるか」


その言葉と同時にカプリは地を蹴りベスティアに接近する。


「――ッ!」


「もう始まってんぞごらぁ!」


カプリが踵を高く上げて振り下ろす。


それをギリギリのところでベスティアは躱すが、カプリの踵落としを受けた地面は大きく抉れ、その衝撃波で後方に飛ばされる。


「ボサッとしてんな。殺し合いにルールも審判もないんだぜ? わかってんのか?」


「そんなこと……知ってる」


「だったら来いよ! あん時の瞳を俺に見せてくれ。なぁ!」


カプリの叫びに応えるようにベスティアは周囲の空間を裂いてそこから『無限投剣』を射出する。


カプリはそのすべてを軽く体を捻ることで躱してみせる。


「なんじゃそりゃ!? どっから出てきやがったんだよこのナイフ」


冷静に躱したように見えてカプリはかなり驚愕しており、『無限投剣』が通り過ぎた方向を眺めながら口にする。


その隙を狙ってベスティアは高速でカプリとの距離を詰める。


しかし、ベスティアが攻撃をするよりも早く、カプリは振り向きざまにベスティアの脇腹に蹴りをねじ込む。


「がはっ」


ベスティアの体はくの字に曲がり、そのまま大きく吹き飛んで木にぶつかり、地面に倒れる。


「うっ……」


ベスティアは脇腹を押さえながらゆっくりと起き上がる。


「ダメだ。お前には怖さを感じねぇ。十年前はまだそれがあったのによぉ。俺の見込み違いか? 脆弱、軟弱、貧弱。弱い弱い弱い!」


動きが鈍くなったベスティアをまるで石ころでも蹴るかのように何度も蹴り上げ、蹴り落とし、蹴り飛ばす。


「ぐっ……ああああ!」


ベスティアは地面を踏ん張り、声を荒げながらカプリに殴りかかるがそんな単調な攻撃など彼女に通じるはずもなく、拳を躱して両足でベスティアの体を挟んだカプリは空中へと投げ飛ばす。そして動けないベスティアに向かってまるで落ちているかのような勢いで腹部に強烈な蹴りを打ち込んだ。


ベスティアは地面を何度も転がり、止まった時にはすでに気を失っていた。


「これで終わりか? 面白くねぇなおい」


カプリはベスティアにとどめを刺そうと近づく。


一歩一歩ゆっくりとした足取りで進み、ベスティアとの距離がなくなったその時、突如カッと目を開いたベスティアはなんの前触れもなく、いつ起き上がったのかも理解できない速度でカプリに拳を突き出した。


「――ッ!?」


その拳はカプリの面に触れた瞬間爆発し、カプリは吹き飛ばされ仮面が粉々に割れる。


ベスティアはゆらゆらと体を揺らしながらゆっくりと歩を進める。その瞳は普段の青いそれではなく、灼熱に燃える赤へと変わっていた。


「ハッ、それだよ、その目が見たかったんだよベスティアぁぁあ!」


カプリは素顔をさらしていることなど気にもせず、興奮したように声を荒げる。


「来いよ、俺を楽しませてみろ」


カプリはクイッと指を曲げて挑発する。


しかし、ベスティアはゆっくりと動いていた足が止まると糸の切れた人形のように地面に膝をついて倒れ、再び動かなくなった。


「なんだよ。期待させやがって」


カプリは倒れたベスティアを無視して踵を返す。そこにクッコが木の枝から飛び降りてくる。


「派手にやられたね」


「ふん、こんなのやられたうちに入らねぇよ。帰ろうぜ。早く帰ってキンキンに冷えたビール飲みてぇ!」


「おっさんみたいなこと言ってる」


クッコは呆れながらポケットから指輪を取り出して親指にはめる。その手で手刀を横なぎにすると空間に亀裂が入り、ガラスのように割れる。


その亀裂の中は延々と暗闇が広がっていた。二人が通るには十分すぎる大きさまで亀裂が広がると指輪は砕け散る。


クッコはその中に飛び込み、カプリも同様に飛び込もうとして一度ベスティアの方向へ視線を向ける。


「あともう少しだな……もう少しで……あいつは俺と同じ舞台に立てる。楽しみだ」


そう呟いた時、どこかからベスティアの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


そのため、カプリはそれ以上ベスティアに視線を向けることなく亀裂の中に入っていく。すぐに亀裂は逆再生するかのように閉じて消えていった。


「無駄な痕跡残してさ。怒られるどころじゃ済まないよ?」


クッコは戦闘の跡や顔をさらしたことについてぶつぶつと言葉にする。


「るっせぇな……俺の勝手だろうがよ」


「あっそ」


クッコは呆れながらもカプリの腕をチラチラと見る。


「あ? んだよ」


その視線に気づいたのかカプリはクッコに問いかける。


「その腕。骨見えてるけど大丈夫なの?」


「見えてるだけだろ? 肉食って酒飲んで寝りゃあ治る。気にしねぇでいい」


「カプリがそう言うなら、私たちは何もできないね。モキュムキュ」


「モッ! モッキュ!」


クッコが自分の影から取り出した黒い球体を手のひらに乗せて会話している。


「何か言ってんのかそいつ」


「そいつじゃなくてモキュムキュ」


カプリの言葉をわざわざ拾って訂正する。


モキュムキュとはこの黒い球体の名前であり、クッコはモキュムキュのことを「そいつ」呼ばわりされることが気に障るらしい。


「んで、そのモキュムキュはなんて言ってんだ?」


「ざまぁ」


「んだとゴラ」


「はいはい、落ち着いて」


クッコの冷静な返答にカプリはわざとらしく舌打ちをする。


「あの子のこと気にしてたけど、何かあった?」


クッコがベスティアに対してカプリに質問する。


「なんもねぇよ……昔会ったことがある程度だ」


「そっか」


クッコはそれ以上聞くことはなく、ただ口を閉ざして暗闇の中を歩いてリンの部屋まで戻ってきた。


「ただいま」


「おかえり」


二人の帰還を待っていたのかリンが本を片手に静かに待っていた。


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