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亜人娘が得たものは  作者: 戴勝
第8章
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第9話 闇の中の真実

時は少し戻って、アヒトは鼻血を止めるためにトイレに行ったついでに更衣室で水着に着替えた。そして、ベスティアたちがいる場所へ戻ると、そこは戦場になっていた。


「……は?」


足跡一つなかった綺麗な砂浜はどこへやら。今では大量のクレーターが出来上がっていた。もちろん、この惨状を作り出したのは、今もなお派手に繰り広げている二人の少女――ベスティアとチスイであった。


彼女らは何をしているのかというと、海に来ると誰もがするであろうビーチバレー(ネット無し)である。


アヒトはベスティアとチスイのいる方向に視線を向ける。ちょうどベスティアの頭上にボールが上がっているところであり、それを人間では出せない高さまで跳躍してチスイにめがけてボールを叩き落とす。


一瞬ボールがボールではない形に変わり、そのまま高速でチスイに飛来する。


そんな速さのボールを捉えているのか、チスイは腰を少し落とし、そして腰に携えている妖刀『幻月(げんげつ)』を、刃を抜かずに鞘に納めたままでボールを斬りつけた。


ボールが刀に触れた瞬間、チスイが立っていた場所を中心にクレーターが作られる。


ボールは回転を止める事なく刀を押し返そうとする。しかし、チスイは刀を握る手に力を込めて勢いよく振り抜いた。すると、ボールはベスティアが着地した場所めがけて一直線に光の線を走らせながら飛んで行く。


それをベスティアは回し蹴りをする事でボールを受け止めてチスイに再び高速で打ち放つ。その際、ベスティアのいた場所もチスイと同じくらいのクレーターを作っていた。


そして、チスイはまたもや刀で高速で飛来したボールを打ち抜こうとして……


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁああああ」


突如アヒトによってかけられた声により、チスイの集中が切れ、ボールをうまく捉えることができずに明後日の方向に飛ばしてしまった。


「私の勝ち」


ベスティアがチスイにキメ顔を送る。


「む、今のは無効だ。この軟弱男が邪魔立てしなければあの球をしかと受け止めることができたのだ」


「言い訳は、見苦しい」


「ぐぬぬ」


チスイは悔しげにベスティアを睨みつける。ここまでずっと互角に渡り合えて来たのだ。チスイにとってこの勝負はとても屈辱的なものだろう。


「そうじゃなくって! 二人とも何やってるんだよ。こんなに砂浜を穴だらけにするなんてどーかしてるぞ」


アヒトが二人に近寄って尋ねる。


「む? 何って、びーちばれー、だが?」


「いや、そんなわけないだろ! 君たちがやっていたのは明らかにベースボールとキックボールだったじゃないか! そもそもビーチバレーは二対二で行う競技だ」


「しかし、サラからは球を落とさなければ良いと聞いていたが?」


アヒトはサラのいる方に視線を向ける。


「あはは……私もあまりルールは知らないんだけどね。楽しめたらいいかなーって」


作り笑いを浮かべて視線をそらすサラにアヒトは呆れた表情をするしかなかった。


「ティアもこんなになるまでなぜ気づかなかったんだ」


「っ! ごめん……なさい」


ベスティアの獣耳がしゅんと垂れ下がる。チスイに負けたくなかったなどと決して言えなかった。そんなベスティアの素直な態度を見てアヒトは少し落ち着きを取り戻した。


「そういえば、チスイのその刀は大丈夫だったのか?」


あれだけ何度もボールを打ち付けていたのだ。いくらボールが柔らかくとも高速で飛んで来たとなれば別である。誰かから貰ったと聞いていたため、アヒトは余計に心配になる。


「問題ないぞ。こうして鞘が抜けないように鍔の所で縛っている故」


チスイはアヒトが見える位置まで刀を持ち上げる。


「いや、そうじゃなくて」


チスイの的外れな回答にアヒトは思わず笑ってしまう。


何故笑うのかと不思議そうに小首を傾げたチスイだが、少し考えて合点がいったのか「ああ」と呟いた。


「それこそ問題ないのだ。この鞘は絶対に傷などできぬ」


そう言い終えた時、「ぐぅ〜」という可愛らしい音がどこからか聞こえて来た。


アヒトは自分ではないため、他の三人を見るとベスティアが俯きがちにお腹をさすっていた。


「腹減ったのか?」


少し視線をそらしながらコクリと頷くベスティア。お昼にするにはまだ少し早い時間だったが、あれだけ動いてたのだ、腹も減るだろう。確か、近くの出店に「焼きそば」という食べ物が売っていたなとアヒトは思い出した。


「わかった。じゃあちょっと焼きそば買ってくるよ。二人も要るか?」


アヒトはサラとチスイにも一応訊いておく。


「じゃあ、お願いしようかな」


「うむ、頼んだ」


「へいへい」


二人の注文を受けたのでアヒトは足早に出店の方へ向かおうとすると片腕を少し引っ張られた。振り向くとそこにはベスティアがおり、視線をそらしながら話しかけて来た。


「……一緒に行く」


「わかったよ」


未だに三角の耳がぺたんと倒れていることからかなり落ち込んでいることがアヒトには理解できた。


そんなに落ち込むことないだろと内心で呆れ笑いをしながら出店の方へ向かうのだった。


「まだ、怒ってる?」


出店に向かう途中、ベスティアが唐突に訊いてきた。


おそらく、この瞬間まで何も会話をすることなく歩いていたからだろう。しかし、会話をしないで歩くことなら今までもあったような気がするとアヒトは思ったが、とりあえずベスティアの質問に答える。


「怒ってないぞ」


「ほんと?」


「本当だ」


「焼きそばの量、みんなより少なくしたりしない?」


「しねえよ!どんな嫌がらせだよ。おれの器小さすぎだろ」


思わずベスティアに視線を向けてアヒトは叫んでしまう。それにビクッと肩を跳ねさせて少し怯えた表情をするベスティアにアヒトは少しの罪悪感を覚えてしまい、言葉に詰まる。


「えっとだな、とにかく、おれはそんな事はしない。だからティアもいつまでもそんなしょぼくれてないでいつものティアに戻ってくれ。そうじゃないとせっかくの可愛い水着が台無しだぞ?」


アヒトの言葉を聞いて、ベスティアは倒れていた耳を起こして、尻尾を左右に揺らしながら先ほどとは違う意味で視線をそらす。


「かわいい……ふふ」


それを見てアヒトはベスティアの頭を少し乱暴に撫でる。


「はにゃ⁉︎ うにゃあああああにをする!」


ベスティアがアヒトの腕を強引に払いのけて睨みつける。


「うん、やっぱりいつものティアがいいよ。よし、それじゃあとっとと買いに行くぞ」


「それはどういうこと?」


アヒトの言葉の意味を理解できなかったベスティアは再び尋ねるがアヒトは笑って誤魔化してしまった。


そうしてアヒトとベスティアは目的の出店に到着する。あまり人は並んでいなかったがとりあえず買うと決めたので、「焼きそば」と書かれた出店の前まで向かうと、店の前にラッシュガードを羽織った艶やかな黒髪の少女が声をかけていた。


「店主、焼きそば一つお願いするっす」


「はぁい……あら? 声が聞こえた気がしたんだけど」


「ここっすよ! 下向くっすよ!」


ベスティアより少し背の低い少女が頑張って店主に存在アピールをしていた。というより、どこかで聞いた声だと思っていたら店主はロマンだった。


「あらぁ、小さなお客さんじゃな〜い」


「誰がぺったんこっすか! でかいのも大概にしろっすよ!」


「だ〜れが筋肉ゴリゴリマッチョのデカブツオッサンよ!」


「そんなこと一言も言ってないっすよ! 被害妄想激しすぎるんすよ!」


今にも乱闘になりそうな雰囲気を出している二人にアヒトはよそよそしく近づく。


「あ、あのー、ロマンさん?」


「ん? あらまぁ、いつぞやのお兄ちゃんじゃな〜い。今日はどうしちゃったのん? 二人でデートかしらぁ」


ロマンの質問に苦笑いで答えるアヒト。やはりこの人は話しづらい人だと思った。


「そんなことより早く焼きそばくれるっすよ」


黒髪の少女が会話に割って入り、仏頂面でロマンに手を差し出した。


「あらやだ、ごめんなさいねぇ。今すぐ渡すわよん」


先程までの喧嘩はどこへやら。ロマンは上機嫌に料理台に戻っていき、作り置きではなく、一から焼きそばを作り始めた。


そして少女はキョロキョロと辺りを見渡し、ベスティアの所で視線をとめる。


「ん?……なんでこっちの者がここにいるんすか?」


少女は訝しげな表情でベスティアに近づく。


「えっ」


ベスティアは少女の言葉を聞いて目を丸くする。明らかにベスティアの素性を知っている雰囲気を出していたからだ。


「こっちの者って、どーいうことなんだ?」


アヒトが近づいてくる少女に訊くが、チラッとアヒトを見ただけで答えることなく、すぐにベスティアに視線を戻し、決して並の少女が見せてはならないニヤついた笑みを浮かべながら顎に指を添えて口を開く。


「それにその耳……もしかして猫族っすか? 猫族は滅んだって聞いていたんすけどね。こんな所に生き残りがいたんすね」


それを聞いたベスティアは完全に理解した。目の前にいる少女は、ベスティアのいた世界の住人だと。


さらに、ベスティアにとって聞き捨てならない言葉を少女は口にした。


「猫族が、滅んだ……?」


「あれ、知らなかったんすか? そうっすねぇ。こっちでの春頃っすかね。なんでも猫族の一人が混血種を迫害したことによる罪で、種族が絶滅したんすよ。ダメっすよねえ、平等に自由を手にするべき世界でそれを踏みにじるようなことをしたら」


春頃といえば、ベスティアがアヒトに召喚された時期に近い。もしかすると、ベスティアが召喚されたすぐ後に猫族が滅んだのかもしれない。


ベスティアの瞳に光が消えていく。迫害された混血種というのはおそらくベスティアのことだろう。そして、迫害した猫族の一人というのは、ベスティアが猫族の村を去るきっかけとなった戦い、その対戦相手の猫少女。ベスティアが猫族の村に助けを求めなければ、猫族の少女は迫害することなく、種族が滅ぶこともなかった。つまり、間接的にではあるが、ベスティアは猫族を滅ぼしたということになる。


そのことに気づいたベスティアは俯き、自分の両手を見つめる。とても禍々しく見えた。


「あぁ……あ……私の、せいで……」


目の前が真っ暗になる。体の力が抜けていくのを感じる。


ドクンという音とともに気がつくとベスティアは暗い場所にいた。周囲をいくら見渡しても永遠と続く暗闇。


--あれ、なんで私こんなところに?


何もない暗闇にポツンと立つベスティア。だが不思議と怖くはなかった。まるで誰かに包まれているかのような安心感があった。


ずっとここにいたいと思ってしまうほど。


ふと、目の前に姿形が全く理解することができない、まるでモザイクのかかったような何者かが現れた。


それがベスティアに何かを語りかけてくる。口があるのかすら判断できないのだが、なぜか話しているのだとベスティアは理解できた。だが声は聞こえない。


話し終えたのか、それがゆっくりとベスティアに近づいてくる。


笑っているのか、悲しんでいるのか、はたまた怒っているのか判断のつかないそれが、ベスティアに触れようとした時……


「……ア! ティア! おいしっかりしろ、どーしたんだ」


アヒトは急に壊れた機械人形のように虚ろな目で同じ言葉を繰り返すベスティアの肩を掴んで揺さぶり続ける。


「あ……あぁ……あ、ひと」


声が届いたのかベスティアはアヒトの名を口にし、それを最後にして気を失った。


「ティア!……君、ティアに何をしたんだ?」


ベスティアが気を失う原因であろう目の前の少女に視線を向ける。


「自分っすか? 自分は何もしてないっすよ。ただこっちで起こった事実を言っただけっす」


「その『こっち』っていうのはいったい何なんだ? わかるように言ってくれ」


「悪いっすね。人間とは関わるなって言われてるんすよ」


「なに?……まさか、君はまぞk」


「はぁあい、焼きそばできたわよん」


アヒトの言葉を遮ってロマンが焼きそばを片手にやって来た。


「あっらなに喧嘩? もうダメじゃない、ちゃんと仲良くしなくちゃ」


先程、目の前の少女と口喧嘩していたのはどこのどいつだとアヒトはロマンに軽蔑の眼差しを向ける。


「別に喧嘩はしてないっすよ。それ、自分のっすよね。もらうっすよ」


そう言って少女はロマンの手から焼きそばを受け取り、お金を払う。そしてそのまま去っていこうとする。


「お、おい、話はまだ終わってないぞ」


「こっちは終わってるっす。では」


少女は歩みを止めることなく言葉を紡ぐ。


「お嬢ちゃん、ちょっとお待ちになって」


ロマンが去っていく少女を追いかけて引き止める。


「なんすか?」


少女は足を止めて振り返る。


「おつりがあるわよん」


「つり? 金額はぴったりだったはずっすよ」


少女の言葉を無視してロマンは口を少女の耳元まで近づけてささやく。


「普段は周りに人間以外の者がいても気にしないけど、今回は知り合いが目の前で倒れていたから注意しておくわよん」


そして声のトーンを低くして


「おねえさんの前であまり目立つようなことはしない方がいいわよん。その可愛らしい体がどうなっても知らないわよん」


「……なんの話か理解できないっすね」


少女はロマンに目もくれずに歩き出すが途中で足を止めて振り返る。


「それとなんすけどね、諦めたほうがいいっすよ。どんなに強くても、自分には勝てない。これだけは絶対事項っすから」


そう言って今度はまっすぐ去って行ったのをロマンは見届けてアヒトのもとへ戻ると、ベスティアを背中に背負ったアヒトが近づいて来る。


「ロマンさん、何をしに行ったんですか?」


「おねえさんって呼んでくれてもいいのよん。それよりその子猫ちゃん、目が覚めたとき絶対に側にいてあげなさいよ」


普段の話し方より少し落ち着いた雰囲気の話し方をするロマン。


「わかってます」


「そう、どこか寝かせられるところに連れて行きなさい。焼きそばを買いにきたのよね。後で持って行ってあげるわよん。いくつ?」


「ありがとうございます。四つです」


「あら、多いのね。わかったわよん。早く行きなさい」


それを聞いてアヒトはロマンに頭を下げてもといたところへ戻っていった。


「……あらやだ、もうこんな時間。イベントはじめるわよん」


ロマンはいそいそと準備をはじめるのだった。


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